第21話 診療所(2)



「──まず今日は、私の一日の流れを見てみようか!」


本日はソフィアさんの業務の流れを後ろについて見て学ぶ、シャドー研修を行うことになった。


看護師は職場にもよるだろうが、常に動いている職種であり初日は基本的に先輩の後ろを影のように一日に付いて回るシャドー研修を行うことが多いがそれはこちらの世界でも同じのようだ。



「こんにちわ!アンナさん!

今日も腰かな???」


早速朝の診療がはじまる。

この診療所は医師1名看護師1名の計2名しかスタッフがいないため、受付業務も並行しておこなっているようだ。しかし現代日本のように診察券や予約制度などはなく、訪問した患者さんにどんどん治癒魔法をかけていくだけらしい。


「ええ、そうなのよ。腰がやっぱり痛くてね。今日もお願い」


アンナと呼ばれた高齢者の女性は腰の当たりを擦りながら椅子へと座る。


「分かったわ!!腰なら初級で十分ね!!

そしたら始めるわね!」


そしてどうやら、治癒魔法が存在するからなのか、医師の診察は行わずナースが主体的に治癒魔法にて治療していくらしい。

マーシュ先生が動くことは基本的にはなく、論文やら王宮の定期診察やらなんやらに出向いてることが多いらしい。確かに私が王宮にいる時も、殆ど毎日見かけた気がするな。日本の医師は指示出しや処方、医師しか実施出来ない処置を行う以外は病棟に居ないことが多い。診療所は常に診察をしているイメージがあるが、治癒魔法がある限り余程の事がなければ診察も要らないだろうし、ソフィアさん一人で回せてしまうのであれば医師が常駐している必要は無いのかもしれない。



ソフィアさんは、患者の腰の辺りへ手を翳(かざ)し唱える。


『──聖なる光よ、傷つき者に清き癒しを与えたまえ。 光の治癒ヒーラ!』


魔法が詠唱されるとソフィアさんの手の平に白い光が集まり、患者の腰部へと吸い込まれていく。


「あー効いた効いた。

大分楽になった、ありがとうねぇ。

やっぱソフィアちゃんの治癒魔法は良く効くわねぇ」

「いえいえ!こんなの朝飯だわ!」


また宜しくねぇ、と手を振りながら帰宅するアンナさん。


「凄い……今のが治癒魔法ですか?」

「そうよ!ポイントは、治癒魔法を掛けたいところに魔力を集中させて最低限の消費で治療することかな!!」

「なるほど……」


とは言ってみたが、熱く語ってくれるソフィアさんの言うことが魔法を使ったこともないのでさっぱり分からない。


ただ治癒魔法を詠唱するだけでは、対象全体を癒してしまって効率が悪いって事なのかな?一日に何人も治療するし、魔力を無駄に使わない為のコツだと考えるとそんな気がする。


その後もどんどんソフィアさんは、訪れる患者さんに治癒魔法をかけていき、午前中の8時から12時までの4時間で30人以上に治癒魔法を使用していた。


かなりのハイペースで治療は進んでいき、一人で簡単な受付を済ませ患者さんに魔法をかけどんどん捌いていく様からソフィアさんはかなりの手練な気がする。


……これ、私は治癒魔法使えないけどナースとして必要なのか?魔法が使えたらソフィアさんの負担も減るだろうけど使えないし、もしかして事務とかの仕事をすることになるのかな。あの条件はナースとしての給料だと思うんだけど大丈夫なのだろうか。


そしてやはり、治療の様子を見ていると患者さんの主訴のあるところにポイントで治癒魔法をかけているので、やはり極力魔力を無駄に使わないように調節しているようだった。


「ふー!流石に疲れたわ!!スミレ!!ご飯いこう!!!」

「は、はい!!」


ソフィアさんに連れられるがまま、診療所から徒歩2分程度の近くの定食屋さんへと向かった。


この店のイチオシはパスタでパスタだけで15種類ぐらいあるようだが、ソフィアさんのおすすめは日替わりランチのセット。


こちらは日替わりパスタ、サラダ、プチデザート、コーヒーが付いて55ゴールド。かなりのボリュームで味も美味しい。これで550円だと思うとかなりお得だ。


「ソフィアちゃんとそのお友達にはサービスしちゃうわよ〜」


と、店主がサービスで山盛りのチーズがけポテトフライを出してくれた。


「ありがとう!!!有難く頂くわね!!」



ランチが終わり診療所へと戻る道中、

「ソフィアちゃん!今日もお仕事かい?この前休みも働いてなかったかい?」

「ソフィアちゃんソフィアちゃん!良いイチゴが入荷したんだよ!試しに1個食べてみてよ!」

「おおソフィアじゃないか!また飲みにいこうなぁ!」

ソフィアさんに声をかける街の人々の多さに驚いた。


「ソフィアさんは凄く人気者ですね」

「そんなことないわよ!!街の人みんなと仲良しなだけよ!!」


それを人気者というのだけれど、彼女は無自覚のようだ。


「あの、もう13時ですが診療所へは戻らなくて良いんですか?」


時はランチを終えて13時を過ぎていたが、ソフィアさんは診療所に戻る様子はなく、ビゴール商店街の案内をしてくれていた。


「あ、聞いてないかな?休憩は14時までなの!!診療所は近いし、13時30分ぐらいに戻ろっか!」


ソフィアさんによると休憩は12時から14時の2時間もあるらしい。日本と比べると大分ゆったりとしている。


「マーシュ先生の言ってた通り、スミレはちゃんとしてるね!!私とは大違いだよ!」

「そんなことありませんよ。むしろソフィアさんは凄いです。どんどん的確に治癒魔法を患部にかけて、患者さんや街の人とのコミニュケーションも取れていて……。私なんかより全然しっかりしてます」

「あはは!そうかな??そう言ってくれると凄く嬉しい」


大きな声で笑うソフィアさんは、出会ってたった初日の私の心を少しずつ開いてくれている。なんというか、私は割と職場の人とは壁を作ってしまうタイプというか心を許せるまで人よりも時間がかかると思うのだけれど、

彼女の裏表のない笑顔にたったの数時間で緊張感が解れていくのを感じた。


「さて、午後も頑張りますか!!」

「お願いします!」


午後の診療が再開され、続々と患者さんが訪れた。

ソフィアさんはこれまた的確に主訴のある患部にポイントを絞って治療している。


午後の患者さんの波が少し途切れたところで、ソフィアさんへ素朴な疑問を投げかけた。


「魔力切れとかってこの世界はないんですか?」


気になっていたのは魔力切れ。

魔力節約の為にポイントを絞って治療しているとはいえ、休みなく患者さんを治療をしていくソフィアさんは魔力が切れる気配が一向にない。


「魔法切れ?あはは!あるよぜんぜん!面白いこと言うね!!」

「そう、ですよね……。ソフィアさんを見てると魔力って底なしにある物の様に感じてしまって」

「実はねこう見えて凄い努力したんだよー。最初は結構治癒をかける場所を絞れなくて、対象全体を光で包んでてね。効率が悪すぎて一日3人ぐらいが限界だったのよ!」

「え、凄すぎませんか!3人だったのが、今日既に50人は治療してますよ!!」

「ね!!我ながらほんとすごいと思うわ!!後は、ご飯を食べると魔力が回復するんだよねー!」


ご飯を食べてMP回復だなんてゲームみたいだけどそんなことあるのかな?気の持ちようって話かな……?


「ご飯を食べると元気が出ますよね!!」

「それもあるけど、ご飯を食べると本当に魔力が回復するのよ!

あ、スミレは魔法がない別の世界から来たんだっけ」

「そうですね。魔法は空想の世界の物でした」

「そっかそっか!そしたら知らないよね!

この世界の全ての物にはね、魔力が含まれているのよ。

空気、水、お日様の光、土、動植物や魚などの生物全てにね。

だからね、体内の魔力を消費した時は寝たりして自然に回復するのを待ったりするけど、それだけじゃなくて食事を摂っても魔力が回復するのよ!」


ソフィアによると、この世界に存在する全ての物質・生物は魔力を含んでいるらしい。

前の世界で例えるなら……水に近いだろうか。

海で蒸発した水は雲となり雨として地上に落ちる。地上に落ちた水は土へ吸収され蒸発して空気中へと戻るか植物へと吸い取られる。植物は草食動物や虫に食べられ、それを食べる肉食動物がいる。そして、その動植物の死骸から抜け出た水分は空気中へと還元され、また雨となって地に戻る。魔力もそうして巡り巡って世界の何処にでも含まれているそうだ。


「例えば、今座っている椅子の木材にだって微妙であるけれど魔力は含まれているのよ!」

「本当に何処にでも含まれているんですね……」


この世界が魔力で満たされているのであれば、私が魔法を使えなかったのは前の世界での体が魔力に適していなかったということなのか……?聖女様が使えたのは元々魔力のある別の世界から召喚されたから……?わからない……。


ふとそんな疑問が頭に浮かんでいた時、


「──こんにちはスミレ様。お話中すみませんが、僕が考えた仮説があるので試してみたいのですがよろしいですか?」


マーシュ先生がひょっこりと診察室へ顔を出した。


「──っあ!!先生!!!またサボってるでしょ!!!」

「ソフィア、そんなことはありませんよ。それよりスミレ様に少しお話があるのですがお借りしてもよろしいですか?」

「本当に突然ね!!いいけどスミレが辛くないように手短にね?」

「ええもちろんですよ。ではスミレ様、こちらへよろしいですか」

「あっ、はい。行きます」


突然現れたマーシュ先生へ連れられて誰も入院していない病室へ入った。


「スミレ様、早速ですが、先程のソフィアの話理解できましたか?」

「あっ、えっと理解できましたよ。水のような物だと感じました。水分は気体となり液体となり空気中や生物の中にまでと何処にでも存在しますよね」

「さすが理解が早い。まあそんなところです。そしてですね、それは魔力も同じなのです」

「つまり……?」







「スミレ様は魔法を使えるかもしれません」






──突如、マーシュ先生から私は魔法が使えるかもしれないと告げられた。

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