2-15. 救世の短剣

「うっうっうっ……」

 肩をゆらして泣くレオを、ママは涙をこぼしながら抱きしめる。

 しばらく部屋には嗚咽おえつの声が静かに響いた。


「ゴメンね、辛かったろ……」

 ママは優しくレオの頭をなでた。

「うん……。僕、ずっと辛かった……」

「ゴメンね……」

「ううん、ママのせいじゃないよ……」

 そう言ってレオはママに頬ずりをした。

「レオはなんだかすごい事を始めたのね。やっぱりあの人の血ね」

「え? 見てたの?」

「レオの事はずーっと見てたわよ。いい仲間に巡り合えてよかったわね」

「うん……。責任重大だけどね」

「もし、行き詰ることがあったら短剣を使いなさい」

「え? 短剣?」

「そう、あれはあの人の形見……、特別な短剣なのよ」

「ふぅん、知らなかった……」

「あなたのパパはとてもすごい人だったのよ……。この世界を……救ったの……」

 そう誇らしく言って……、悲しそうに目を閉じた。

「世界を……救った?」

「そう、命がけでね……」

「それで、うちにはパパがいなかったのか……」

「短剣は大切にするのよ」

 ママは愛おしそうにレオの頬をなでて言った。

「わかった!」

「あぁ、もう行かないと……」

「えっ!? もう行っちゃうの?」

「ゴメンね、ずっと見守っているわ……」

 ママは悲哀のこもった目でレオを見る。

「いやだ、ママ! 行かないで!」

 レオはママにしがみついた。

「さようなら……」

 そう言うとママの身体は、何かが抜けたように急に脱力した。

「いやだよぅ!」

 必死に叫ぶレオ。

 シアンの身体がポンポンとレオの背中を叩く。

 ママとは違う叩き方に、レオにはもうママがいなくなってしまったことが分かってしまった。

「うっ……うっ……」

 レオはただ涙を流した。

 シアンは何も言わず、レオをギュッと抱きしめた。

 親と死に別れ、奴隷として売られた少年。その心におりのようにたまった絶望と悲しみは、簡単に癒せるようなものではない。

 シアンは目をつぶり、ただ、震えるレオの身体を温める。

 薄暗い部屋にはレオの嗚咽がいつまでも響いていた。


      ◇


「朝ですよ~」

 オディーヌがレオ達の部屋のドアを開けると、寝相の悪い二人はまだ寝ていた。

 毛布は床に落ち、伸ばしたシアンの腕はレオの顔の上に乗っかっていて、寝苦しそうだった。

「ほら、起きて! 朝食にするわよ!」

 オディーヌは、シアンの腕をどけてあげながら二人に声をかける。

「うーん、もうお腹いっぱい……」

 シアンが寝ぼけて変なことを言う。

 オディーヌは起きない二人にちょっとイラっとして、

「私たちはお腹すいたので、起きて!」

 そう言ってシアンの頬をペチペチと叩く。

「うーん……」

 シアンは腕をピューッと動かして寝返りを打った。その時、指先に沿って空間が裂けて切れ目が顔をのぞかせる……。

「へ!?」

 慌てるオディーヌ。

 すると、その空間の向こうから漆黒の指がニョキニョキと出てきて、ググっと空間の裂け目を広げた。

「キャ――――!」

 そのあまりの異様さにオディーヌは後ずさりする。

 出てきたのは漆黒の霧の化け物だった。

 全身が闇のキリでできた異形の存在は、シアンを見つけると赤い目を光らせていきなりシアンの細く白い首を両手でキューッと締め上げる。

「グエッ!」

 寝込みを襲われたシアンは、変なうめき声を上げ、目を覚ます。

 化け物はさらに凄い力でシアンの首を締め上げた。


 シアンは真紅の目を光らせ、

「ウゥ――――ッ!」

 とうなり声をあげると、手のひらを化け物に向け、激烈な閃光を放つ。

 ビョヨヨヨ――――! と、異常な高周波音が響き渡り、部屋は鮮烈な光に埋め尽くされた。

「うわぁ!」

 異様な展開にレオも起きて、ベッドから転がり落ちる。

 部屋には焦げ臭いにおいが充満する。

「グギャァァ!」

 化け物は閃光を浴び、苦しそうにしながら空間の裂け目へと逃げ帰っていく。

「ケホッケホッ……、待ちな!」

 シアンはのどを押さえながらそう叫ぶと、裂け目の中に上半身を突っ込んで何やら攻撃を仕掛け続けた。裂け目からは激烈な閃光がほとばしり、激しい爆発音が響いてくる。

 レオは寝ぼけ眼でオディーヌと目を合わせ、お互い呆然としていた。


「もー、油断も隙も無いんだから!」

 シアンは裂け目から出てくると、プリプリとしながら言った。

「でも、その裂け目作ったのはシアンですよ?」

 オディーヌが突っ込む。

「え? 僕?」

 ポカンとするシアン。

「寝返りを打ちながら空間を切ってましたよ」

「え? あ? そうだった? で、朝食は何?」

 と、言ってニコニコしながらオディーヌを見る。

 オディーヌは軽いノリにちょっと面食らいながら、

「レヴィアさんがテーブルで待ってます」

 そう言って部屋の外を指さした。

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