第24話 お礼周りとパーンケーキ(2)
「──おみせ、おしゃれなの」
「凄いオシャレですね!楽しみです!!」
お礼周りを終えて時刻はちょうど昼頃。
目的地のパンケーキ屋さんへと到着した。
お目当てのこのお店は表参道にでもありそうな雰囲気でとても洒落ていて、広々とした20席ぐらいはありそうなオープンテラス席がまず目に入る。テラス席にはテントが張ってありテントの天井からは丸い電球が垂らされている。このちらのお店は夜まで営業しているらしく、夜も夜で綺麗でお洒落な雰囲気を楽しめそうだ。
「いらっしゃいませー!何名様です………か」
元気よく挨拶してくれる猫耳が特徴的な獣人の女性の店員さんは、私たちのメンツをみて挨拶の途中で固まった。
「おっおっ……王女様……ですか?それに第2騎士団のルー様も……?」
小声で私に耳打ちしてくるお姉さん。
変装していても特徴的な美しい2人は一瞬でバレてしまうようだ。
「実はお忍びで……」
「あっ、そうなんですね!!!よく王女様がお忍びで街へいらっしゃるとは聞いていましたが……。うちはテラス席がオススメではあるんですが、お忍びでしたら店内の席が宜しいですか?」
「おしのびだけど、おすすめのそとのせきがいいの」
「ああ。別に見られたって気にしないさ。気を使わせて済まない」
店員さんの小声は聞こえていたようで、外の席がいいという2人。
そして、店員さんに一気に近づいて話すルー様。その異様に近い距離感に店員さんは赤面し今にも倒れそうだ。この白銀の狼はパーソナルスペースが異様に狭いらしい。
「は……はい。わかりました……。テラス席のお好きな所へおすわり…ください」
「ありがとな?」
「ありがとな、なの」
幸いにもテラス席は空いていて、1番広そうな奥のソファー席に座ることにした。
「──王女様!王女様!!パーンケーキの種類が沢山ありますね!!!どれになさいますか!!」
王女様よりも目をキラキラさせてメニューを開くダヴィッドさん。
大きなA3ぐらいはありそうなイラスト付きのメニューには、定番の蜂蜜とバターのパンケーキ、イチゴとホイップクリーム、バナナチョコホイップクリームなどの他にも、カサブランカパンケーキ、日向草パンケーキなど日本では見た事のないパンケーキも記載してあった。
カサブランカパンケーキが描かれたイラストは、ユリのような大きな白い花がふんだんにパンケーキの上に乗っているだけでなくイチゴ等のフルーツが花の周りに散らされてとてもゴージャスだ。日向草……というのはタンポポのことのかもしれない。日向草パンケーキにはタンポポが散りばめられ、その隙間を埋めるように沢山のバナナと思われるフルーツが載せられていて可愛いだけではなく美味しそうだ。
「何このインスタ映えパンケーキ……」
「いんすた……ばえってなあに?」
ふと出た言葉。
この世界にはイン〇タグラムというものは存在しないよね、そりゃ。
「えっと……。なんていうか、華やかで写真映えしそうって意味です」
「へぇ、スミレの前いた世界では食べ物の写真を撮るのか」
「インターネットっていうものが普及していて、写真を撮ったら友達だけではなく世界中の人に見せることができたんですよ」
「魔法がないのにニホンではそんなことができたんですね!」
「そうですね。魔法がない代わりに科学というものが発展していました」
「すごいの。それはもうまほうなの」
「我がシャルム王国でも多少の科学とやらはありますが、そこまでではないですね。魔法が余り発展していない代わりに科学文明がとても発達している国があると聞きましたが、そちらでもそのようなものはないと思います」
「すみれは、すごいところからきたの。あんじぇの事もすぐになおしたの」
改めて考えると前の世界は本当に科学が発展していたな。魔法も便利だし夢があっていいけどスマホとかインターネットのようなものはない。インターネットで世界中の人の動画を見たりするのは好きだったから、今の世界にそれがないのは少しだけ寂しい。
「んで……注文は決めたのか?」
「あんじぇはいちごパーンケーキにするの」
「俺様はアンジェと同じものを頼む。ダヴィッドさんはどーするんだ?」
「
「私は思い切って、カサブランカパンケーキにします!!!」
「……スミレは意外と色物を頼むんだな」
「……べっ別に前の世界になかったから気になっただけです!」
注文はダヴィッドさんがしてくれた。
因みに、席はダヴィッドさんと王女様が隣、テーブルを挟んで反対側に私とルー様が並んで座っている。
ルー様の距離感はとても近くて、今だって話す時の顔の距離感はこぶし2つ分ぐらいしかない。
パーソナルスペースが近すぎるし、無意識に放っているだろうとてつもない色気になんだか少しクラクラしてきた。赤面していた店員さんや卒倒する侍女さん達の気持ちがわかる気がする。
「あ、そういえばルー様。ベットはありがとうございました。とてもフカフカで毎日安眠です」
「ならよかった。俺様いいセンスしてるだろ?ちゃんと2人で使えよ?」
「本当にいいセンスしてます……って誰とですか。私ひとりで広々使ってますよ」
へぇーとニヤニヤしているルー様。
「……そういえば、レイのこと気になってるんだろ?」
「……気になっていないと言えば嘘になりますが、レイなら心配は不要だと聞いていますので」
「それはそうだが、忘れられてないか……とか思ってたりしてるだろ?」
飲んでいた紅茶を思わず吹き出しそうになる。
「そ、そんなことありませんよ。仮に忘れられたとしてもたった2週間の付き合いでしたし自然なことなので仕方ないです」
「はは。分かりやすい奴だな。
……まあ実際のところ、予想以上に魔物が活性化していて長引いているらしい。第1騎士団から定期的に送られてくる状況報告書には、魔物を殲滅しても殲滅してもどんどん湧いてきてキリがないと書いてあった。俺様が行った時はそこまででもなかったんだが……。1週間程度っていう話だったが大分長引きそうではあるな」
……もう既にレイが遠征に行ってから2週間ぐらいの時が過ぎている。
私たちは今こんなに平和な街の中でのんびりしているというのに、レイを含め第1騎士団の兵士や国境付近の人々は毎日不安な思いをして過ごしていることを思うと心が痛い。
「今、自分たちだけこんな平和にのんびりしていいのか?なんて考えてたか?」
「えっ、ああ。そうですね……。私が国境付近へ行ったところで何も出来ないんですけどね」
「平和に暮らして生きるのが国民の使命だからいいんだよ。騎士団の奴らだって、それを望んでる。スミレが気にすることじゃない」
「そうです……ね。──って!なにするんですか!!」
いきなりがしがしと頭を撫でられる。
「そんな辛気臭い顔するな。今日は楽しもう、な?
それに、レイはスミレのこと絶対に忘れてないと思うぞ」
「……べっ別に忘れられてようが覚えられてようがどちらでも構いません!!」
激しく横揺れする白銀のふわふわのシッポ。このシッポの動きで、ルー様がからかっていることのはとても分かりやすい。
……スマホやケータイがこの世界にあれば直ぐに連絡を取れて安否確認ができるのにな。忘れられててもいいから大きな怪我をせずに帰ってくるのを待とう。
「──おっお待たせしました!!!各種パンケーキでっです!!!!」
どーん!!と並べられたパンケーキ達。
1皿につきパンケーキ5枚は積み上げられており、高さ10センチはありそうな生クリームはまるで都内の高層ビルの様でとてつもないボリューム感を感じる。王女様とルー様以外はそれぞれ違うトッピングを選んだが、中でも目を引くのはやはりカサブランカパンケーキだ。カサブランカのユリのような大きな白い花は見た目がとてもゴージャスで添えられたイチゴさえも洗礼されているように感じ、食べ物というよりはアート作品のようにも見える。
「すごい、おいしそうなの」
「……アンジェ、食べ切れるのか?」
「いけるの。あんじぇのいぶくろは、むげんだいなの」
「そうか。だが……残したらダヴィッドさんが食べる……よな?」
「もっ、もちろんですよ……」
「……のこさないの」
莫大な量のパンケーキに狼狽える大人3名とプクッと頬を膨らませる少女1名。
王女様は無限大と言っているが、あの小さな体にこの量の食物が入るとは思えない。残したパンケーキの処理はルー様に擦り付けられたダヴィッドさんがすることになったようだ。
「ちっ、ちなみにカサブランカの花は魔法で砂糖菓子に加工してあるので食べれます!!!」
凄い。この花は食べれるのか。
しかも魔法で砂糖菓子になっているとは。経管栄養の時に作った滴下等もゴム製の物を魔法で透明にしていたし、この国の魔法技術はとても発展していると思う。
「いただきます。なの」
──いざ実食。
まずは、カサブランカの花を避けて下に埋もれているパンケーキをナイフで食べやすい大きさに切る。生クリームも付けずに先ずは生地の味から食べてみる。
「……溶けた」
「とけたの」
「溶けましたね」
「消えたぞ……?」
そう、溶けた。
口に入れた瞬間、生地が溶けたのだ。
ネチャっとした感じではなく、雲のようにふわっとした食感の後に滑らかに咀嚼によって出てきた唾液と混ざり合う感覚。
ほのかに甘く、生クリームやトッピングが無くてもこれだけで食べきれてしまうぐらいの美味しさ。
一同のナイフとフォークは止まる気配がない。
生地だけでも飽きることはないが、味のニュアンスを変える為に生クリームを乗せてみたりトッピングのイチゴを乗せたりしてもとても美味。
カサブランカの花の砂糖菓子も甘すぎないか不安であったが、優しい甘さの中に花の香りが広がり、パンケーキだけではなく一緒に頼んだ紅茶と合わせて食べても美味しかった。
雲のようなふわふわパンケーキに感動して思わず泣きそうだ。
「……かんしょくなの」
とても食べ切るとは思えなかった王女様が食べきった。
みてみて、と言われ王女様のお腹を確認するとぽっこりと膨らんでいる。
「いや、アンジェどころか俺様も食べ切れるか不安だったが余裕だったな」
「
「とても美味しかったですね。前にダヴィッドさんに連れてきてもらったオムレツも空気のようにふわふわでしたし、シャルム王国の食べ物はとても美味しいです」
本当にシャルム王国の食べ物は美味しい。
特に料理をふわふわにすることに長けている気がする。仕事に慣れてきたら休日はカフェ巡りをして見てもいいかもしれないな。
「スミレ。たのしかったの。また、いっしょにいきたいの」
「ええ、よろこんで王女様。近いうちにご都合が宜しければまた行きましょう──」
──こうして、お礼周りを兼ねた私の休日は終わったのだった。
因みに王女様とダヴィッドさんは最後までパンケーキのことをパーンケーキと呼んでいた。
メニューにも“パンケーキ“と思い切り記載してあったが気が付かなかったのだろうか……?
ルー様も
……まあ何あれ、とても楽しかったし息抜きになった。また皆と食べに行きたいな、パーン……ケーキ。
美味しかったし今度お礼も兼ねてソフィアさんにご馳走でもしようかな。
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