3-15. 海王星の衝撃

 恵比寿へ転移し、四人でテーブルを囲んでいると零がやってきた。

「こ、こんにちは……」

 長身でボサボサの髪をした細身のエンジニア、零はこげ茶のジャケットを着て現れる。

 零は若い女の子三人と子供が一人という面子に、いささかとまどっていた。異世界のチームなのだから常識は通用しないとは分かっているものの、実際目の当たりにするとやはり動揺してしまう。

「零さん、はじめまして!」

 レオがニコッと笑って言うと、

「お、お世話になります……」

 と、軽く会釈をした。

「ビールでいい?」

 シアンはニコニコしながら聞いた。

「は、はい」

 零に座ってもらい、自己紹介をしていると飲み物がやってくる。

「それでは、零君のジョインを祝ってカンパーイ!」

「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 シアンは一気にジョッキを空けると、

「すみませーん、ピッチャー二つお願いしまーす!」

 と、叫んだ。

 そして、レヴィアは肉の皿を取り、そのままドサッと金網の上に肉を全部落とした。

「こんなのはチマチマやってちゃいかん」

 そう言いながら金網の上の肉をならす。そして、まだ全然火の通ってない赤い肉をゴッソリ取るとそのまま丸呑みした。

 零は一気飲みするシアンや、女子中学生の様な金髪おかっぱ娘の豪快なテンションに圧倒される。

「予定通り来られそうですか?」

 オディーヌは笑顔で聞いた。

 zoomでは良く分からなかったオディーヌの美貌に、零は気圧されながら答える。

「あ、もちろん。すでに引継ぎに入ってます」

「それは良かったわ」


 零は気を落ち着けるべく、ビールをゴクゴクと飲んだ。

 そして大きく息をつくと聞いてみる。

「ぐ、具体的には何作ったらいいんですかね?」

 するとレヴィアは書類をドサッとテーブルに置いた。

「要件定義と画面遷移図はやったので、レビューから入って欲しいんじゃ」

 驚く零。まさかもうここまで進んでるとは思わなかったのだ。

 急いで書類を手に取り、パラパラと見ながら零は言った。

「えーと、これは……」

「中央銀行のシステムじゃ。これ以外にも決済システム、預金システム、個人情報管理システムなどがあるぞ」

「ちゅ、中央銀行!?」

「そうじゃ、貨幣を発行し、金利を設定し、銀行にお金を貸し出したり国債を管理したりするシステムじゃ」

「ちょっと待ってください、私は中央銀行の業務なんてわかりませんよ?」

「大丈夫、必要な機能は全部そこに書いとる」

 そう言いながら、レヴィアは超レアな焼き肉を頬張った。

「これは……、責任重大ですね……」

 考え込んでしまう零。

「大丈夫、僕がちゃんとチェックするからさ」

 シアンは楽しそうにそう言って、ピッチャーをゴクゴクと一気飲みして空けた。

「あ、ありがとうございます。ちなみにサーバーとかはどこに置くんですか?」

「海王星だよ」

「えへぇ!?」

 レヴィアはそう叫んでせき込んだ。

「ダ、ダメですよ! あそこは業務システムで使っていい所じゃないですよ」

「えー、だって、安定したシステム基盤があるなら使わなきゃ損でしょ?」

「そりゃ、ここ数万年ほどは最高に安定してますが……」

「大丈夫、僕が繋げておくからさ」

「……。私は知りませんよ」

 そう言ってレヴィアはヤケクソ気味に焼き肉を頬張り、ビールで流し込んだ。

 零は話が呑み込めなかった。数万年安定稼働している海王星のサーバー。地球の常識とはかけ離れている。幾ら異世界だと言っても飛躍し過ぎではないだろうか?

「あの……、海王星というのは……?」

 零がおずおずと聞く。

「太陽系最果ての惑星だよ」

 シアンがニコニコしながら言う。

「え!? 本当にその海王星なんですか? 人がいけるような距離じゃないですよ!?」

「この世界は全て情報でできてるんだ。この意味、零なら分かるんじゃない?」

 シアンはちょっと挑戦的な笑みを浮かべた。

「全て情報……? それはつまり物質も……位置も距離も……合成された幻想……つまりゲームみたいな仮想現実ってことですか?」

 零は信じられないという表情で淡々と答えた。

「ほう、お主、さすがじゃな」

 レヴィアはそう言ってビールをグッと飲んだ。

「いやいや、えっ? そんなことあるんですか?」

 零は混乱してしまう。

「じゃあ、反証あげてみたらどうかな?」

 レヴィアはこんがりと焼きあがった焼き肉を零の皿に乗せながら言う。

「この肉も幻想ってことですよね? 食べることもこの肉体も幻想……」

 零は手元をじっくり見まわし困惑する……。

 柔らかく動く指先も、焼き肉の弾力も滴る肉汁も、すべてコンピューターで作られたものだという話を、どう考えたらいいのか全く分からなかった。

 そして、ビールジョッキをグッと飲み、座った目で断固たる調子で言う。

「こんな精緻な造形が、合成された計算結果というのはちょっと理解できません。こんな膨大な計算処理を提供できるコンピューターシステムは作れません」

 この世界が仮想現実だなんて、そんなことを認めたら自分はただのゲームのアバターだということになってしまう。零はアイデンティティをかけて全力で否定する以外なかった。

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