第9話 乱入者





「アンタ、アンジェに何しようとしてるんだ?」




……振り返った先には、私の肩を力強く掴み、鬼の様な形相でこちらを睨みつける男がいた。


男は少し癖のある白銀の髪と左のこめかみから見える三つ編みのお下げが特徴的で、この世界来てから見たことの無いライトイエローの瞳をしている。


そして、一番目を惹かれたのは、頭頂部に生えているとんがっている犬のような耳であった。


……彼は今現在、かなり怒っている様子ではあるが、その形相から見える顔面の造形はこの上なく美形で、夜の庭園で出会った青年とはまた違った少し野性味の感じるイケメンであった。



「……あの。痛いです。手を離して欲しいです」


「……質問に答えろ。

アンタ、何をしようとしている?」



──容姿に見とれている場合ではない。

彼の力はとても強く、肩が取れてしまいそうな程に痛い。


「……私は王女様を救うべく異世界から転移させられた、巫女です。しかし魔法が使えないので、前にいた世界の知識を用いて王女様の容態を改善したいと思っています。国王の許可も頂いております」


簡潔に今現在の状況を伝える。


「信じられんな」


手の力が弱まる気配を見せず、

今にも手が出てきそうな勢いだ。


「──るっ、ルー様!!

落ち着いてくださりますか!!!

ス、スミレ様は王女様を救う為に私が異世界より転移させました……!

そして国王の許可を得て、異世界の医療技術を王女様に施そうとしているところです!!!」


「お久しぶりですルー様。

遠征より戻られたのですね。

わたくしマーシュもこちらの処置に納得し、準備を進めてきました。

まずは説明させて頂けませんか?」


「……」


ダヴィッドさんや、マーシュ先生の声掛けも虚しく、ルー様と呼ばれた白銀の男の肩を掴む力は力強いままだ。



場の空気が重いまま、時が流れていく。



……そろそろ肩の痛みに耐えられなくなってきた。


強引ではあるが、手を振り払おうかと考えていたその時、



「……るーぅ。



……るぅ…。

……手を…離してあげて……。

みこさまの……話を聞いて……」



寝込んでいて沈黙だった王女様が口を開いた。


喉の炎症があることや、水分もろくに摂取出来ていないこともあり、幼い声色は枯れていてガラガラだった。


「アンジェ……」


ルー様とやらの男の手が肩から離れたが、この状況では処置を始められそうにない。

父親の国王に許可を得ているとはいえ、まずはこのルー様に処置の目的や手技を説明をし、納得してもらわねば。


「……えっと、ルー様。

初めまして。先程もお話させて頂きましたが、異世界より巫女として召喚されたスミレと申します。

前の世界で病気の人、つまり患者さんの容態を観察し、生活のお手伝いや医師から命じられた医療処置を実施する看護師ナースの仕事をしていました。」


……王女様の説得もあり、ルー様とやらは黙って話を聞いている。


「召喚された日より、毎日アンジェリカ王女様の容態を観察しておりました。

王女様は肺に炎症が起きて、肺炎という病状かと推測されています。

治癒魔法だけではいくら肺の炎症を落ち着かせていても、食事摂取が進まないようで体力が回復せず、免疫力が低下しているためには肺炎を繰り返し日々衰弱しております。


……この場であまり言いたくはないですが、このまま放置していては最悪の結果になることが考えられます」



最後の言葉は、王女様に聞こえないようにルー様の耳元で囁くように伝える。


「なので、私の前の世界の医療技術で様々な事情で食事を摂取出来ない方のための処置、経鼻経管栄養法という医療処置を王女様に程すことができないか。と考えたのです」


「……根拠はあるのか」


ルー様は、猜疑さいぎ深い表情をしている。


「……ルー様。根拠については、医者としてこの私が保証いたします。

既に5人の大人で実践し成功しております。


父親として、国王様の許可も得ております。


王女様の容態は先程スミレ様が申し上げた通りです。


その為、一刻も早く、水分や栄養分を注入したいのですが……」




「……分かった。

だが、アンジェが少しでも嫌がったら辞めろ。」


嫌がったら……。

鼻に管を入れる際にとても苦痛を伴う処置だ。


ルー様の乱入があったので、王女様に痛みを伴う処置であるということをまだ説明できていない。


この処置を10歳の女の子が嫌がらないで行えるのは凄いことだ。彼は王女様をアンジェと愛称で呼んでいるし、親しい中であることは間違いない。親族なのだろうか。親族であれば、国王だけではなく、ルー様の同意も得る必要がある。


最初の王女様への説明を聞いてくれていたとはいえ、嫌がらないとは限らない。

彼の出現によって、処置が行えるか不安だ。



「ルー様、まずは貴方様に経鼻経管栄養法の目的と手技の説明をさせて頂いてもよろしいでしょうか」



王女様にも再度聞こえるように、ルー様への説明を行う。


これは、現代日本で言えば、インフォームド・コンセントだ。


インフォームド・コンセントとは、医師と患者さんとの十分な情報共有上での合意を意味する言葉で、医師がこれから実施する医療行為について患者さんやその家族へ説明をし、同意を得ることである。


色んな考え方の患者さんがいて、家族がいる。


前の世界では医師が行うが、看護師も医師の発言説明の証人として同席することも多々あった。



「──で経鼻経管栄養法の説明は以上となりますがご質問はありますか?」



ちなみに国王様は国務で大変多忙らしく、詳細の説明は、マーシュ先生が書いた手紙で伝えてあり、異論はないそうだ。



「……これでアンジェが治るんだな?」


「……病が完治するかは分かりませんが、肺の炎症を魔法でいくら癒しても、食事が取れず体に十分な栄養が行き渡っていない状況が続く限りは悪化していく一方だと思われます」


「……分かった。頼む。


アンジェ、嫌だったらすぐ何かしらでいいから反応を出してれ」


「……」


王女様はこくりと小さく頷き、そのまま目を閉じた。





ルー様を何とか説得することが出来た為、王女様へ経管チューブを挿入する。


王女様は熱で朦朧もうろうとしている様子ではあるが、処置を始める旨を伝えると小さく頷いた。




「……っ」


王女様はチューブ挿入の際、苦悶の表情を浮かべているが抵抗せずに頑張っている。



「……っ!!!アンジェ……!!

大丈夫か……!!!」


「る、ルー様!!落ち着いてください!!!!」



後ろから心配そうに叫ぶルー様とそれを取り押さえようと必死なダヴィッドさんの声がする。


「それでは、王女様。

チューブが喉を通りますので、唾液を何回かごくんと飲み込んでください」


唾の飲み込みに合わせてチューブを奥へ勧める。


「──ここまで来れば大丈夫です。

あとは胃にちゃんと挿入されているか確認します。マーシュ先生、シリンジと固定用のテープを取っていただけますか」


「どうぞ、スミレ様」


「ありがとうございます」




チューブ挿入の介助にはマーシュ先生についてもらった。


スッと欲しいものがすぐ手に来るマーシュ先生の準備の良さは、5年間経管チューブの挿入・挿入介助をしてきた私から見ても完璧だった。



「……王女様お疲れ様でした。

これでチューブは胃に入っていると思います。


いきなり栄養剤を注入すると、吐いてしまう可能性があるのでまずは白湯を少量から流していきます。


胃に水分が入ってきて気持ち悪いと思いますが、吐き気がしたらすぐに注入を止めますので教えてください」


挿入の痛みで涙目である王女様は小さく頷いた。


衰弱してるとはいえ、10歳でこの処置を暴れず嫌がらずに受け入れるだなんてすごい女の子だ。


よく頑張ってくれたと思う。



「アンジェ……。

よく頑張ったな。この俺様が認めてやる」


ルー様は落ち着きを取り戻し、私からしたらよく分からない褒め方(激励?)ではあるが、少し微笑む王女様を見るとこの2人の信頼関係が一方的なものでないと理解出来た。





──経鼻経管栄養法の提案からたったの3日間で、実際に王女様へ経管チューブを挿入することに成功した。


皆の協力があって、実現した。

本当に、本当に凄いことだ。


あとは、白湯や栄養剤の注入を開始して、体に栄養分が行き渡りどう体調が変化するかだ。




誤嚥性肺炎等の経鼻経管栄養法のリスクに気をつけなければいけないが……。


今はとりあえず、成功を喜ぼう。

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