第15話 彼の視点 前編




──氷の騎士。


たまに仕方なく顔を出す社交の場で、あちらこちらから聞こえるその異名は間違いなく自分のことを指している。



「アルジェルド様、お初にお目にかかります。わたくし、サラマン家の長女であります───」


……これだからパーティは嫌なんだ。

各家々の令嬢達がこぞって自分の元へ挨拶に回ってくる。


「氷の騎士様の噂はかねがね───」


「噂通りとっても素敵で───」


アルジェルド家は侯爵の立ち位置に当たるのだから挨拶はされて当然と言えば当然なのではあるが、この貴族としての爵位と氷の騎士の異名に惹かれてってくる令嬢達に嫌気がさしていた。



「──ご紹介ありがとうございます。それでは私はこれで失礼します」



適当に令嬢の話をかわして人気のないところへ行く。





「きゃ、ルー様ったら今日も素敵ですわ」

「ルー様もっとその素敵な胸元を見せてくださいまし」



この複数の令嬢に囲まれるのは親友であり、このパーティに俺を無理やり参加させる元凶となったルー=サブマ=シャルム。


シャルム国王の弟の長男で公爵家に当たり、女性から引く手あまたでたる。


奴が異性から求められる理由は爵位だけではなく、美しく希少なシルバーウルフ族の獣人であることやその綺麗な顔と野性的な雰囲気で男の俺から見てもとてつもない色気を放っていることもあると思う。



「……おっ!レイ!!!

こんな所にいたのか!!!!お前もこっちにこいよ!!!」


「……げ」



人と関わりたくないから、あまり目立たないところに居たのに直ぐに見つかってしまった。


ルーは令嬢達を置いて、俺の元へ駆け寄ってくる。



「相変わらず令嬢達に冷てえな!

氷の騎士様は心まで氷みたいに冷たいのか?」


「……うるさい。俺はこういうのは好きじゃないんだよ。あとその呼び方やめろ」


「そろそろお前も26になるだろ?

早く可愛い嫁さんもらって子供でも……」


「別にそういうのはいいんだ。

お前だってもう28になるだろ、早く嫁さん迎えろてお母様を安心させてやれ」


「レイ、俺様はそういうのはいーんだよ。縛られるなんて絶対に無理。それに毎日違う女を知りたいんだ」


ルーはニカッと笑い、犬歯が見えた。


……この男は独身が似合っているのかもしれない。


しかし俺もそろそろ周囲から、婚約者はおりませんの?だとか、実は結婚してないのは隠し子がいて……だなんて噂をされてしまう年齢になってきた。


この国は隣国と違って貴族であろうとも、幼少期から婚約者がいるのは絶対ではない。


親が持ってきた見合い話で婚姻が決まることが少ない訳では無いが、自分は自らが心に決めた人と添い遂げると決めていた。


……いままで生きてきてそんな人物に出会っていないからこうなっている訳ではあるが。



「お前も真面目でお堅いよなー。その顔なら遊ぼうと思えばいくらでも遊べるのに……な?」


ルーが俺の顎をくいっと持ち上げ顔を近づける。


「………そっ、そういうのはあそこで待ってる令嬢達にやれ!!」


顔に熱がいくのが分かる。

なんでこんな奴なんかに頬を染めなければならないんだ。


顎に添えられた手を急いで振り払い、その日のパーティは離脱したのだった。







「──今度は巫女様とやらが召喚されたらしいぞ」


第1騎士団の兵舎にて兵達が巫女様とやらの話している。



……今度は巫女様。

王女様がベットから起きれなくなって2週間ほどで聖女様が召喚されて、今回は巫女様が召喚されたらしい。


ダヴィッドも王女様の為に、あの手この手を尽くしているそうだが……。



王妃様が事故で亡くなり、王女様が病よって床に伏せてから約1ヶ月が経った。


病状は良くなる気配はなく、むしろ悪化していくばかりだそうだ。


ルーは兄弟のように仲が良い王女様のことをとても心配していて、魔物の活性化により長期遠征に行くことになった際に「俺様がいない間、アンジェを頼む」と俺宛に置き書きをしていった。


正直、自分はルーと違って王女様との交流はあまりないが、第2騎士団が不在の間、第1騎士団が王国を守ることが王女様を守ることにも繋がるのでそういった意味合いでのお願いであろう。


しかし国を守っていても、このままでは王女様も……。


聖女様にも癒せなかった病が巫女様とやらに癒せるものなのだろうか。







「この者の穢れを祓い癒しを与えよーーー


キュア!!!」


たまたま王宮内に用事があり、王女様の寝室付近を通りがかった際に聞こえてきたのは、魔法らしきものの詠唱だった。


「ヒール!!!!」


「キュア!ヒール!キュア!ヒール!!!」


連呼される謎の詠唱。

寝室の扉が開いていたので、隙間から中の様子を除くと、この国では珍しい真っ黒な髪の女がなんだか少し惜しい治癒魔法を王女様へと必死に唱えていた。


そして、それを見てポカンとした表情のダヴィッドと、なんとも言えない空気が寝室に漂っていた。



「巫女様、もうおやめください。聖女様も不可能であったのです……。巫女様には申し訳ありませんが、他に手を探します……」


巫女様とやらより前に召喚された聖女様は、治癒魔法ヒーラを当日から使うことが出来たらしいが、あの巫女様はハズレだったのかもしれない。






──巫女様とやらが召喚されてから3日が経過したが、王女様を救うための魔法やらなんやらは未だに使えないらしい。


しかし、(噂で聞いた程度なので詳しくは知らないが)異世界より用いた何かで王女様を救おうと手立てを講じ始めたと聞いた。


王女様も日に日に衰弱しているというし、上手い方向に行くといいのだが……。


ちなみに聖女様は聖属性魔法の能力を買われて、第2騎士団の遠征へと参加していると聞いた。


治癒魔法なら宮廷医師や定期的に診察に来ている町医者のマーシュ先生も使えるので、治癒魔法だけでなく高位の聖属性魔法を使える聖女様を前線へ出すことになったらしい。


召喚されて早々に前線に立たされるとは聖女様も大変だな。ルーが付いているので心配はいらないと思うが。





……そういえば、聖女様も巫女様も異世界から召喚されたと聞くが、異世界ってどんなものなんだろうか。


自分の知らない世界の話。

どんな文化のある国にすんで、どんな人間がいて、どんな食事をして、どんなことが常識なのか。


この狭い社交界に嫌気がさしている自分にとって、異世界の存在はファンタジーであり、とても魅力的に感じた。


聖女様やら巫女様やら、どちらでもいいので話す機会さえあれば、聞いてみたい。





「……相変わらず今日も綺麗だな、ここは」


日が沈み、俺はたまに息抜きに来る王宮内の庭園へ足を運んでいた。


ここは昔からお気に入りの場所だった。

よく手入れのされた色とりどりの飾られた花だけはでなく雑草と言われてしまう花でさえも、夜になると魔法の灯りに照らされて飾られた花に負けないぐらいの幻想的な美しさを魅せてくれる。



時間がある時は、王宮内の廊下から庭園へ入り、少し進んだところにある白いベンチに腰をかけて花と夜空を見るのが日課だった。




「紫のすみれの花言葉は誠実……」



──お気に入りのベンチの目の前でしゃがみこんで、なにやらぶつぶつと呟いている先客がいた。


肩より少し長いぐらいのこの国では珍しいほど真っ黒な髪をしたその女は、この前見かけた巫女様とやらだった。



なぜ花言葉を1人で呟いているかは分からないが、なにか考え込んでいるような様子ではあった。


「私は真面目すぎるからいけないんですよーだ……」


また独り言を呟いている。


しかし、真面目……か。

この前兵達に「団長は実力もあるのに毎日素振りをかかしませんよね!真面目で尊敬するっス!!!」と言われたのを思い出した。


他にもルーに「婚約者もいなくて独身なのに遊ばないだなんて人生を損している」「今日も真面目に偉いな〜!討伐も何も無い日は気を抜いていこうぜ」「おぉ、お堅い氷の騎士様、怖い怖い」だのなんだのと言われていたが……少し方向性は違うか。


彼女は「真面目すぎるのがいけない」だなんて言っているが、今まで自分は特に損している気はないし真面目なのは取り柄だとすら思って生きてきた。


ルーの様なカリスマ性で部下を導くことの出来るような人間もいれば、俺のようにひたすら出来ることを地道に積み重ねてここまでやってきた人間だっている。



彼女の独り言を聞いて、そんな思いが一瞬で頭を駆け巡り──


「真面目なのは悪いことなのか?」




──つい、巫女様とやらの独り言に答えてしまった。

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