第34話 ハンバーグと事前準備(2)
***
「──ご馳走様でした」
出来上がったハンバーグとバターロールをペロッと食べてしまった。
時計を見ると15時過ぎ。
昼過ぎに買い出しに出て作ったからこのぐらいの時間になってしまった。
食器を片付けて、この後どうしようか…だなんて考えながら立ち上がると、
「洗い物は俺がする。スミレは座ってて」
「え、いいよ。レイはお客さんなんだから座ってて」
「流石にそれぐらいはさせてくれないか?」
といって袖をまくり上げて洗い物をササッと始めた。
レイは貴族であるのに非常に自立していると思う。
何故かと言えば、私は貴族の日常生活の世話は執事や侍女が常に行っているイメージがあるからだ。
しかし、所々の所作から溢れ出る上品さでレイが貴族ということは身に染みているのだが、荷物持ちや皿洗いを手伝ってくれたり家事を何気なくしてくれる。
私に対してだけではなく街人へも丁寧な接し方をしている彼がとても人格者に見えるし、素敵に見えた。
「──そういえばだな、スミレ。アンナさんは何処か身体が悪いのか?」
食後のデザートとして先程購入したサクランボを食べながら彼と雑談していた。
「個人情報なので詳細は言えないけれど、アンナさんは病気を患っていて、顔を合わせる度に経過を確認しているの」
前の世界でもこの世界でも患者さんの個人情報は絶対に他人へ漏らしては行けない。
しかし、アンナさんの『瑠璃色の丘へ行きたい』という気持ちを叶える為にはレイの協力は必要不可欠であるし最低限の情報は明かしてもいいと判断し、情報の一部を打ち明けた。
「そうだったのか……。だからアンナさんは “最期に“ だなんて……」
アンナさんが病気を患っている事と3人で食事をした時の彼女の言葉でレイは大体の事は察したと思う。
亡くなった旦那さんとの思い出が詰まった大切な場所に、最期に行きたいという願い。そんな願いを私は叶えてあげたかった。
「今日の勤務はルーとだったんだが、その話をした所、護衛として第2騎士団から優秀な部下を派遣してくれるそうだ」
「気持ちは嬉しいんだけれど、そんなに騎士団から人手を借りてしまっても大丈夫なの?」
騎士団の力を借りれるっていうのはとてもありがたい事だし、助かるのだけれど個人的な私情で兵士を動かしてもいいのか心配だ。例えレイが優秀な騎士団長だとしても私情でそんな事していいのだろうか?後になって職権乱用とか言って悪い噂が流されたりしないだろうか。
「……ふむ。スミレの事だ。騎士団の兵士を私情で使っていいのか気になっているんだろう?」
「う……。よく分かったね」
「スミレの性格はこの世界の人間の中だったら一番理解している……と思いたいからな。まあ、そこは安心てくれ。俺の知り合いで信頼の出来る者に頼んだ。彼らの休暇を使って来てもらうから職権乱用という事にもならないだろう。異世界から召喚された巫女ということも知っている人物だ」
彼には真面目な性格の私の考えなどお見通しのようだった。
護衛となる騎士達はお休みを使ってきてくれるそうだが、申し訳ないと思ってしまう。レイが大丈夫というので無理に来させようとしている訳ではないだろうから大丈夫なんだろうけど。
それにしても私の巫女としての正体を知っていてレイと親しい人物とは誰の事だろう……?
「それと、護衛が優秀だとしても魔物が道中に出現する以上念には念をいれたい。状況によっては俺がスミレを守りきれるとも限らない。……でだ。スミレが最低限自分の身を守るための魔法を身につけてくれると俺も安心出来る。君が良ければ魔法の先生を紹介したいんだ」
レイの懸念は間違っていない。
平和な日本で生まれた私は戦闘経験はゼロだし、治癒魔法だって通常よりも治療効果が高いとはいえ
レイ程の実力があったとしても私とアンナさんを完璧に守りながら戦うというのは難しいと思うし私自身もおんぶにだっこという状態にはなりたくない。
「そうだね、私もそう思う。戦闘経験も無いし、治癒魔法だって初級しか扱えない。自分の身は出来ることなら自分で守りたい」
「俺が完璧に守れると言えたならよかったんだが、申し訳ない。……そうしたら、近いうちでスミレが都合のいい日にさっそく始めよう」
「私が言い出したことでここまでしてくれてありがとう」
「いいんだ。寧ろまたスミレに負担をかけしまう。無理はしすぎないで欲しい。先生は多分…優しいはずだ」
「全然大丈夫。レイ、ありがとう。……ところで魔法の先生ってダヴィッドさん……だよね?」
「……それは会ってからのお楽しみだ」
ニコッと微笑む彼の笑顔は破壊力抜群すぎて、何度見ても見慣れない。
それにしても、瑠璃色の丘へ行く護衛の人と魔法の先生は私の会ったことのない人物である可能性があると思う。
どんな人達なんだろうか。魔法の先生はダヴィッドさんだったら顔見知りなので安心するし、変に気を使わなくて済む。
護衛の人達もレイの知り合いでシャルム王国の人間ならきっと優しく暖かい人達だと思うけれど初対面だったら少し緊張しそうだ。
「──そろそろ王宮へ帰るよ。今日は本当にありがとう。ハンバーグ、美味しかった」
「ううん。こちらこそ、色々ありがとう。それに瑠璃色の丘のと魔法の先生の件もありがとう」
「……いいんだ」
「──……ひゃっ!」
「ふ。……じゃあな」
帰り際に玄関で額に優しくキスをされた。
恋人になった実感まだそんなに無いけれど、
レイの行動は少しずつ私たちが恋人になったという事を感じさせてくれる。
彼の恋人としてのコミニュケーションはとても嬉しいのだけれど、いつも不意にしてくるので心臓が毎度破裂しそうになる。
私の今現在の課題は、自分の身を守るための魔法と
ALSが疑われるアンナさんに残された時間はきっとそう多くはない。
魔法の練習を頑張って早急に丘へ行く準備を進めたい。
──こうして、アンナさんを瑠璃色の丘へ連れていく計画が始まったのだった。
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