第2話 透明人間は女風呂に行きたいです。

 王都フィツベルの安宿が拠点である。

 そう、俺らは駆出しのD級冒険者だ。


 昨日はマヌケな事故が発生した為、とう言うか、俺が頭を強打したので休日となった。


 まあ、貧乏冒険者である俺達には久々の休日だ。


 が、俺は安宿のベッドで1人、横たわっていた。


 天気がいい。

 空は青い。

 風が爽やか・・・


 暇である。

 暇である。


 女の子でも、妄想する。

 そして、枕を抱いた。

 むふ、むふふふ・・・


 没入すること数分。

 はたと昨日のことを思い出す。


 Aタブレット№1は、相変わらず浮遊していた。

 寝れば治るかと思っていたが、そうではないらしい。


 でもだ、俺にしか見えてなくない、これ。

 こんなもんが浮遊してたら誰でも気付くだろ。


 あらためて、それをよく見ると文字が書いてあった。


 《チュートリアルを実行しますか?》


 ほへ、チュートリアルとはなんぞ?

 ん、文字が読める・・・


 文字が読めるだと、

 安宿の窓から、看板を見る。


 マイキー理髪店・蓮根食堂・雑貨のチェリー。

 んな、おい、文字が読めるんですけど!


 これいかに・・・


 ドサリッと、ベッドに腰掛ける。


 文字を読んで俺らに説明する時の、ウダユウのドヤ顔が浮かぶ。


 そうなのだ、俺達パーティーで文字が読めるのはウダユウだけだ。


 なぜ、俺が文字が読めるようになったか?

 それは昨日のマヌケな事故のせいだ。と、思う。


 夢でなくて、本当はあの密閉空間で、何か手にいれたってことか・・・


 ラッキーだよね。

 だって俺、文字が読めるんだぜ。


 俺だってウダユウみたいに文字読んで説明して、トトとキリにドヤ顔がしたい。



 で、チュートリアルとは?

 スッと、その意味を理解した。


 このAタブレット№1の扱いを導くってことだ。


 おお、なんかすごいぞ。

 俺、頭を強打して、頭が良くなったみたい。

 あはは、そんなことってある?


 んでは、実行っと。


 すると、Aタブレット№1の画面に文字が羅列された。


 イチマツ 人族 15歳 男


 スキル

 スキルデッキLV0 0/50

 インベントリLV0 0/50

 影法師   LV0 0/30


 スキルポイント:121.15P


 ふむ、これってスキルが使えるようになるってことか、

 あのスキルが、である。


 一流の冒険者は総じてスキルが使える。

 あはは、俺も一流になれるのか。

 あはは、え、なれるのか、本当に?


 Aタブレット№1は、指先を誘導するかの様に、影法師を点滅させている。


 俺が、その点滅に触れると、1/30と数字がカウントされた。


 なるほど、スキルポイントを換算していくんだ。30ポイント振るとレベルが上がる仕組みだと直感した。


 きっちり30ポイントを振った。


 影法師がレベル1になった。

 すると、スキルが1つ増えた。


 【気配遮断】LV0 0/10


 おお、すごい!


 もう30ポイント追加した。

 影法師がレベル2になった。

 やはり、やはりだ。スキルが増えた。


 【無音歩行】LV0 0/10


 ちょっと、待て。よく考えろ。


 んだ、これは、よく考えてスキルポイントを消費せねばならん。勢いあまって、60ポイントを消費してしまった。ここは慎重に検討してみねば。


 あと、61.15ポイントだ。


 うんうんと唸りなが考えるが、妙案は浮かばない。


 チュートリアルの指示は一回のみで、影法師を選択させた。その結果、スキルが生えた。


 なので、その方向が順路だろう。

 よし、先に進みましょう。


 気配遮断に10ポイントを振った。

 レベル1になったが、新たにスキルは生えなかった。


 同様に無音歩行もポイントを振った。

 レベル1になった。


 ほむ、何か変化はあったのだろうか?


 気配遮断と無音歩行を意識する。


 あ、ああ、なんかスイッチが入った気がする。


 OK、ちょっと宿屋の食堂へ行ってくる。


 こっそりとゆっくりと、階段を下る。

 古ぼけた階段は、軋む音が出なかった。

 あれ、まじですか、音が出ませんぞ。


 壁際から食堂へ、ひょっこり顔だけを出すが誰も気付かない。

 随分と長く、ひょっこりを続けるが、誰も気付いてくれない。


 ちょっとだけ、

 虚しくなった。


 なので食堂へ行く。


 食堂には、けっこうな客がいた。


 堂々と食堂を周回する。

 10週はしたが、誰も目を合わせてくれない。


 いやいやいや、俺、見えるっしょ!

 レベル1で、これなのか・・・


 4人掛けのテーブルに1人座る、お姉さん。

 相席してみたが気づいてないみたいだ。


 意を決して、声をかける。


 「すいません」


 お姉さんは、食事を止め顔を上げた。

 キョロキョロする。俺とは目が合わない。

 怪訝な顔をするお姉さん。


 てか、なにこれ透明人間じゃねえか。

 スキルとは、こうもすごいものだとは!


 女風呂で、だな。

 そうだな。


 なんか、うれしくなってきたぞ。


 あかん、また不純な思考が・・・

 いや、もしろ健全ではなかろうか。


 階段まで戻り、スキルのスイッチを切った。

 うん、切れたと思う。再び食堂に行く。


 すると、すぐに声がかかった。


「イチちゃん、頭を強くぶつけたって聞いたよ。大丈夫かい?」


 食堂のおばちゃんである。


「あ、うん、大丈夫。心配してくれて、ありがとう」

「もう、お昼だよ。なんか食べてく?」

「んじゃ、いつもので」

「あいよ」


 少々混み合っているが、先程のお姉さんとこで相席をお願いした。


「いいわよ」

「失礼します」


 ちらちらと、お姉さんの様子を見ていたら、嫌な顔をされてしまった。


 おふっ、ちゃんと認識されてる。


 食事を済ますと、古ぼけた階段を軋ませながら、部屋に戻った。


 自然にガッツポーズがでる。

 なにこれ、圧倒的な結果じゃないか!


 これは、心の兄弟、ウダユウに報告せねば。





 夕刻、ウダユウが帰って来たので部屋に連れ込み、昨日から俺に起きた現象を一部始終話した。


 ウダユウは驚愕な表情を見せ、頭を抱えて部屋を飛び出した。


 おや、ウダユウには刺激が強すぎたのか、

 そりゃ、驚くだろう、驚くよね。


 あ、そうか、文字が読める優位性が半減したし、ちょっと悔しかったのかな・・・


 しばらくするとウダユウはトトとキリを連れて戻ってきた。


 トトとキリの顔には悲壮と書いてある。

 悲しくとも、凛々しく対応する意志が伺えた。


 ん、どうした。


 トトの目から涙がこぼれた。


「イチちゃん、大丈夫だから! わ、わたしがイチちゃんを養ってあげるから!」


「イチ君、私がなんでもするから心配しないで! 問題なんってなにもないんだから」


 トトとキリはおいおいと泣き出した。


 ウダユウは俺の肩を抱きしめて。


「俺に任せておけ」と沈痛な顔をした。


 お、お前らどうした?

 キョトンする俺の手を、全員が優しく握る。


「イチちゃんが、透明人間になったとか、文字が読めるとか、俺らは、もはや勝ち組とか、頭打っておかしなこと言ったって、私は見捨てない。うわーん」


「・・・え、本当ですけど」


 おーい、盛大に勘違いが展開してるんですが。お前ら酷くねえか・・・


 え、ん、いや待てよ。どっちだ。俺がおかしいのか?


 いやいやいや、たぶん、おかしくなんかない。


 だから、仲間の前でスキルを使用した。

 気配遮断と無音歩行、スイッチオン。


 俺は、透明人間となった。


「え、」

「え、」

「え、えええ、イ、イチちゃんが天に召されちゃった」


「天に召されたって、おい、死なねえよ」


 再度、一から十まで、ことの顛末を説明した。まだ、半信半疑であるものの、心配するほど壊れてないことに納得したみたいであった。

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