第22話 魔力の器
──衝撃だった。
召喚されてから使えないと思っていた魔法。
「……え?私、魔法使えるんですか?」
「ええ。私の仮説が正しければ……ですが」
「まず、この世界は魔力に満ち溢れているということを先程ソフィアから聞いたと思います」
「はい。この世界の何処にでも溢れているものだと聞きました」
「スミレ様は魔力の存在しない世界から召喚されましたとお聞きしていますが、もしかすると転移時、身体の魔力の器が空だった可能性があります」
……魔力の器があるだなんて考えもしなかった。
異世界へ転移した時点で治癒魔法が使えないことから、魔法が存在しない現代日本から来た私は適性がないものだと思っていた。
「召喚されてから2日間程度は正しい詠唱や異国の詠唱もされたそうですが、転移時に魔力のない世界から召喚されたスミレ様は体内に魔法が使えるだけの魔力がない状態であったと思われます。器に魔力が無ければ使えるものも使えない。つまり……」
「生活をしていくうえで魔力が体内に満ちていると考えれば、今なら魔法が使えるかもしれない……ということですね……?」
聖女様が魔力が存在する異世界から召喚されたり、例え私の様に魔力が無かったとしても、この世界の食べ物を食べたりした後に王女様へ治癒魔法を詠唱したとなれば聖女様が使えて私が魔法を使えなかった理由になるかもしれない。
「その通りです。今から試しに初級の治癒魔法を詠唱してみましょう。紙に書くので音読を。対象は自分自身にして、身体の疲れを癒すイメージを持って詠唱してください」
マーシュ先生から治癒魔法の呪文が記載されたメモを渡される。
─────────────────
聖なる光よ、傷つき者に清き癒しを与えたまえ
─────────────────
ソフィアさんが患者さんに向けて詠唱していた呪文が記載してある。覚えるのは少し難しいそうだけど、読み上げるだけなら簡単そうだ。
「さて、ご自身の胸に手を当ててやってみてください。魔力は両手に集めるイメージで」
「……はい」
魔力を集めるイメージと言われてもよくわからないが、とりあえずやってみよう。
自分の胸に両手を当てて、メモに書かれた呪文を詠唱する。
『……──聖なる光よ、
傷つき者に
清き癒しを与えたまえ。
……
すると、呪文を唱えた途端に身体中が熱くなり、両手へ何か暖かいものが流れていくのが分かる。
両手へと集まった暖かいものは、白い光へと姿を変えて私の身体全体を一気に包み込む。
「───ッ!!!」
激しい光が一瞬にして体全体を包み込む。
眩しくて目が開かない。
一気に全身の疲労感が取れたのが分かると同時に、身体の中の暖かいものがゴッソリと抜け出た落ちた感覚があり、
魔法が成功したかどうかを理解する前に、
意識が遠のいていった……───。
「──ミレ。───……スミレ!」
重たい瞼をゆっくりと開けると、そこには美しいエメラルドの様な瞳に自分の顔が映り込んでいた。
「スミレ!!!目が覚めたのね!!」
「……ソフィア……さん?」
「スミレ様、お目覚めになりましたか」
私は診療所のベットに寝さかれており、ソフィアさんの後ろにはマーシュ先生もいるようだ。
「私に……あの後何が起きたのでしょう?」
「結果からお伝えしますと、スミレ様は詠唱に成功しました。治癒魔法の適性もあるかと思われます」
「………魔法…使えたんですね」
なんと私は治癒魔法の詠唱に成功したらしい。
あれだけ使えないと思っていたものがこんなにあっさりと使えるとは。
本日一日仕事を見学していて、治癒魔法が使えないと私はここでナースとして働けないのでは……と内心不安であったので胸のつかえが下りた。
「ええ。ですが、初めてということもあったのか初級治癒魔法の魔力消費量としては莫大過ぎる魔力を使用し、体内の魔力を使い尽くして意識を失われたようです。倒れそうになり直ぐに支えたので怪我などはしていないと思いますが、私としたことが不覚でした」
「私も使い始めのころはよくフラフラしたりしてはいたけど、ここまでじゃなかったわね!」
話を聞くと私は2時間近く意識を失っていたらしい。詠唱した途端に身体が暖かくなり、その暖かいものがいきなりゴッソリと持っていかれた感覚。ダヴィッドさんも言っていたが、あれが魔力なのだろう。たぶん。
そして、ソフィアさんやマーシュ先生が言うには初めて魔法を使うと魔力のキャパが少ないことや消費魔力を調節ができず魔力を使いすぎてしまうことから気分不快を生じたりすることはよくあるらしい。
「しかし、いままで魔力なんてない世界で生きてきて魔力がなくても平気だったのに何故意識を失ったのでしょうか?」
「それは、この世界に身体が順応している……ということでしょう。この世界の空気を吸って水分と食事を摂取していれば、体内には魔力が蓄積し拒絶を起こさない限りは馴染んでいくかと思われます。
意識を失った理由としては、この世界において魔力は生命を維持するにあたって必要不可欠なものです。長期間の間に魔力が枯渇すれば生命活動ができなくなる場合もあります。魔力に馴染んだスミレ様の身体はもうこの世界の住民と同じようなものになっているのでしょうね」
この世界の物を摂取していくうちに自身の身体の細胞が馴染んでいく……と。
意識を失った理由としては、膨大な魔力を一気に消費し身体の魔力が空になってしまったのが原因だという。
「じゃあ最初に魔法が使えなかったのは、体内の魔力が空っぽだったからなんですね」
「その可能性が高いです」
こうして、あっさりと私が魔法を使えない理由が証明されたのであった。
……実を言うと、ファンタジーのような世界への転移で魔法が使えない事はかなりショックだった。漫画や映画のように異世界へ転移したら、大体は自分には特異な力が秘められている物だというのに初歩的な魔法ですら使えなかったのだから。
しかし、今の私は魔法を使うことが出来る。
例え使用できる魔法が初級止まりだとしても、人より秀でた能力でなかったとしても、この事実は私の中で気持ちを大きく高ぶらせた。
「今回、スミレ様は魔法が使えることが判明しましたので暫くは治癒魔法の訓練を行い、慣れてから患者さんに実践して頂きます。経管栄養法は必要とされる方が現れた場合私と一緒に実施や観察、その家族への手技指導ををお願いします。後はソフィア、スミレ様にこの世界の文字や文法を教えて頂けますか?」
「え、そんな悪いで──」
「任せて!!文字も魔法も私がとことん教えてあげるわよ!!!」
……とても有難い話ではあるが、雇われの身でありながら治癒魔法と文字まで教えて貰うだなんて私は何にも仕事をしていない事になる。
……魔法の練習や文字の勉強は優先すべきことだと考えているが、さすがにこれではお金は貰えないので、契約書に記載している掃除や雑務をさせてほしいとお願いした。が、
「その時間があれば、練習や勉強ができるわよ!!そんな掃除も雑務も時間かかることじゃないし、まずはそっちを優先していいのよ!!!」
「ええ、ソフィアの言う通りです。スミレ様はまず勉強して魔法を練習することが仕事ですよ。研修期間……と言えば納得していただけますか?」
この通り全くやらせてくれる様子は無いためお言葉に甘えさせて頂き、時間がある時は掃除や雑務を手伝わせてもらおうと思う。
しかし研修期間っていい言葉だな。
感じていた罪悪感が一気に軽くなった。
二人の優しさに、感謝だ。
時計を見ると、診療時間をとっくに終えている時間だった。
「スミレ!もう身体は大丈夫なのかしら!!」
「ええ、大丈夫です。初日からご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
「謝らないで!!スミレはなんも悪くないのよ!
……いきなり呼び出して詠唱させる先生が無計画すぎたのよ」
最後の方は小声にしているつもりなのだろうが、小声が小声じゃないため後ろにいるマーシュ先生には丸聞こえな気がする。
「無計画ですみせんでした。まさかあそこま魔力を使用するとは思っていなくて」
微笑みながらマーシュ先生が言う。
やはり、ソフィアさんの小声(とはいわない小声)は聞こえていたようだ。
「……うげ!聞こえてたの!!別に悪口じゃないのよ!!!」
「今日だけじゃなくていつも全部聞こえてますよ」
ニコニコしながら答えるマーシュの笑顔には少し威圧感があって怖かった。
普段どんなことを言ってるんだろうソフィアさんは……。
こうして、診療所での初日が終了したのだった。
明日から文字と魔法の勉強が始まり、理解をして実際に使いこなせるかが不安だけど、やれるだけやってみよう。
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