第24話 お礼周りとパーンケーキ(1)





──診療所で勤務を初めてから5日が過ぎた。


あの日から毎日昼休憩の時や患者さんが途切れた隙を狙ってソフィアさんだけではなくマーシュ先生にも協力してもらって治癒魔法の練習をしている。


自分以外を対象としての詠唱は2回目以降は倒れることは無かったが、やはり膨大な魔力を消費してしまっているらしく1回の詠唱でかなりの疲労感を感じた。


「はあ……。練習しても一向に良くなる気配がないです。向いてないんでしょうか」

「最初から上手くできる人間なんてそういませんよ。出来てしまったら、猛練習を重ねたソフィアや私の立場がありません。……これは推測ですが、もしかしたらスミレ様は人への癒したいという気持ちが無意識下で強すぎるのかも知れません」


マーシュ先生曰く、私は他人を助けてあげたい!!という気持ちが無意識のうちに強く出てしまい過度に治癒している可能性があるとのことだった。


「え、でも全くそんなつもりはなかったんですが……」

「今までのスミレ様を見てれば分かります。王女様を救おうと毎日毎日献身的な姿勢は作ろうと思って作れるものではありません。無意識のうちに他人を救いたいといつも思っているのでしょう。魔法は詠唱者の感情や心の内がもろに現れるものです」


魔法は詠唱者の感情や心の内が現れる……。診療を行う上で魔力を消費すぎてしまうのは良くないけれど、人を救いたいと無意識下に思っていることに看護師として少しだけ誇りを感じてもいい……かな?


……いやでも、仕事をする以上はしっかり魔力の消費量をコントロールしなければいけない。頑張らないと。


「そうそう!スミレは優しすぎるのよ!!ランチもいつも分けてくれるし!!!適当でいいのよ初級なんて!!大怪我の怪我人を癒す訳じゃないし力を抜いていいのよ!!」

「そうですね。力をもっと抜いてもいいかもしれません……って待ってください。ソフィア。貴女はいつもスミレ様のランチを奪っているのですか??」


マーシュ先生の張り付いたような笑顔はとても怖い。


確かに出勤時のランチに行くいつものパスタ屋さんは量が多く頑張れば食べ切れると思うが、ソフィアさんが物欲しそうなウルウルとした目で見つめてきている様な気がするので私としてはおすそ分けしているつもりだ。


「ま、マーシュ先生!違うんですよ!あそこのパスタ多くて食べきれなくて食べてもらってるんですよ。言うなればおすそ分けです!!」

「そ、そうよ!!無理やり奪うだなんてするわけないわ!!!」


ソフィアさんとマーシュ先生のこういった掛け合いは一日に何度か見かける。


一見ソフィアさんが強そうに見えるのだけど、実質主導権を握ってるのはマーシュ先生のようだ。……いいコンビだと思う。



明日はお休みなので、王女様とダヴィッドさんにも会いたいし、ルー様へのお礼も言えていないので朝から王宮へ顔を出すとこにしよう。


それに、商業ギルドの方や職人さん達に国王様から褒美とやらが届いてはいるらしいけど、直接的なお礼回りがまだ出来てないのでその相談をダヴィッドさんにしたい。


一般人が気軽に出入りできるような場所ではないので、きちんと王宮を出る時に貰った国王様のサイン入りの『王宮出入り許可証』を持参していこう。












─────コンコンッ。


翌日の早朝にアパートの玄関のドアがノックされた。


こんな早朝に誰だろう……?

ソフィアさんが何か持ってきてくれたのかな……?


ソフィアさんはよく私に洋服やら化粧品やらを持ってきてくれる。「お古だから使ってね!!」と言われて渡される物はどう見ても新品だし、ソフィアさんの華美な顔に合う服やコスメというよりは日本人顔の私でも使いこなせそうな物ばかりだ。今度お店を教えてもらった時にでもお礼をしなきゃだな。




「はーい!今出ますねー!!」


勢いよく玄関のドアを開ける。




「──だれかをかくにんせずに、あけてしまうなんて。すみれはすごいブヨウジンなの」


扉を開けた先にはソフィアさんはおらず、目の前には大きな麦わら帽子を深深と被りサングラスを掛けた少女が立っていた。


「お、……おう……じょ、さま???」


麦わら帽子とサングラスに隠されているようで隠せていない、フランス人形の様な顔つきにふわふわとくせのあるライトブルーの髪。何度も王宮で見た、美しい天使のような少女を間違える訳がない。


「おはようなの。すみれがおしろこないから、あそびにきたの」

「……えっ、おひとりで……ですか??」


まてまてどういうことだ。

この美しい少女は王女様で間違いない。

しかし、王女様がまさか1人で街へ来るなんて危なすぎないか? ここは王宮内じゃないし、誰かに見られるかもしれない。


「おっ王女様、状況が分かりませんがとりあえず中に──」


急いで王女様をアパートの中へ入れようとすると、何者かにドアを掴まれ止められた。



「──……んなわけねーだろ??俺様も一緒だ」



──色気溢れる声色。

香水なのだろうか、強すぎない上品で甘い香りがする。


目の前には開いたシャツからチラリと見える見事な胸板。


ふと顔を上げると、



「……る、ルー様!?」

「よう、少しばかり久しいな。スミレ」


そこには髪をかきあげるようにサングラスを掛けた、見慣れても見慣れない美しい白銀の男がいた。





……なんと王女様と、ルー様が我が家アパートを尋ねてきたのだった。





「まさか、王女様とルー様が尋ねてくるだなんて思いもしませんでした」

「す、スミレ様!!わたくしも居ますよ!!!」

「……あ、すみません。王女様とルー様のインパクトが強すぎて気が付きませんでした……」


まさに『ガーン』という効果音が適切であろう表情をするダヴィッドさん。


因みに彼も今回一緒に訪れた訪問者だ。



「──それで、今日はどんな御用でいらっしゃったのですか?」


訪問してきた3人をリビングの椅子やソファーに座らせる。


「おれい、しにきたの」

「商業ギルドの者や職人たちに直接的なお礼回りがまだ出来ていなくてですね、王女様の体調が万全になったのと、本日はスミレ様はお休みだという情報をマーシュ殿から伺ったもので突然ではありますが訪問させていただきました」


……なんというタイミングだろう。

丁度その事をダヴィッドさんに話したかったんだ。


「実は私も今日王宮に行こうと思っていまして、その事をダヴィッドさんに相談しようかなと思っていたんですよ」

「なんと奇遇ですね。タイミングがよかった」

「褒美とやらの報酬は国から出ているらしいが、しっかりと直接礼を言いたいよな!!アンジェ!!」

「そう。ちゃんとおれい、いいたいの。それと、終わったらまちにあるパーンケーキとやらをたべたいの。ふわふわで美味しいらしいの」

「アポイントはしっかりとしておりますのでスミレ様の準備が出来次第いきましょう!もちろん、パーンケーキのお店も予約してます!!」


パンケーキをパーンケーキと呼ぶのは何故なんだろう……。シャルム王国ではそう呼ぶのかもしれないと思い、あえて突っ込まずに見守っていると2人の後方でニンマリとした表情で1人激しく尻尾を左右に揺らしている男がいた。


……たぶんだけど、王女様とダヴィッドさんの絶妙な言い間違いはその男の仕業だと思う。


「皆さん、私の準備はもう終わってるので何時でも出れます」


突然の訪問ではあったが、幸い朝から王宮へ行くつもりだったので身支度等の準備は終わっていた。


「そうしたら、早速行きましょうか!!」

「よし、アンジェ。肩車してやる!サングラスはしっかり付けろよ?」

「……えいえい、おー。なの」



こうして、なんとも奇妙な組み合わせの4人で街へ繰り出すこととなった。







「──るぅ、このお花はなんてなまえなの」

「んと……これはチューリップだった気がするな」

「るぅ、あそこにいる鳥さんはなんというなまえなの」

「あれはたぶん鳩だな……。王宮にもたまに居るぞ」


アパートを出発し、まずは商人ギルドへ向かう。


目に入るもの全てに対して疑問を持ち、ルー様へ質問する王女様の姿はなんとも愛らしい。


「るぅ、あの女の子が食べてるのってあいす?? おいしそうなの」

「そうだ。あれは冷たくてかなりうまい。でも今日はパーンケーキを食べに行くし、帰りに食べれそうなら買ってやる。無理そうならまた街に来た時にでも食べよう」


こうして見ていると、2人は仲が良く本当の兄弟のようであるし、それを見て微笑んでいるダヴィッドさんは父親のようだった。


ダヴィッドさんは何をしているかと言うと、そんな2人を見守りつつ、事前に買い込んできたと思われる菓子折りを持ち両手をパンパンにさせていた。






「これはこれは王女さ……ではなくアンジェ様に第2騎士団のルー様!!!ダヴィッドの旦那もご一緒で!!!それにスミレ様もお久しぶりですねで!!こんなに大勢で本日はどんな御用ですかぃ?」


ハリのある元気な声が懐かしい。

職人さんとは初めて会った時以外にも何度か経管栄養の物品について打ち合わせをする機会があったが、商品ギルドの方に会うのはあの日以来かもしれない。


「実は大変遅くなってしまい申し訳ないのですが、先日のお礼に来まして……。こちら、ほんの少しの気持ちですが受け取ってください」


ダヴィッドさんが菓子折をギルドの方へ渡した。


「これはなんとわざわざ……。報酬は国から頂いているというのに……」

「これはわたくしたちからのお礼です。本当にありがとうございました。貴方が居なければ、アンジェ様を救うことは出来ませんでした」

「そんな大袈裟ですよダヴィッドの旦那。私は出来ることをしただけですぜぃ」

「あとわたしからもお礼を言わせてください。あの時はありがとうございました。協力がなければ私の考えを実現するのことは不可能でした」

「いやいや、あの時できる私の最善を尽くしただけですって……頭をあげてくださいお2人とも」


「ぎるど長。ありがとうなの」

「……俺様からも礼をいう。ありがとう。今度第2騎士団に何かオススメの酒でも流してくれ。しっかり買い取らせて頂く」


王女様とルー様もサングラスを外して、ぺこりと頭を下げた。


「うわあああ!!止めてくだせぇ!!!一国の王女様と公爵家の長男坊がタダの町人に頭を下げるだなんて!!!しかも私はギルド長なんかじゃないですよ!!こんなの聞かれたらクビになりますよ!勘弁してください!」

「ふふ。くびになんかならないの」

「そうですよ!!そんなことしたら逆にギルド長のクビが危ないです」


ふためくギルドの方に皆の頬が緩む。



──その後、職人さん達へのお礼周りも終えて王女様お目当てのパンケーキ屋さんへと向かうことになった。

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