第18話 感謝の気持ち





「──スミレ様。王女様へのリハビリはもう不要と私は考えておりますが、如何でしょうか? 」

「マーシュ先生、同じことを考えていました。必要ないと思います。

後は適度に運動をして日常生活を過ごして頂ければ筋力も自然に着きますし、治療を終えても安心かと」



──第1騎士団の遠征が決定してから1週間程の時が経ち、王女様の容態もかなり回復して長時間ではないが寝室を自由に動き回れるほどまで回復した。


王女様の酷く痩せ細り、触れたらすぐに折れてしまいそうだった身体も、大分いい意味で肉がつき年相応ぐらいにはふっくらしてきた。


治癒魔法が発展している世界だし、栄養素さえしっかりとれればこんなにも回復が早いとは。まあしかし、治癒魔法があったとしても高齢者であれば短期間でここまでの回復は望めない気がする。王女様の若さの力をというものもあるだろう。


何にせよ、もう経鼻経管栄養法やリハビリは王女様には必要ない。



───





「──本日にて、経鼻経管栄養法チーム、リハビリチームを解散します」


王女様救出チームの会議室兼物品庫と成り果てた応接間に集められたのは、私とマーシュ先生を初め、ダヴィッドさん、ルー様、その他家臣や侍女さんら他、宮廷医師や調理師さん達だ。


気がつけば、総勢30名程の大掛かりなチームとなっていた。



「王女様はリハビリも不要なほど回復しましたので、本日でこのチームは解散となります。

短期間でここまで来る事が出来たのは皆様の協力があってのことです。本当にありがとうございました」


突如この世界へ巫女として召喚されたけど、魔法は使えなくて巫女ではなかった私の言うことに耳を傾けてくれたシャルム王国の人々は本当にいい人たちばかりで。


彼らの協力があってこそ、異世界という飛んでもない場所で頑張れた。



「……スミレ様。私ダヴィッドは最初、魔法が使えない巫女様に正直なところ落胆し失礼な態度を取ってしまいましたことをお詫びさせて頂きます。……が、貴女様は自身の経験と知恵を生かし、王女様を救ってくださいました。本当になんと感謝を申し上げたらいいか……。

例え魔法が使えなくとも私にとってスミレ様は巫女様です」


ダヴィッドさんは涙ながらに感謝の気持ちを述べ、ぺこりと頭を下げる。失礼なことなんて何も無かったし、むしろ期待違いの私にとても良くしてくれた。


「スミレ様、私からも言わせてください」


続いてマーシュ先生が話し出す。


「……初めてスミレ様を見かけた時にかなりの衝撃があったのをよく覚えています。魔法もなしに即座に王女様の容態観察を行い、貴方様の世界の言葉を用いれば、バイタルサイン測定を器具もなしに行い王女様の現状を言い当てて見せた。

しかも、現代日本の医療処置を見事に再現して経鼻経管栄養法を王女様に実施、リハビリの提案で容態をここまで回復させた。スミレ様と出会ったことで私は医師として成長できたと思います。ありがとうございます。」


軽く礼をするマーシュ先生。

マーシュ先生は流石はドクターといったところで、私が言わなくても前の世界の知識や技術を吸収しサポートしてくれた。


「……最初はすまなかった。アンジェを助けてくれて礼を言っても言ってもたりないくらいだ。ありがとう」


そしてそれに続くように、ルー様も深く頭を下げた。

最初はとても怖かったけど、あの行動はとても王女様を愛しているがゆえと理解出来た。



「……皆さん頭をあげてください。ここまで来ることが出来たのは皆さんがこんな見ず知らずの女に協力してくれたからです。私の力だけでは実現しなかったことです」


そう。私は知識を貸しただけ。

実際に動いてくれたのは、ダヴィッドさん、マーシュ先生、商人ギルドや職人の方々、ルー様、家臣や侍女さん、宮廷医師や調理師の方々、そして国王だ。


ダヴィッドさんが私を召喚しなければ、まず経鼻経管栄養法チームは立ち上がらなかった。


マーシュ先生が医師としての根拠を持って皆を説得してくれなければ、処置の実施はできなかった。


商人ギルドや職人の方々がいなければ、必要な物品を用意できず理想論だけで終わった。


ルー様がいなければ、王女様へのリハビリは時間がかかり、こんなに短期間での筋力回復は不可能であっただろう。


家臣や侍女さんのサポートがなければ、私がひとりで雑務まで行うことになっており、治療に専念できなかっただろう。


宮廷医師や調理師の方々が高栄養(ハイカロリー)な栄養剤を作ってくれなければ、そもそもこの経管チューブの意味が無かった。


そして、父親である国王が許可してくれなければ王女様に処置をすることは叶わなかったし資金の援助が無ければまず物品も作れなかった。


……皆が皆、愛する王女様のために一生懸命頑張ったんだ。


そして、誰よりも1番頑張ったのは王女様で、幼いのに辛い処置を拒むことなく受け入れ、リハビリも頑張った。体調も大分回復し、元気な姿を見れて本当に良かった。



このプロジェクトへ協力してくれた方々に感謝の意を込めて深くお辞儀をする。



「──スミレ殿」



──突如扉が開き声がする。

そして、皆が扉の方へ振り向き、即座に膝を床に着いた。



「──顔を上げてくれぬかスミレ殿。

礼を言わなければ行けないのは余の方である」


そこに立っていたのはこの国の国王であり王女様の父親である、グラン=エスポワール=シャルムだった。


「皆、よい。この場では膝を着く必要は無い。顔を上げてくれ」

「国王様……」

「……国務に終われ、余りアンジェリカの元へ行くことは出来なかったが、心から娘を愛している。

娘を救ってくれて本当に、ありがとう」


深く頭を下げる国王様に、頭を上げて欲しいことを伝えるが、暫く頭を上げてはくれなかった。


「スミレ殿がいなければ、余は妻だけではなく、アンジェリカまで失っていた。感謝してもしきれない。後日、礼をさせて欲しい」

「……国王様、お礼など要りません。巫女として召喚されましたが、その期待に答えることは出来ませんでした。私は1人のナースとして王女様の力になれたらと思い、知恵を提供したまでです。私だけでなく、ここに居る皆さんの力なしに救うことはできませんでした」


「そんなことはない。それと皆の者、ご苦労であった。お主らにも褒美を授けたい」



──プロジェクト終了の翌日、国王様が正式な場で私とプロジェクトチームにお礼を言いたいのだとダヴィッドさんより告げられた。


もう既にお礼は言われたし、そういうのはしなくていいと伝えたが、お礼を言いたいという国王様の顔を立てる為に行わない訳には行かないらしい。


そして、正式な場で国王様に会うには謁見することになるらしく、シャルム王国での正装が必要で街に行くようなドレスではなく、よくヨーロッパの貴族が着ていたような豪華なドレスで着飾る必要があるらしい。


この前街で余所行きのドレス買ったが、The貴族!!みたいな豪華なドレスは持っていないので出席は……とやんわり断ろうとしたが、国費から必要な資金は用意され侍女さんたちが複数の選び用意してくれるとのことで、参加は実質強制であった。




「──巫女スミレよ。

このグラン=エスポワール=シャルムとシャルム王国から感謝の意を申し上げる。

我が娘であり王女のアンジェリカ=エスポワール=シャルムを病から救ってくれた。

なにか褒美を授けよう」


謁見当日。

私と商人ギルドと職人さん以外のプロジェクトのチームのメンバーが集められ、それぞれ褒美は何がいいかと問われた。


謁見の間は、天井が高く床は白い大理石で造られており、部屋の装飾は煌びやかたがギラギラ過ぎず上品であり、厳かな雰囲気が漂っている。

そして、中央の豪華な赤い椅子に国王様が座っていて、その目の前に私が立ち、その後ろにチームメンバーが並んでいるといった形だ。


謁見の為に用意されたドレスは華やかな薄紫色の物を選んだ。煌びやかで美しいドレスを身につけて少しテンションが上がったが、なんせコルセットが苦しいので早く脱ぎたい。


後ろに立っている皆も侍女さんや家臣以外は正装しており、ルー様なんてThe中世ヨーロッパという感じがする刺繍が細かい白いスーツに豪華な襟(某人類最強のリ〇ァイ兵長のようなスカーフ)が着いていて、服装のせいか野性味は抑えられ上品で美しく、なんだかいつもと違った魅力がある。


……しかし褒美か。

最低限の借家とかどうだろう。王女様も元気になったし、いつまでも王宮でお世話になる訳にもいかない。


「そうしましたら、借家などは可能ですか?」

「……王宮内にこのままいればよいだろう」

「これ以上お世話になるわけにはいきません。私は巫女として召喚された身ですが、魔法は使えないので巫女としては王宮にいることは出来ません。宮廷医師に聞きましたが、宮廷のナースは人員が足りているとの話も聞きましたので住み込む理由には出来ません」


宮廷の応急室へ王様のコネで働かせてもらったとしても、人員が足りているとなれば、なんだか無理やり入った感じがして、周りのナースにも同僚と言うよりは、“お客様“として扱われてしまいそうだ。

そういうのは気にしないからと職場に迎えられたとしても。私の事を腫れ物に触るように関わるなという方が無理だろう。そして何よりその様な状況では自分の気が落ち着かない。


「そうか。そうなれば、シャンデリア王都内の屋敷は如何だろうか。管理のための家政婦も王国で雇おう」


さすが国王様。スケールがでかい。

しかし、気持ちは嬉しいが屋敷は困る。アラサー独身の女がそんな大きい屋敷に住んでどうするだ。前の世界でも都内1kアパートに住んでいたのに。絶対に持て余してしまう。


「……お気持ちは嬉しいのですが持て余してしまいます。シャンデリア王都の一般市民と同等で最低限の暮らしができる借家をお借りしたいです」


贅沢である必要は無い。

広い御屋敷ならホテルや民宿経営をしてみてもいいが、そもそもこの世界に需要があるか分からないし、経営の知識なんて全くないから失敗して直ぐに売り払うことになってしまうかもしれない。最低限の暮らしが出来ればいい。


「……スミレ殿がそれが良いのであればその様に手配しよう。そうなれば、せめて生活賃金も支給させて頂きたい」


そちらも遠慮させて頂きたいです……と言いたいところだけど、私は今のところ無職であり、この世界の一般常識が何もない。……職が決まるまではお願いしよう。


「申し訳ありませんが、仕事が見つかり安定するまではお願いしても宜しいでしょうか」

「勿論だ。寧ろ、召喚をいきなりしてしまったこともあり、生活は生涯保証するつもりであったが?」

「ありがたいお言葉とお気持ちですが、私がそういうわけにもいかないのです」

「……そうか。なら仕方がない。

しかし困った時は直ぐに相談していただきたい」

「お気持ちがとても嬉しいです。ありがとうございます」

「……しかし個人的に礼をしきれていない気がしてしまう。他にあるか?」


……他にか。

王宮を出たらあの庭園に行けなくなってしまうことが気がかりではある。

レイは遠征から未だに帰ってこないし、あの場を無くしてしまったらもう会えないような気がしてしまっていた。

しかし出入りの許可なんて貰えるものなのだろうか……。


「……殿下、お話中に失礼します。スミレ様が望まれる報酬がもう1つあるかと思われますが発言しても宜しいでしょうか」


こんなことをお願いしてもいいのかと悩んでいると、後ろに控えていたルー様が国王様へ発言許可を求めた。


「ルーか。よい、言ってみろ」

「……スミレ様は毎晩王宮内の庭園へ行くことを習慣にしていました。また、入浴場も気に入ってると噂も聞いております。なので、スミレ様の王宮内の出入りを自由にするというのはいかがでしょう」


まって、ルー様。

ナイスフォローすぎない!?


チラッと後ろを見ると目が会い、ウインクをされた。

いつも揶揄からかわれてばかりだったが、なんて気が回る人だ。後でお礼を言いに行こう。


「なるほど。スミレ殿は望まれているか?」

「……はい。庭園と入浴場はお気に入りの場所でした。可能であるなら出入りを許可していただきたいです」

「もちろんだ。むしろそんなことでいいのか。アンジェリカもスミレ殿を好いており喜ぶので王宮には自由に出入りをしてよい。許可証を発行しておこう。他にはないか?」


どんどん褒美を聞いてくれるけど、最低限の衣食住と王宮出入り許可を貰えただけで十分すぎるぐらいだ。


「ありません。沢山ありがとうございます。」

「そうか。ではノーマン、そのように手配を。別途、商人や職人たちにも褒美を用意せよ」

「畏まりました」


ノーマンと呼ばれたこの国の宰相さいしょうと思われるスラっとした出で立ちの中年男性は準備に取り掛かるためか即座に部屋を出た。


「ではこれにて謁見を終わりとする」


「この様な場を設けていただき、ありがとうございました」


綺麗に貴族特有と思われるお辞儀をするルー様。


私は貴族ではないから、真似していいかわからず、とりあえず深く頭を下げた。





──謁見の間から出て、直ぐに侍女さんにドレスをぬがしてもらった。


自身の部屋へと戻り、ベットへ倒れ込む。



……終わった、終わったんだ。

いきなり召喚されて、がむしゃらに始めた王女様を救うための処置。


どうなることかと思ったけれど、皆の協力があってここまで来ることが出来たし、この国の人々の心の温かさに救われたと思う。


そして、街へ出かけて以来、レイの顔を見ていないが彼にはとても精神的に支えてもらった。彼がいなければ、前の世界でのように1人で抱え込み思い悩んでいただろう。


早くレイに会って話がしたいのだが、ルー様によると魔物の活性化が酷く、遠征から帰還する目処は立っていないらしい。


怪我をしていないかとか安否が気になるのだが、「多少の事じゃアイツが怪我なんてするわけがない。寧ろ殺戮されているであろう魔物が可哀想なぐらいだ」とのことで、そんなに心配はしなくていいとのことだった。


あとは安否もだが、魔物との戦闘も毎日激しく辛いものだろうし私の事を覚えてくれているかも気になっている。

レイとはとても仲良くなったとはいえ、たった2週間程度の仲だ。

……二人で出かけてくれたのも単なる気まぐれで、覚えてくれていたらラッキーぐらいの気持ちでいよう。


レイが私の事を忘れていても全然いい。

今は彼が無事に帰ってくることを祈ろう。



──ダヴィッドさんによると、明日より王国から入居できるように借家を準備してくれるらしい。


「王宮を出るのは何時でもいいし、むしろずっといてくれてもいいくらいです」

とダヴィッドさんは寂しそうな顔で言った。


宰相のノーマンという男性は、国王様の右腕とも言われる方でとても仕事が早く、センスもいいので新しいお家は期待できますよ。とのことだった。


いずれは王宮からの援助を頂かないで生活していきたいし、あまり豪華な所は困るのだけれど……。


王宮にはとてもお世話になった。

自由な出入りの許可も貰っていることだし、入浴場と庭園は今後も息抜きに利用させてもらおう。





明日から新しい生活が始まる。

……まずは仕事を見つけないといけないな。

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