第28話 帰還 (1)




アンナさんの今後の方針は今の段階では経過観察となった。


この世界には現代日本の様に病の進行を少しだけ遅らせる点滴も存在しないので、もし治療をするとしても食事が取れなくなれば経管栄養法を行い、肺炎になった場合には治癒魔法をかけるといった対症療法のみになる。


アンナさんには何かあれば休診日でも診療所へ訪れる様に伝え、診療所へ来るのが厳しければこちらから訪問看護という形でソフィアさんや私が様子を見に行くことになった。





──翌朝。

本日は休診日だが早朝より魔法の練習の為にソフィアさんと診療所へ集まっていた。



「おはよう。マーシュ先生かソフィアちゃんはいるかい? 」


休診日であるが、患者さんが来たようだ。



「まって〜いま扉あけるから……ってアンナさんどしたのその手!!!! 」


ソフィアさんが扉を開けた先には両手を真っ赤に火傷したアンナさんがいた。


「ちょっと手を滑らせて熱々の鉄板を……ね」


話に聞くと手に力が入らないアンナさんは手を滑らせてパンを焼く際の熱々の鉄板を両腕に滑り落としたらしい。


「……アンナさん、直ぐに治癒魔法をかけるわ! 初級だと綺麗に治るか怪しいぐらい酷い火傷だから中級の治癒魔法でいくわね!!」



ソフィアさんがアンナさんの袖を捲りあげ、痛々しく焼けただれた腕を露出させせてから患部へ両手をかざし、詠唱を始める。


『──聖なる光よ、深く傷ついた弱き者に清き癒しと再び立ち上がる力を与えたまえ。 光聖の治癒ヒーリング


詠唱した途端、初級治癒魔法ヒーラとよりも大きい白い光が溢れ出し、アンナさんの両手を包み込む。


眩しくて見えずらいが、患部の焼け爛れた皮膚が再生し綺麗な皮膚へ戻っていくのが分かる。



「──ありがとうソフィアちゃん。痛みが引いたわぁ」

「いやいやアンナさん、これは痛いどころじゃないわよ!!!」

「痛みよりもビックリが勝っちゃってねぇ。意外と大丈夫だったわよぉ」

「結構な火傷だったわよ!? すぐ来てくれたから良かったけど時間が経ってたら癒せたかどうか……。心配だから無理しないでほしいわ!!」


治癒魔法はあくまて急性期の怪我や炎症に効果を現すので時間が経つてしまった慢性的な怪我は癒すことが出来ない。

今回は自分で直ぐに来てくれたから良かったが、もし家の中で倒れ誰にも気がついて貰えなかった時が怖い。


「……そうですアンナさん。何かあれば直ぐに頼って欲しいです」

「スミレちゃんもありがとうねぇ。いつもなら大丈夫だったし、無理したつもりじゃ無かったんだけど、気をつけなきゃねぇ」


帰り際にアンナさんの離握手を確認すると、以前よりも両手の筋力が落ちているように感じた。


ALSは進行すれば方が上がらなくなっていく方が殆どだ。……腕が使えないとなれば日常生活に支障が出始める。独居のアンナさんはもう1人で暮らせないが、この世界に現代日本にはあった介護施設や訪問介護等のサービスはあるのだろうか……。マーシュ先生に聞いてみよう。



***



「──スミレ!!!第1騎士団が遠征から帰ってきたってよ!!!?!今、王都の正門に着いたって!!王宮へ向かう途中にそこの大通りを通るらしいから見に行くわよ!!!」



アンナさんの大火傷事件から数日後、ソフィアさんが慌ただしく診療所へ駆け込んできた。


「だ、第1騎士団が!? 本当ですか!?」


第1騎士団が遠征から帰ってきた。

それはつまり、レイも帰ってきたということだ。


「で、でも何でそれを私に?」

「だって凄いイケメンの彼氏が居るんでしょ?第1騎士団に!!!」

「……な、何を言っているんですか!!!彼氏ではありません!!友人です!というか、何で私に第1騎士団に知り合いがいることを知っているんですか!?」

「あっ……。そ、それは………」


ソフィアさんは嘘をつけない人だ。一瞬にして目が泳ぐ。


多分ソフィアさんにあらぬ事を吹き込んだのはマーシュ先生だろう。前にレイと街に行った時もニヤニヤしながら聞いてきたし、あの人は意外と他人に興味津々なのだ。


「と、とりあえず!!第1騎士団を見に行くわよ!!!?」

「──そっ、ソフィアさん!?」



ソフィアさんに無理やり手を引かれ大通りへと出ると、道に沿うようにして人だかりが出来ていた。



「第1騎士団が遠征から戻ったてな?」

「今回はかなり長かったが怪我人はどうなんだ?」

「氷の騎士様って凄い美しい方らしいわ!見てみたい!!」

「騎士団には私の息子もいるのよ〜!!」

「ユキ様拝めるかな〜」



街の人々は第1騎士団の話題で持ち切りだ。



「──あ!!来たわよ!!」


ソフィアさんが指さす方向には、馬に乗った騎士達、第1騎士団がいた。


騎士達は道に広がらないように2列で感覚を開けて歩いており、中々の人数がいる。


騎士達は長期遠征だったのにも関わらず疲れている様子はあまり感じず、寧ろ出迎えてくれている街の人々へ手を振っている。


人混みの隙間から背をのばし、レイの姿を探すが前方には見当たらない。


「ねー、皆たくましくてカッコイイけどさ。スミレの彼氏どの人?」

「かっ、彼氏ではありません!!友人です!!!で、ですが、まだ姿が見えないですね……」


どう目を凝らしても前方の騎士達の中にレイはいない。


1人だけ別行動で王宮へ向かったのか、それとも事情があって国境へ残ったのか……だなんて考えていると、


「氷の騎士様よ!!!」

「アルジェルド家のご子息は勇ましいな!!!!」

「氷の騎士様と水の女神ユキ様だ!!!!」

「2人ともお美しいわ!!」


などの黄色い歓声が聞こえてきた。


騒ぎ立てる人々の隙間から頑張って背をのばし歓声の元と思われる騎士を確認すると、



──いた。


美しい白金の髪に淡いライトブルーの瞳。

彫刻の様な美しい造形。

白馬に乗り揺られる姿は童話の王子様のよう。


……レイだ。


やせ細ったり、やつれていたり、怪我をしている様子はない。出発した直前と何も変わりのない姿に安心する。


レイは周囲を見渡しながら手を降っている。


……よかった。本当によかった。

当初の予定よりも大分長引いた遠征だったので、ルー様が大丈夫と言っていてもずっと心配だった。


こちらは人混みに埋もれているので気が付かないだろう。


遠征から帰ってきて間もない内はきっと忙しいと思うし、少し落ち着いたぐらいに王宮へ会いに行こう。



……と思っていたらレイと目が合った。



「……スミレ」



少し距離が離れているため聞こえはしなかったが、彼の口の動きは私の名前を呼んだように見えた。


レイは隣にいたユキ様と呼ばれていると思われる白髪の女性に何やら声をかけ馬を降りた。


騎士団は王宮へと向かっていく中、レイはこちらへ向かってきているように見える。


周囲の街の人達は、なんだなんだと話している。



「──すまない、道をあけて貰えるか」



人混みをかき分けてレイが目の前に来た。



「……スミレ」


彼は私の名前を呼ぶ。

返事をしたいが驚きのあまり声が出てこない。



「……会いたかった」

「──えっ」



その一瞬、何が起きたか理解できなかった。




脳内がフリーズしてから、数秒後に状況を確認する。



香水とかではない、落ち着くようないい香りがする。


体が包まれるように暖かい。



こ、これはもしかして。



……だきしめられて……る?





「──氷の騎士様に恋人がいたのか!?!?」

「あの珍しい黒髪はアシュク診療所の新人ちゃんじゃない!?」

「なんてロマンティックなの!?感動の再開かしら!?」



レイの行動に静まり返った周囲だが、皆も状況を理解したのか一瞬にして大騒ぎとなる。




「──ス、スミレ!?!?やっぱ彼氏いたの!?!?し、しかも氷の騎士様じゃない!」


隣にいたソフィアさんも困惑している。


違います友人です!と言いたいが、私は頭が真っ白になり声が出ない。



「……すまない。……とりあえず、場所を移動しよう」


周囲を見渡しはっとしたレイは私の手を引き、騒ぐ人々を掻き分けながら大通りを離れた。





「──ここまで来れば誰もいないだろう」

「レイ。ひ、久しぶりだね……──って、どうしたの!頭を上げて!!」

「その……先程はすまなかった」


深く頭を下げるレイ。

確かに人前で突然抱きしめられて驚きはしたけど嫌ではなかった。


……寧ろ、街の人が言うように恋人の様な振る舞いに勘違いしてしまいそうだ。


「ううん、大丈夫。その、それより、遠征

中大きな怪我とかしてない?」

「この通り何も無い、ありがとう。

それよりスミレ。王宮との定期連絡で聞いたが王女様はだいぶ元気になったそうじゃないか。スミレの功績だと聞いた。凄いな」

「私だけじゃなくて皆のお陰で王女様が元気になったよ」

「……ふ。相変わらずだな」


優しく微笑むレイに胸がキュッと締め付けられる。

……この笑顔がずっと見たかった。


「それより、戻らなくていいの?」

「……そうだな。とりあえず戻って報告しないと。今日の夜……空いているか?」

「特に予定は無いし空いてるよ!」

「そうか。なら8時ぐらいにあの場所で会えそうか?」

「もちろん!じゃあ……後でね」

「後で……な」


私とレイは夜に庭園で会う約束をしてその場を後にした。


急いで元の場所に戻ったが、そこにはソフィアさんも人だかりもいなくなっていたので急いで診療所へ向かった。



「──ちょっとスミレ!!やっぱり彼氏いたんじゅない!!しかも氷の騎士様って凄いわね!! あの人、どんなに美しい令嬢も相手にしなくて心も氷だって言われてるぐらいの人だよ!?さっき抜け出して何してたのよ!!」


戻るとそこには大興奮するソフィアさんがいた。


「そ、ソフィアさん!声が大きいです!!それに何度もいいますが、彼氏ではなく友人です! さっきは今日の夜に会う約束だけしてきました……」

「それにしてもあんな人前で抱きしめるなんて氷の騎士様もやるわね!!私もそんなロマンチックな恋してみたいわね!!」

「わ、私の話を聞いてますか!? だから彼氏では!!!」


その日の診療は来る患者さん全てに氷の騎士様の恋人だったなんて驚いたとかどうやって出会って魅力したんだとか色々聞かれて困った。


「スミレちゃん、やるわねぇ。私も若い頃は王宮の騎士様と──」

「あっアンナさんまで!!本当にただの友人なんです!!」

「へぇ〜。あの時私も見てたけど氷の騎士様がスミレちゃんを見る目はただのお友達じゃなかったけどねぇ? それにいきなり抱きしめるだなんて──」

「わー!やめてください!!ほ、本当に恋人じゃありませんから!!」


診療に来ていたアンナさんまでこの様子で、これはしばらく聞かれ続ける気がする。

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