第4話 経鼻経管栄養法






「……実に興味深い医療技術ですね」




ダヴィッドさんの計らいで応接間を借り、そこで話をする。


マーシュ先生は、私の持つ現代日本における医療知識を顎を触りながら聞いていた。



マーシュ先生に説明した医療処置とは、”経鼻経管栄養法”のことである。


日本では一般的な医療処置で、疾患などで嚥下機能(食物を飲み込む機能)が低下し食事摂取が困難である患者さんに施される。


これを王女様に施す事ができれば、食事摂取が困難でも確実に胃へ栄養を注入することが可能だ。



……が問題点がある。


この方法、鼻から細長い管を胃までいれるのだ。


挿入時はとてつもなく苦しいし、鼻から飛び出た管をテープで固定する必要もある。


例え王女様に施したとしても、不快感から抜いてしまうことだってありえるし、


鼻に入れた管が栄養注入中に抜けてしまうと栄養剤が気管に入り誤嚥性肺炎といった肺炎を引き起こすリスクが高い。


そして一番私が不安なのは見栄えである。

そもそも王女様云々より、周囲が認めるかどうか……。



「これなら、栄養剤は高栄養値ハイカロリーのスープなどを使用すれば大丈夫ですので、管の管理は私が出来ますし器具を作れる職人がいれば可能かと思われます。

……ただし」


「見栄えの問題……ですね」


マーシュ先生は察しがいい。


「はい……。私がいた国でも、受け入れることが難しい方が多くいましたので……」


そう。この方法は、口から食事を取れなくなった患者さんが利用している。


オペなどで一時的な方もいるだろうが、私の働いていた病棟に入院している患者さんの疾患的には一生この経鼻経管栄養法を選ばなくてはいけない人も多く (その場合胃瘻といって胃へ直接チューブを造設する方法に変更にはなるが)、食事を口から取れないことやその見た目から受け入れが不良になる方も多かったのだ。


日々経管栄養を目にしている私でも、自分がその処置を受けるという立場になればショックだと思う。


王女様の場合は一時的な処置で済むので、一時我慢してもらうだけなのだが……。


「王女様や周囲の方々、父親である王は受け入れてくださるでしょうか……」


「うーん……分かりませんが、根拠はありますね。この様な方法があるとは思いもつかなかったです。経鼻経管栄養法を私も王女様に試してみたい。


以前からこちらの王宮で王女様以外にも家臣やシャルム国王の診察をさせていただいておりますので、ダヴィッドを初め、家臣達や国王も説得してみましょう 」


受け入れてもらえるか不安だが、父親である国王に相談する前に、まずは王女様周囲の家臣や宮廷医師へ相談する運びとなった。



──────────



「──というのが、異世界より転移された巫女スミレ様の国にある医療技術でございます。私は根拠があり王女様に施してみる価値は高いと思っています」


「そ、そんな王女様の鼻に管をいれるなど……!!」


マーシュ先生の説明は一般の方にも分かりやすいように医療用語をなるべく控えたもので、とても分かりやすかった。この世界に全く存在しない医療処置の話を一度聞いただけで理解し、ここまで説明できるとは凄い人だ。



王宮医師は「なるほど……」と呟き、納得いった表情をしているが、


ダヴィッドさんを初め家臣達はザワついている。


やはり、受け入れ難いよなぁ……。

日本でも受け入れ難い処置なんだから。


家臣がこの反応なら国王の反応が心配で仕方がない。


家臣達がざわざわと騒いでも王女様は眠ったままで、起きる気配はない。

相変わらず熱も下がらず衰弱しているようだった。


早く何とかしてあげないと、本当に亡くなってしまうだろう。



家臣達がこの調子では国王を説得できるかどうか……と頭を抱えていたところ、




突然、寝室の扉が開いた。


「──話は聞いていた。


余は試してみたい。


一時的に娘は辛くとも、死んで欲しくはない」


「──こ……国王様!!!!」




家臣達ががすぐに膝を着く。私も慌てて膝を着いた。


名前だけはダヴィッドさんから聞いていた。

シャルム王国の説明を受けている時に必然と。




グラン=エスポワール=シャルム国王。




扉を開けたのは国王様だった。


ズッシリとしたガタイで身長は2メートルはあるだろう。白髪混じりの癖のあるライトブルーの髪に立派な髭、瞳の色はアメジストの様な綺麗な紫。


ガタイはいいが、髪の毛の感じや顔の表情から王女様を連想することが出来る。

父親で間違いないだろう。



「余は娘のために試せることなら何でもする。妻だけでなくアンジェリカまで亡くしたくはない。


マーシュよ。お主が根拠があるというのであれば、私は信じる。例え見栄えが悪くとも命を落とすよりはよい。


頼む。娘を救ってくれ」





──見栄えがどうのこうの気にしていた私は浅はかであった。


大切な人の命が掛かっていて信用出来る医師がやってみる価値があると言えば、私もお願いすると思う。


昔から国王様の診察をしているといったことでマーシュ先生の信用はかなり厚かったようだ。







──こうして、私や家臣達の心配を余所に、国王の鶴の一声で即座に経鼻経管栄養法の準備が行われることになった。

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