第31話 彼の視点② 中編 (2)




***





「──それでね、私今王都で一人暮らしを始めたんだ」

「えっ、王宮を出たのか?」


約束の時刻となり、庭園の白いベンチで彼女と落ち合う。


それにしても、王女様が軽快した事までは聞いていたが、まさか王宮を出て王都で一人暮らしをしていたなんて。しかも診療所でナースとして働き始めたとは。


「……ということは街からわざわざここまで来てくれたのか。てっきり王宮に住んでいるものと思っていた。すまなかった」

「凄い近い距離だし謝らないで。私も久しぶりにここに来たかったし来れてよかった」


俺は王宮内の兵舎で入浴を済まして急いでこちらへ向かってきたのだが、スミレはこんな遅い時間にわざわざ馬車に乗り来てくれたとの事だった。



なんだか今日のスミレは髪が少し湿り気があり、色っぽい様な気もすると思っていたら、彼女も入浴を済ませてから会いに来たようだ。


彼女からは石鹸の香りが柔らかく漂う。


彼女の艶やかな姿を見て少し緊張したがそれ以前に、こんなに無防備な格好でここまで来させてしまった自分に憤りを感じた。帰りは王宮内に泊まっていってもらうことにしよう。





「──あっ、それとね私、治癒魔法使えるようになったんだよ!」


スミレは魔法が使えるようになったという。


治癒魔法は聖属性の魔法。

聖属性の適性がないと全く使うことが出来ない代物で、俺には適性がない。

スミレがどの位の魔法適性を持っているかまだ分からないが、異世界から巫女として召喚されたことを考えると訓練次第では聖女様の様に高位の聖属性魔法が使えるようになるのかもしれない。


「凄いじゃないか。治癒魔法は少しでも聖属性魔法の適性がないと使えない。今度俺にもかけてくれないか」

「もちろんだよ。でも、魔法が必要になる怪我はしないで欲しいけどね」


「………」

「………」


「………もちろんだ」

「お、お願いだよ……?」


久しぶりに会ったの事もあるが、いつもよりも色気のある彼女に気を取られてしまって普段のように会話の間が持たない。

俺もだがスミレも今日はあまり話すことはなく、ぎこちない様子だ。




「……その。昼間のことだが」

「ひっ、……ひるま??」



この空気感で無理に世間話をする必要もないと思ったので、話したいと思っていた昼間の事を切り出した。


「そ、その。なんていうか、スミレを見たら体が勝手に動いて、だな。……突然すまなかった」


自分勝手な行動であったが言い訳をしても仕方が無いのであの時の状況を簡単にではあるが正直に伝えると、自分で言っておきながら顔が火照っていくのが分かる。チラっとスミレを見ると彼女も顔が赤い。


「人前だし嫌だったろう。俺も後になって後悔した。スミレに恥をかかせたかもしれない。……都合がいいかもしれないが許してほしい」


許してもらえるかは分からないが、再度謝罪をする。


「あ、あの。レイ」


俯きつつ話すスミレは、こちらの様子を見ながら話す。


「嫌では……ありません……でした」


……嬉しい事に、昼間の件は嫌ではなかったと言っている。

顔を真っ赤に火照らせながら話す彼女に胸がキュッと締め付けられる。


「れ、レイ。私は──」


彼女が何かを切り出そうとしているのを察った。


……多分だけどこれは勘違いではない。その答えがどちらにせよ、大切な話は俺から切り出すべきだろう。


「スミレ。話をさえぎってすまない。俺から話したいことがある」


心臓の鼓動がどんどん高鳴っていく。

魔物との戦闘中に命のやり取りをする場面とは違う緊張感。


……動悸がする。頭もフラフラしそうなくらいに胸が苦しい。





「……俺はスミレが好きだ」





言った。

言ってしまった。


ずっと彼女へ伝えたかった気持ち。

自分の一方通行かもしれないけれど、直接伝えたかった想い。


「……俺の恋人になってほしい」



これもずっと思い描いていた自分の願望だ。

恋人……というよりは、彼女と将来を誓い合ったパートナーになりたい。


その為、本当なら“結婚を前提とした“と付け加えたい所だが、スミレのいた元の世界では結婚を前提に〜というのは、この世界とは違って“重い“と捉えられてしまう事を以前に聞いたので言えなかった。




「……スミレ?」






「───ッたぁ!?」



少しの沈黙の後、スミレは突然自分の頬を思い切り抓った。


「……なっ、何してるんだ!?大丈夫か?頬が赤いぞ」

「あの……レイ、これは夢だよね?」

「な、なにを言っている??……夢なわけ──」


……彼女は今の出来事を夢だと勘違いしている?


そういえば、スミレは転移時も最初は夢だと思っており、頬を思い切り抓りその痛みでこれが現実だと知った……ルーから聞いた気がする。


信じられない出来事が起こるとすぐに頬を抓るのか。



「ふっ……あはは」



……やっぱり彼女は面白い。一緒にいて飽きない。


そう思うと緊張していた顔の筋肉が解れ、自然と顔がほころぶ。


「──スミレは面白いな。夢ということにしておくか?」

「む、何するんですか!」


彼女が抓った方の反対の頬を優しくつまんだ。意外とむにむにしていて柔らかい。むっとした顔が可愛らしい。


「……因みにさっきのは本気だからな。返事はいつでもいいから」


スミレは少し抜けているところのあるので先程の告白は本気であると念押しをする。


「えっ、レイ?」

「もう遅いし、今日は王宮に泊まるといい。第1騎士団の来客用の部屋を使ってくれ。奥の部屋にはベッドもある」


本当は今すぐにでも返事が欲しいが、自分の告白で突然頬を抓るほど彼女を困惑させてしまった。


これは俺の我儘になってしまうが、ゆっくり考えてもらって、しっかり返事が欲しい。


「まって、あの、私……」

「ゆっくりでいい。急がせたくないんだ。

それと今日は突然すまなかった。暫くは第1騎士団の遠征もないだろうし王宮にいるから、街へも顔を出すよ」


スミレが何か言い出そうとしているのを察していながら話を進め、手を引いて来客用の部屋へと彼女を連れていく。


「……おやすみ。ゆっくり休んでくれ」

「えっ、あっ……。うん、おやすみ」


彼女が困惑しつつもなにか言おうとしているのを分かっていながら来客室の扉をゆっくりと閉じた。



「………」




スミレは今すぐにでも返事をくれそうだった。素直に聞けばいいものを俺は……。


ゆっくりと考えて返事をして欲しいというのもあるが、もしかしたらこの気持ちが一方通行だった場合を考えてしまい怖くて聞けなかった。


「スミレ……」


今、彼女の事で頭が一杯だ。

今さっき別れたばかりなのにもう会いたくてたまらない。声が聞きたい。思い出す身体の華奢さと頬の感触。もっと彼女に触れたい。



……その日の夜は珍しく中々寝付けなかった。

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