第三章
第34話 ハンバーグと事前準備(1)
「──はっ」
ガバッと布団を
……頭が少しまだボーッとする。
昨日は大分酔いが回っていたし、正直後半の方は覚えていないことも多少ある。
『……俺はスミレが好きだ。真面目で真っ直ぐなところ、優しいところ、真剣に人と向き合えるところ、その夜空のような美しい髪も瞳も、食べ物を美味しそうに食べるところも、笑顔も何もかも……全てスミレがいいなら俺の恋人になって欲しい』
彼からの告白。
その後に彼と唇を重ねたこと──。
「────んんんんんっ!!!」
目を覚まして少し時間がたった頃、唐突に昨晩のことを鮮明に思い出して声にならない声を布団に顔をうずめて押し殺す。
「……もう一度、寝よう」
今日は仕事は休みでよかった。
一日中、昨日のことが頭を巡って仕事にならないだろうから。
***
「──こんにちは、スミレ。たまたま近くを通るから寄ってしまったが今大丈夫だったか?」
「レ……レイ?」
なんと、昼を少し過ぎた頃に突然レイが家に来た。
話を聞くと街の警備の視察兼巡回帰りだという。
いつもと会う時と違って騎士らしい鎧を身に付けており、鎧の重厚感は余りなく見た目はスラっとしていて金色の細かい装飾が美しい。青とシルバーを基調としたこの鎧はレイにとても良く似合っていた。
遠征から帰還した際もこの鎧を身に付けていたはずだが、あの時はいろいろあり過ぎて彼の服装にまで気が回らずよく見ることができなかった。
……鎧を着ているレイは美しい過ぎて眩しい。
私の服装はというと、仕事に向かうようなラフな格好をしている。
ついさっきまでパジャマでいたのだが、買い物に行こうと思い立ち準備を終えたところだった。
彼が突然来るとは思わなかったが、タイミングよく外に出る準備をしていたのでパジャマ姿でダラしないところを彼に見られなくてよかった。
彼が来るのであれば、この前買ったパープルのドレスでも着ておめかしでもしていればよかったな。いやでも、お家でアレを着ているのも可笑しい……かな。
「──だっ大丈夫だよ! 買い物に行こうとしていたからこんな格好だけど」
「ラフな格好のスミレも好きだぞ」
微笑みながら彼は私の頭を優しく撫でた。
「う……うん…」
レイの顔を見ると、昨日の事を思い出して恥ずかしくなってしまう。いつもなら大丈夫なのに、今日は彼の目を見て話すことが出来ない。
「……ふ。突然来てすまなかった。顔が見たくてつい、な。じゃあこれで俺は帰るから」
「──まっ、まって! レイ、よかったらこれから買い出しにはなるんだけどご飯……まだ食べてなければ食べていかない?」
彼と話しているだけで恥ずかしいのに帰ろうとする所を引き止めるだなんて、今の私の脳内はハチャメチャだった。しかし、折角会いに来てくれた事だし、ここで帰って欲しくない。もっと彼と一緒にいたいという欲が行動に出た。
それに咄嗟に自炊した料理をご馳走するだなんて言ってしまったが、貴族である彼が庶民の作った料理を食べるのか? レイなら食べてくれそうだけど、それは失礼な行為になったりしないのか……?
もう自分が何をしたいのか分からず、頭の中がこんがらがっている。
「……いいのか? スミレが作ってくれるのか?」
「う、うん!! 私の料理が口に合うかは分からないけれど……。買い出しに行ってくるから部屋で待ってて!!」
しかし、私の心配を
「いや、俺もいく。ただこの格好だと目立ってしまう。鎧だけスミレの部屋で脱いでもいいか? 」
「全然うちで休んでて大丈夫だよ。仕事終わりで疲れてるだろうしお部屋で待ってて」
「いや、一緒に行きたいんだ」
「いいよいいよ、休んでて」
「……スミレ。俺は折れないぞ?」
「あはは……。わかり…ました」
どうしても付いて行くというレイに押し負け一緒に買い出しに行くことになった。
サッと買い出しに行ってくるだけなのに一緒に付いていきたいと言うレイを可愛らしく感じた。
「──おーっ!スミレちゃん!今日はおやすみかい!? お昼ご飯の買い出しかな?? 隣のイケメンは彼氏さんか……………ってエッ!?!?」
私とレイはビゴール商店街を訪れていた。
レイは貴族であるだけではなく“氷の騎士“として名も顔も知れているし、周囲の人々が私と歩く彼を見て驚かないか気がかりであったのだが、案の定直ぐに見つかった。
「スミレ……ちゃんと、こっ…氷の騎士様……、いらっしゃいませ……」
「……こんにちは。ツヤもあり魔力の質もいい野菜や果物ですね。今日のオススメを教えて頂けますか」
「えっ……ええ、今日はサクランボが入ったばかりでしてね!食後のデザートにオススメです」
八百屋の店主はレイに気がついていて、どう見ても挙動が不審であるが彼は全く気にせず買い物をしている。
「そうか。そしたらサクランボを1パック貰おう」
「あっ、ありがとうございます……」
八百屋、雑貨屋(日本で言うところのスーパーの様な品揃え)を一巡りし、行く先々で街の人々が驚いている。
一緒に買い物に来ているだけで私が彼の恋人であるとは明言はしていないが、二人で昼食の買い出しに出ているということはこの国では恋人同士がする定番なのかもしれない。
「レイ、今更なんだけど二人で買い物している所って見られても大丈夫なの?」
私は彼の恋人で、貴族が恋人を作るイコール婚約者と同等の扱いで見られてしまうのでは……とふと疑問に思う。
アルジェルド家はシャルム王国では有数の貴族であると言うし、騎士として名の知れている彼の恋人となると店主の反応も自然であるかもしれない。
貴族の恋人って両親の許可が必要なのでは…とか貴族が庶民と恋人であるなんて許されるのか……という事が頭の中を巡り始める。
「街の人々には驚かせてしまい申し訳ないが、俺は全く問題ない。むしろ目立ってしまい、嫌な思いをさせていたらすまない」
「いや、あの違うの。私の元のいた世界の認識では貴族って平民と恋人になるのには壁があるというか、こんなに堂々としていて良いのか今になって気になってきたというか……」
「なんだ、そんな事を気にしていたのか。シャルム王国は形として階級は分かれているが、身分差の関係で咎められることはない。流石に相手が犯罪者とかであれば両親も反対すると思うが」
「……よかった。私とレイが一緒にいることでレイに不利益な事があるかもって心配になっちゃって」
「そんなこと気にしてたのか。いや、気にさせてしまってすまなかった。まあ、シャルム王国でも貴族は基本的には親が幼い頃に婚約者を決めることが多いので貴族同士での婚約が多いのはあるけど、例えばルーは父親がシャルム国王の弟で王族だ。しかし、彼の母親は王族でも貴族でもなく、王国外に住まう獣人族の長の娘だったんだ。王族であるルーの両親を見てなのか、今は身分差や種族を超えて結婚する貴族も増えているよ」
ルー様のご両親は身分差婚だったと聞いて、少しほっとする。
私の知っている創作の中での異世界は、魔族や獣人への差別が酷くて階級制度は絶対というイメージが強かったのだがこの国は獣人への差別もないし身分差による恋愛の不自由もない。
まだこの国へ来てからそんなに日数が経過している訳では無いが、シャルム王国は人種や身分についてはゆるい国なのだろう。
……まあ、身分差婚が許されるとはいえ、レイと結婚するだなんて少し気が早いけどね?
***
「──スミレ、買いだしたものはひき肉、玉ねぎ、小麦粉、卵、野菜を少し、それにチーズだが何を作るんだ?」
「ふふふ……。想像出来る?」
昼食の食材を全て買い終えた帰り道、レイにちょっとしたクイズを出題した。
日本人ならこの材料でピンとくる人が殆どで、正解率80パーセントは超えそうな問題だと私は思う。
「……んー。肉料理であるというのは分かるけど難しいな」
「ふっふっふ……。やっぱり想像つかないよね?」
私がシャルム王国に来て、フワフワオムレツやパスタと色々な料理を食べてきたが洋食店であれば必ずメニュー表に記載してあるスタメンの存在が無い事に気がついていた。
その定番メニューとは……。
「今日のお昼ご飯は……ハンバーグ、です」
「…はんばー……ぐ? 」
レイのこの反応を見て確信した。
やはりこの国にハンバーグは存在しない……!!
ハンバーグ。
ひき肉を丸めてふっくらと焼き上げた肉料理。
子供の頃は給食のメニューに出るとかなり嬉しかった記憶がある。学生時代、学食にハンバーグがある日は一日数十食限定で争奪戦だった。社会人になってからもカフェメニューではパスタに飽きてきた頃に必ず選択してきたし、セブ〇イレブンのチーズハンバーグ弁当はコンビニとは思えないクオリティに感動した。
「やっぱり、食べた事ない?」
「その名称を聞くのも初めてだ……!!どんな料理なんだ……!?」
レイは目をキラキラと宝石の様に輝かせている。以前寿司の話をした時、彼は非常に楽しそうに話を聞いていたし興味を持っていたので、(彼から見て)異世界の料理は喜んでくれるだろうと思っていた。
ハンバーグは簡単に出来るし、この世界に存在する食材でも簡単に作ることが出来そうだった。前の世界でもよく作って食べていたので失敗することも多分ないだろう。
「ひき肉を炒めた玉ねぎと混ぜて焼くだけなんだけどすっごく美味しいんだよ。この国にあるパスタやオムレツは前の世界でもあったの。でもハンバーグがなくて……。前の世界じゃハンバーグはご飯の定番メニューなの!」
「そうなのか。スミレのいた世界の定番メニューとは期待できる。早く食べたいな、楽しみだ」
「あ、でもハンバーグはおかずだから主食になるお米……はこの国には無いからパンをアンナさんのお店に買いに行こうかな」
ヨーロッパの様な雰囲気と文化があるシャルム王国にはお米は販売していない(不定期に訪れる行商人も仕入れているのを見たことがない)為、その代わりにパンが主食変わりになっている。
「確かアンナさんはパン屋をやっているんだっけな。話を聞いた時に食べてみたいと思ったんだ。昨日のお礼もしたいし買いに行こう」
「そうだね、お礼もしなくちゃ。そうしたらこっちだよ、案内するね」
食材の買いだしが一通り終わって、アンナさんの経営するパン屋「ラ サンティマン」へ足を運ぶ事になった。
こちらのお店もアシュク診療所と同じくビゴール商店街の大通り沿いにある小さな可愛らしいパン屋さんで建物自体は小さいが、大きな窓からは美味しそうな多種多様のパンが並べられているのが分かる。
バターロール、食パン、フランスパン等といった主食になるようなパンから、ベーコンサンド、エッグサンド、チョココロネの様な惣菜・菓子パンまでバラエティ豊富だ。
「スミレちゃん、それにレイ。いらっしゃい」
「こんにちは。アンナさん。昨晩ぶりですが調子は如何ですか?」
「ふふ。ありがとうね。今のところは全然大丈夫。急激に飲み込みが悪くなったり握力が落ちている印象はないわよぉ!それにね、パン作りもね、スクロールを使えば意外と上手くいくのよぉ」
アンナさんの顔を見るとここは診療所ではないのについつい心配してしまう。
ALSは徐々に身体を
昨日は元気でも今日は必ず元気であるという確証は持てない疾患なのだ。
「そうですか。ならよかったです。何かあったらすぐ診療所へ来てくださいね。診療所が空いていなければ私の所でも大丈夫ですし」
「本当にスミレちゃんはいい子だねぇ。何かあった時は頼りにさせてもらうわね! ところで今日は何を買いに来たのぉ?」
「昼食に合うパンを買いに来たんです。スミレが作ってくれるんですよ」
「へぇ〜素敵じゃなぁい! うふふ、恋人見たいねぇ」
「アンナさん、実はあの後恋人になりました」
「れっ……レイ」
さっと私の手を取り、サラッと爽やかな笑顔で“恋人“だなんて言う彼にドキドキするし、まだ恋人になった実感が無いので変に黙り込んでしまう。
「ふふふ。良かったわぁ。2人はとてもお似合いだと思っていたのよ。……あれ? スミレちゃん照れてるのぉ? 可愛いわねぇ…ふふ」
「照れてるのか?」
「……ふ、触れないでください……。アンナさん、肉料理と一緒に食べるパンはどれがオススメですか?」
この話題はまだ照れてしまって話が出来なくなってしまう為、話を変えて本題に移る。
「肉料理かぁ……。そうねぇ、バターロールとかどうかしら? 今さっき焼きあがったばかりで出来たてホカホカよぉ!」
「そこに陳列してあるやつですよね? 入った時に美味しそうだなって思ってました。そしたらそちらでお願いします」
焼きたてだというバターロールをレイが昼食で食べる分と私の翌朝の朝食分も込で7個(サービスで1個1ゴールドの所を7つで5ゴールドにしてもらい)購入した。
「また来てねぇ。スミレちゃん、レイ。仲良くねぇ」
「ありがとうございます。また買いに来ますね………何ですか? ……ふふ。そんなところです」
アンナさんとレイは気が合うようで楽しそうに話をしていた。
「──色々買ったね!! 荷物持ってくれてありがとう。それに材料費も全部払ってもらって……」
「構わない、気にするな。ああそうだ、料理もなんなら一緒に手伝うぞ」
「え、いいよ。レイも仕事終わりだし私が作るから座って待ってて」
なんて言うか、まだまだこれからお互いを深く知っていく段階ではあるけれどレイはいい彼氏だ。
元より彼の性格を知っていたのはあるけど、今まで付き合ってきた歴代彼氏達は3人ほどいたがレイはその中の誰よりも気が利くし優しい。
2年前に付き合っていた彼氏は、買い物は全て「看護師なんだから稼いでるだろ〜。奢ってくれよォ〜」だなんて言って荷物も持ってくれなかったし1ヶ月で破局した気がする。
私に好意を持ってくれる事が素直に嬉しくて、好きでも無いのに断りきれなくて付き合った自分も悪かったし、自分から人を好きになって両想いで付き合う事が初めてなので、スタート地点から相手への気持ちが違うのもあるんだろうけど。
「座ってて…と言われてもする事がないし、ハンバーグとやらがどう作られるのかに興味があるので見学させて貰おう」
「見学って緊張するかも……。でもね、料理はすると言っても料理人みたいに出来るわけじゃないから期待しないでね?」
「分かった。……で、最初は何をするんだ?」
ハンバーグは手が汚れるけれど本当に簡単に作れるメニューだ。
玉ねぎをみじん切りにして飴色になるまで中火で炒めたらひき肉、パン粉、卵と混ぜ合わせ
チーズを買ったので肉の真ん中に隠すように包み込み、片面を焼き裏返して蓋をして野菜と一緒に蒸し焼きにする。
フライパンに残った肉汁とケチャップ、醤油に良く似たソース(大豆で作るらしくほぼ醤油でこちらも商店街に不定期で来る行商人から手に入れた)、蜂蜜を少量を煮詰めてハンバーグにかければ……
「──出来た!!これがハンバーグです!!」
小さなテーブルに出来上がった料理を並べ、椅子へ座る。
お皿には直径10cm程の大きなハンバーグと付け合せの蒸したニンジンとジャガイモと少し照りのある自作シャルム王国風デミグラスソース。
アンナさんオススメの付け合せにしたバターロール。
「こ……これがニホンの料理!!」
「我ながら見た目はよくできたと思います!!」
「た、食べていいか?」
「はい!是非!!!」
見た目はよく出来ているが、肝心の味はどうだろう。
多分私にとっては美味しい。中にはチーズも入っていて、食べるためにナイフでハンバーグを切るとチーズがトロッと溢れ出る設計だ。
果たして彼の口にあうものか……。
「……いただきます」
レイは美しく上品な動きでナイフとフォークを扱いハンバーグを端から切り取るとそっと口へ運ぶ。
「……美味い。美味すぎる……!!」
レイはライトブルーの瞳をキラキラとさせた。彼と関わっていく中で、彼はあまり人に自分の感情を出さない人なのかなと思うことがあった。私の前では良く微笑んでくれているとは思うが、初対面の人やお店の人へ向ける笑顔はなんていうか営業スマイルだ。
彼との付き合いは長い訳では無いが、なんとなく分かる。この表情は作ったものでは無い。
「ニホンの料理、凄いな! それにスミレの料理の腕も凄い。……ありがとう」
「ふふふ、よかった。そう言ってくれると嬉しい。あ、あとね。ハンバーグの真ん中をナイフで切って見てほしいんだ」
「真ん中を……? わかった。……何だこれは。チーズか?!」
レイがハンバーグの中心をナイフで切り開くと中からは私の想像した通りのトロッとしたチーズが肉汁と共に溢れ出した。
「凄いでしょ!!チーズハンバーグってその名の通りなんだけど、前の世界では嫌いな人はあんまりいないんじゃないかってぐらい好きな人は多いし定番料理なんだよ」
「スミレ、本当にありがとう」
「いいえ。喜んでくれてよかった。私も食べるね、いただきます。……ん!美味しい!!」
異世界へ来て初めて作ったハンバーグ。我ながら天才かもしれない。
レイもとても喜んでくれたし、またこの世界にはない前の世界の料理を思い出して機会があれば作ってあげたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます