第32話 彼の視点② 後編(1)




「……朝か」




──スミレへ自分の想いを打ち明けてから夜は更けてあっという間に朝になった。


全く寝れなかった、という訳では無いが昨晩の出来事が頭を離れなくていつもよりも寝つきが悪く頭がスッキリしない。



重たい体を無理やり起こし身支度を整え、王宮内にある第1騎士団の本部へと向かう道中に、


「──よぉ!スッキリしない顔してどうした?いつものキリッとした表情が無いなんて珍しいな?」


白銀の髪を持つ野性的で大変美しい男……ルーに声をかけられた。



「……寝不足なんだ。お前こそ何で朝からそんなに元気なんだ」

「俺様は24時間いつでもハキハキしてるのが売りなんだよ。……ところで寝不足の原因はスミレか?」

「──っな!」


顎を触りながらニヤニヤとするルー。

なんでこの男はこんなに感がいいんだろうか。獣人族……というよりはコイツの感というものなんだろうが。


……昨日の事は隠して仕方がないし、ルーは幼い時からの親友だ。正直に話そう。



「昨夜、スミレに告白した」

「……えっ、本当か?」

「俺が嘘をついたことがあったか」

「え、いや。レイ、お前……」


ルーは目を丸くして驚く。


「──男になったなぁ!!!」

「──いっ!きゅ、急に叩くなよ!」


思い切り肩を叩かれる。

本当に嬉しそうな表情をする白銀の男。


「あんなに色恋には興味が無かった、正に“氷の騎士“の異名がぴったりだったお前が……。俺様は非常に嬉しいぞ」

「う、うるさいな。今まで俺にとって異性として魅力的だと感じる女性が居なかっただけで……」

「ユキだっていただろう?アイツは──」

「ユキは実の妹みたいな存在だし、恋愛対象の異性としては見たことはない。ユキだってそうだろう」

「お、お前な……」

「何かおかしいこと言ったか?」


含みを持たせた言い方をするところが気になるが、どうしてここでユキの話が出てくるんだろうか。彼女はとても優秀で頼れる部下であり、幼き日から妹の様に可愛がってきた。俺も彼女もお互い騎士としての誇りを持って関わっているし、兄妹きょうだいの様な存在だと思っているのだが……。


「まあ、ユキの事は置いといて。勿論オッケーだったんだよな?」

「それがな……。現実ではなく夢だと思ったらしく、いきなり頬を思い切り抓ったんだ」

「………。

……ふ。ふ………っく。


………フハハハハ!!すまん、無理だ堪えきれん。……スミレ、やるなぁ!!!」


スミレの行動を聞いて腹を抱えて大笑いするルー。


俺も当事者ではあるが、あの空気感で笑ってしまったぐらいスミレは突飛な行動をしたと思う。


「俺も思わず笑ってしまった」

「笑うか凍りつくかのどちらかだよな。それで返事は?」

「返事をくれようとしていた様子だったんだが、焦って返事をして欲しくなくて後日でいいと伝えた」


ルーは何故今すぐにでも返事を求めないのかと不思議そうに問う。

俺だって今すぐにでも返事は欲しいが、彼女を急かしたくない。生まれ育った世界が違うのでスミレの認識が異なることは仕方がないが、この国で恋人になるということは生涯のパートナーである婚約者になると同等の事。“婚約を前提に“という言葉を付け加えてないのは“重い“と捉えられたくないだけではなく、彼女がもし自分の恋人になった後に別れを選びたくなった場合は簡単に別れられるようにという配慮もある。


「焦らせたくないっていう配慮は大切だが、早い方がいいぞ。例え今はオッケーだったとしても気が変わるかもしれないからな」

「別にいつでもいいんだ。スミレが返事を返したいと思ってくれた時で」

「……レイ、お前健気だな。俺様なら待てないし今すぐにでも会いにいくけどな」


ルーであれば『もちろんオッケーだよな?』だなんて相手に言って、即座に返事もらうというよりは返事を自分からところが想像出来る。


自分もその様に振舞えれば話は早いのだろうが……。


「今日、第1騎士団が行う王都付近の森の巡回って早く終わるだろう?」

「……それがどうした?」

「帰りに王都の大通りを通るよな?

あそこの近くだぞ、スミレのいる診療所」


また口角を上げてニヤニヤしていると思えば、巡回帰りに自分から会いに行けということか。


「……巡回といえ、魔物の討伐があるだろう。返り血を浴びてるかもしれないし無理だ。それに今日会いに行ったら返事を急かしていると思わせるじゃないか」

「お前が返り血で汚れてるのあまりないよな。俺様と違って魔法でちょちょいってれるんだから」

「……ダメだ。彼女にはゆっくりでいいと伝えた」

「スミレは奥手だと思うぞ。お前からのアクションを待っているかもな?」


右肩をルーに掴まれる。

痛くはないが、思い切り振りほどかないとこの大きな手は離れなそうだ。


「……な?」


満面の笑みでの圧力。

目が笑っているようで笑っていない。


この様子だとルーは俺がスミレに返事を貰いに行くと言わないとこの場から離れる様子がない。


「……まあ、気が向いたらな」

「……ふっふーん。そうかそうか!結果を楽しみに待っているからな!!」


気が向いたら……としか伝えていないのに、銀色の毛並みを持つ野獣は満足気に手を離しその場を去っていく。


まあスミレに返事を急かせるつもりはないが、ルーの意見は受け取るだけ受け取っておこう。


気が向いて………診療所に寄って顔を見るだけなら……な。




***






『──穿つらぬて果てろ、氷の矛アイス・ランス



胸の前にかざした右の掌から氷の矛が複数生成され、前方の敵を貫いていく。


手から射出される氷の矛の速度は凄まじく、自分で出現させておきながらもその矛は肉眼で辛うじて捉えることが出来るぐらいに速い。



「「───ギュアアアァァァァァア!!!!」」



脚が6脚もある蜥蜴トカゲの様な見た目をした大きな魔物、通称“沼蜥蜴スワープリザード“は鋭い氷の矛に貫かれ、貫かれた箇所から凍てつき絶命していく。



氷の矛アイス・ランス



次々と木の影から飛び出してくる魔物達に容赦なく氷の矛アイス・ランスを撃ち込む。




「──これで全部か?」

「そうだね。周囲の魔物の反応は全て消滅した」


自分と団員の周囲には円を描くように魔物の死骸が積み重なっている。


「にしても兄さん、僕の出る幕全く無かったよ。気合い入りすぎじゃない?何かあった?」


サラっと青みがかった黒髪をかきあげ、何かを察する天才魔道士の弟ノア


いつもならこういう時はユキが着いてくるのだが、ユキは長期の遠征により王宮内で行う雑務が溜まってしまっている(手伝うと言ったが丁寧に断られた)とのことで急遽ノアが代わりとして来ることになった。


団員20名程度に加えて第1騎士団の団長である自分と第3騎士団の団長のノアが派遣されるなんて過剰戦力だと思ったが、今回は広範囲に渡っての巡回と討伐だったので遠征時にも発揮されたノアの魔力探知能力が必要とされた事もあったと後に聞いた。


「と、特段いつもと変わりはないと思うが」

「……ふーん。まあいいや。じゃあ死骸これ、焼いちゃうよ」


ノアは左手を前に差し出し詠唱を始める。


『──激しく燃え盛る炎よ、我の目の前へと立ちはばかる厄災を焼き払え──地獄の業火ヘル・ファイア


魔物の死骸は激しい炎に焼き尽くされていき、炎の激しさに周囲の気温は上がり、なんとも言えない不快な焦げ臭さが漂う。


激しい炎は死骸だけでなく周囲の木々に燃え移ってしまいそうであるが、ノアがコントロールしているのかギリギリの所で周辺には燃え移ることはない。


「死骸を焼くのに地獄の業火ヘル・ファイアを使うだなんて流石だな」

「ちまちま焼いていくのって大変なんだもん……。兄さんの氷面世界アイス・エイジで凍らせてから叩き割るのでも良いけどさ、アレは逆に僕らが危ないしね」


地獄の業火ヘル・ファイアは炎属性の魔法の中でも高位な魔法でとてつもない魔力を消費する。


使える術者も国内で限られているが、使う場面があるとすれば強い魔物に対峙した時や多くの魔物を一度に葬り去りたい時など切り札として使うだろう。氷面世界アイス・エイジだって強力すぎるし周囲を巻き込みかねないので使う場面を選ぶ。それなのに、魔物の死骸処理だけで地獄の業火ヘル・ファイアを周囲に被害が及ばないように範囲をきっちりと指定しつつ詠唱して炎を巻き起こすなんて高位な事を軽々とやってのけ、消費魔力も凄まじい物だろうに何事もなかったのかのようにピンピンしているノアは異質であり、天才という言葉以外彼を表すのに適切な表現はないと思う。



討伐が終わり魔物を全て焼き切った頃には、明るかった空は茜色に染まり始め、日が落ちようとしていた。




「……それにしてもこの周囲の森では、沼蜥蜴スワープリザードなんて出たことは無かったと思うが。国境付近の魔物の増殖といい最近様子がおかしいな」

「そうだね。魔物を探知した時もこの周囲で多くの反応は無かったはず。詳しく調べる必要があると思う」


今まで王都付近の森では弱い魔物しか出なかった。沼蜥蜴スワープリザードは高位の魔物。先程は氷の矛アイス・ランスで飛びかかって来ると同時に対処した為、大した怪我人も出ずに済んだが沼蜥蜴アイツらは毒の粘液を周囲に吐き散らす攻撃を主に行う。その粘液を浴びると身体は酸を浴びたようにただれて溶けてしまう為、距離を取り魔法攻撃で仕留めるのが一般的である。その為、魔術師がいないパーティや魔力の低い一般兵少人数で討伐するとなると簡単に命を奪われかねない強敵である。


この森は王都から1番近い為、魔物が森を抜けて郊外へ現れた場合には甚大な被害をもたらす事になるだろう。


そのような事態を引き起こす前に騎士団で巡回し討伐をしなければならないが……。


「この状況では今の体制だと重傷者が出てしまうかもしれない。人員配置を増やして巡回にあたった方がいいな。それに全騎士団で協力して体勢を整えた方がいい」

「うん、僕もそう思う。巡回はそれぞれの騎士団から数名ずつを組み込んだチームをつくるべきだね。万能オールラウンダーな第1騎士団、主戦力の第2騎士団、魔法攻撃援助メインの第3騎士団……って言う感じに連携してね。明後日の会議で提案してみようか」

「そうだな。明後日は国王様も参加される会議だし、提案してみよう。国王様なら承諾して下さるだろう」




***




「──にしてもさ、兄さん」

「どうした?」

「今日、スミレさん……って人とルーにいが2人で食事に行くって言ってたけど、彼女はどんな人なの?」


馬を歩かせ列となり、王都へ向かう帰り道。森を抜けて暫く歩き、あと10分もすれば王都郊外へ到着しそうな頃。


列の最前列にてノアと雑談をしていたが、突然された思わぬ質問に自分の唾液でせこんでしまう。



「……だっ、大丈夫?? そんな動揺するなんて」

「どっ、動揺などしてはいない」

「……ふーん。ルーにいが女性と2人で食事っていうのは珍しくないけどさ、僕にわざわざ言うぐらいの関係ってことはスミレさんって人はルーにいの恋人なのかな?」

「そっ、そんなことは──」



──脳裏に過ぎるニヤりと微笑む白銀の狼シルバーウルフの顔にハッとする。


きっとハッタリ……だと思う。

ルーが俺の気持ちを知っていながら、今のタイミングで“2人きりで出かけるなんてそのような事“するわけが無い。


しかし。2人で食事をして彼女が俺に抱いてる気持ちを聞き出そうとしていたら?


奴は世話焼きの兄貴分。

俺を心配する気持ちは嬉しいが、やりかねない。



「ノア。ルーは何処で何時頃に待ち合わせるとか言っていたか?」

「……確か夕方にスミレさんの仕事が終わるから職場に迎えに行ってその場で誘うとか言ってた……かな?」

「すまん、先に王宮へ行く。報告書は明日提出するからノアと兵士達は先に解散していていい」

「……えっ?兄さん??」


もし目的がスミレの今の気持ちを確かめる事だとしても、それは人づてではなく自分の耳で彼女の言葉で聞きたい。



例えこの想いが届かなかった場合でも──だ。



困惑するノアを置いて、馬を走らせ王都へと向かった。

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