第35話 魔法の先生(3)


***



──その後魔力を込める量を少しずつ増やしていき、同じ初級治癒魔法でもどの位の効果をもたらすのかを実験して言った。


実験の結果としては、当初私の治癒魔法の効果はマーシュ先生がやソフィアさんからは2倍程度だろうと予想されていたが、実際には5倍程度の効果がある事が分かった。その為少ない消費魔力で通常と同等かそれ以上の効力を持つ魔法が発動していたという訳だ。


私より先に召喚された聖女様の魔法も通常よりも3倍は効果が高いらしいがここまででは無いらしく、その代わりに器用に上級治癒魔法を初日に使いこなしたとの事であった。


「5倍増しの効力を持つ巫女が全力で魔力を込めて上級治癒魔法を唱えたのなら、それはもう魔法ではなく“奇跡“になるのかもしれない」


とノアはぼそっと呟いたが、私にはその都市伝説となっている“奇跡“とやらについてよく分からないし、魔力を込めすぎて初級治癒魔法で倒れてしまう私が上級治癒魔法を全力で魔力を込めて詠唱なんでしたら魔力が底を尽きて命を落とすような気がするのでそこは彼の見当違いであって欲しい。




「──さて、スミレ。治癒魔法の効力は分かったから、次は光魔法を訓練しようか」


私の魔力で興奮し尽くしたであろうノアは一息ついて話し出す。


彼が言うには光魔法に属する魔法は、治癒魔法の他にも防御魔法や浄化魔法があるという。


つまり、治癒魔法が扱えるという事は他の光の魔法も扱える可能性があるという事になるらしい。



「スミレはもう治癒魔法は使えるんだよね。光魔法の難易度としては、一般的に浄化、治癒、防御、攻撃の順で扱うのが難しいと言われているんだ。治癒魔法が使えるってことはもう防御と攻撃は出来るはず。この本を読みながらやってみよう。ページを進む事に難易度が上がっていくからいい練習になる」



ノアに渡された重厚感のある分厚い本には、『光魔法呪文書』と記載してある。


「う……」


思わず声が漏れる。何故なら、何気なくその本をペラリとめくると、ページは一面が小さい文字で埋め尽くされ、図解の為のイラスト等は無い。読み手にまったく読ませる気が無いと感じるほどに読みにくい本だと感じた。


イラストが付いていて、手順は『①まず手を前にかざします。②魔力を手の先に込めるイメージで……』なんて書き方をしてある物を想像していたのでイラスト豊富の教本で義務教育を受けてきた現代日本育ちの私にとっては受け入れ難い書式である。



「はは、読みにくいよね。これ」

「……よかった、ノアもそう思うんですね」

「こんな細かい文字だらけの本、誰だって読みにくいと思う。色んな魔法書を読んできた僕でさえ、この手の本は取っ付きにくいし好んでは読まないかな」

「絵本みたいに絵が付いていていたりすると分かりやすいんですけどね……」

「確かにいいね、その案。今度ダヴィッドと相談して絵本形式の魔法書を作ってみようかな」

「……あの。出来ましたら是非、読ませてください」

「ふふ、わかった。──でもスミレ。今はこの本しかないからこれを使って早速簡単な攻撃魔法から使ってみようか」



ノアに言われるまま、細かい文字に目を凝らしながらページを読み込んでいく。

文字がズラズラと記載してあるが、肝心の呪文が何処か見つからない。光魔法の原理だの、魔法式だの難しい言葉ばかりで全く頭に入ってこない。


「……スミレ?」


魔法書の難解さに困惑して固まっているとノアが心配そうに声をかけてくれた。


「ノア、ごめんなさい。この本難しくて全く読み解けない」

「……ああ、ごめん。スミレは召喚者だから魔法式や魔法原理基礎とかの教育を受けていないんだった。その辺は理解出来ればよりいいってだけだから分からなくて大丈夫。あの的に向かって呪文を僕が詠唱するからそれ真似してみて」

「う、うん……」


ノアはそう言うと、団長室には似つかわしくないドア位の大きさがある薄汚れた的に手をかざしてスラスラと呪文の詠唱を始め、


『聖なる光よ、我に力を貸したまえ──光の弓矢ホーリーアロー



彼が詠唱を終えた途端に、ノアがかざした手からは、細長い光が出現し一瞬にして視界から消えた。


「……え?今なにか出ました?」

「的を見てみて」


ノアに言われるまま直ぐに的を見ると光の矢のような物が数本刺さっており、すぐに消失した。


「今、光属性の攻撃魔法を使ってみた。部屋を壊したくはないし出力は大分抑え目にしたけれど速くて見えなかったかな?」

「……はい」


私の肉眼でらノアの放った弓矢捉える事が出来なかった。彼に言われてやっと的に光の矢が射られたことに気がつくほどだ。


光の弓矢ホーリーアローの特徴はなんと言ってもその速さと静音さにある。普通に攻撃魔法として使うのもいいけど、光魔法の癖に不意打ちとか暗殺向きかな。まあ弓矢が光ってて目立つから夜の暗殺には不向きだけど……」

「あ、暗殺……?」

「あはは、冗談だよ。シャルム王国内で実際に暗殺の場面で使う事は無いだろうし、スミレにそんな事をさせたら兄さんが黙ってない」



この麗しくとても美しい青年は暗殺だなんて物騒な事をサラッと言う。しかも私をからかっていた様だ。この世界に来てからルー様やマーシュ先生、そしてノアまで私をからかう人が多い。これは私の予想だけど、私の真面目で全てを真に受ける様子が面白いのかもしれない。


……まあ、いじられ体質なのは今は置いといて。私も実際に光の弓矢ホーリーアローを使ってみなければ。



「スミレは魔力が多いし、込めすぎる傾向があるから本当に最小限の魔力で詠唱してみて。団長室を壊されたら困るからね。光の矢を放つイメージをして。大切なのは想像力なんだ」

「……うん」



光の弓矢を放つイメージで。

速く、速く、あの的を貫く事を頭に描きながら。


やり過ぎないように……やり過ぎないように。


そし、両手を翳し、詠唱をしながら魔力を込める。


『聖なる光よ、我に力を貸したまえ──光の弓矢ホーリーアロー





──しゅぽんっ。




「……えっ」


私の手から出たのは、目に捕える事が出来ない瞬速の弓矢や敵を貫く為の鋭利な矛先を持つ弓矢でもなく、ゆるキャラのキューピットがぴよ〜んと繰り出しそうな何の役にも立たないであろう玩具の様な弓矢であった。

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