第20話 仕事探し
「──これで最後っ……と!」
早朝から馬車に荷物を乗せて、王都の新居へと向かう。ノーマンさんが荷物運びにとお付きの者を付けてくれようとしたが、大した量ではないので断った。
アパートの場所は時計台のある王都の中心部よりすこし西側で、王宮から馬車で5分、到着してから歩いて10分ほどの距離でそこまで離れてはいないので王宮へも気軽に遊びに行けてしまう距離だ。
馬車でたったの5分。
あっという間に街へと着き馬車を降りてダヴィッドさんより譲り受けた大きなトランクケース(中身は衣類が多いので軽い)を持って降りる。
アパート周辺は内見の時にも通ったけど、八百屋、肉屋などの食料品を扱う店から小さな雑貨屋さんやカフェ、食事処などが立ち並んでおり活気があり住みやすそうな所だ。
シャンデリア王都は治安がとてもいい都市ではあると聞いているが、異世界での初めての一人暮らしのため治安は良いに越したことはない。
異世界での一人暮らし。
現在仕事もない、魔法も使えない、文字も書けない身ではあるが少しだけ浮かれていた。
「──本当にいい部屋」
アパートにたどり着き、鍵を開けて部屋に入る。
部屋から感じる木の温もりと大きな窓からの朝日が暖かく、とても心地よい。
こと細かく装飾が施された家具たちは上品で、この空間に居るだけで自分まで品がよく慣れそうな気分になる。
王宮から用意された新居は、前の世界での暮らしが少し虚しくなるほど素晴らしい物件だった。
洋服を収納したら窓を開けて換気して、早速ルー様チョイスの質の高そうなベットでゴロゴロすることにしよう。
───
……暇だ。
部屋へたどり着き、ベットでゴロゴロし始めてから早3時間。
ぼーっとして見たり、窓から街並みを眺めたりしてみたが、なんせやることが無い。
王宮に来てからの生活が多忙であったのもあるが、常に誰かが周囲にいる生活を約1ヶ月もしていたので、久しぶりの1人は孤独に感じてしまう。
前の世界であれば、スマホを弄ってイ〇スタを見たり、ティッ〇トックを見たり、You〇ubeを見たりであっという間に時間は過ぎたんだけどな。
アパートへの住人の挨拶回り……でもしようかと思ったが、何だか微妙だ。
現代日本のアパートやマンション賃貸であれば、そんなことはする人の方が少ないだろう。王宮が用意した物件なので、隣人に怪しい人物はいないだろうが、挨拶周りがこの国での非常識な行為だったりしないだろか。
私はこの国の常識を知らないので下手に動くのは止めておいた方がいいような気がする。
となると……
早速初日から仕事探し……?
宛は全くない。
ノーマンさんにお願いして、文字が書けなくて私みたいな訳ありな人間でも働ける様な場所を紹介してもらうんだったな……
──コンコン。
なんて考えていると玄関のドアを叩く音がした。
誰だろう。
王都へ移り住んだことを知っている人は多くいても、この
「……どちら様でしょうか」
扉は開けずにドア越しに確認する。
「おはようございます。スミレ様、マーシュです。ノーマン様の従者よりこちらの住所をお聞きしました。扉を開けていただけませんか?」
この優しい声色は間違いなくマーシュ先生だ。しかし、なんの用だろう?経管栄養について聞きそびれた事があったのだろうか……。
「──単刀直入に言います。
スミレ様、うちの診療所で働きませんか」
……予想外の速さで仕事が見つかった。
話によると、マーシュ先生の診療所で是非ナースとして働いて欲しいとのことだった。
「しかし私は治癒魔法が使えませんが……」
マーシュ先生が経営する診療所に看護師として身を置かせてもらうという考えがなかった訳ではない。
この世界のナースは最低でも初級治癒魔法を使える者が殆どとだと聞いたので、魔法が使えない私は論外だと思いこの世界でナースとして働くことは考えていなかったのだ。
「問題ありません。確かに、初級クラスの治癒魔法を使えるナースが殆どではありますが、診療所の管理や私の補助をしていただければ良いのです。
また、私は経鼻経管栄養法を王女様の様な治癒魔法では治癒できず、栄養素の投入で容態を改善できそうな一般患者様に自宅へ訪問して処置を行っていけたらと考えていました。
その為、スミレ様に是非お願いしたく本日はこちらへ参りました」
「……それなら働かせて頂きたいとは思いますが、迷惑にはなりませんか?」
「ええ、もちろんです。
寧ろ、様々な経験や知識をお持ちである貴女であれば即戦力になると思っています。
報酬も沢山出させていただきます」
ニコッと微笑み、契約書を差し出すマーシュ先生。
差し出された1枚の用紙には雇用条件と思われる内容が記されており、1番気になる賃金は月給3500ゴールドと記載してある。
まだこの世界の通過の価値についてはそこまで学んでないので、以前街で買い物した際の感覚からの予測にはなるのだけど、この世界の通貨は大体ゼロを2つ足したら現代日本と同じぐらいの価値になると思われる。
1ゴールド=100円。
つまり月給35万。
友人で美容クリニックで働いてる看護師がいたがこれぐらい貰っていた。
……悪くないのでは?
「スミレ様の看護師としての知識と経験を買ってのこの給料ですが、ご不満があればお申し付けください。
また、経管栄養法はスミレ様あっての技術ですので需要が伴えば別途報酬金を払わせていただきます」
この世界の平均給与は分からないが、街中で見かける物価からして明らかに好条件だ。
しかも契約書をよく読んでいくと、マーシュ先生は経管栄養法の技術による利益の独占をするつもりは無いらしい。また、需要がなく赤字になったとしても私が損することはないような事が書いてある。
上手い話すぎて恐ろしいが、この1ヶ月でマーシュ先生という人物は、知識も技術も高い魔力もあって国内で随一の医者であるとも言われていて立場的に上に行こうと思えば上に行けるのに、あえて町医者という立場を貫いているところも好感度が高いし、
何より王宮御用達の医師ということで、私を騙して何かしたとして彼にとってはデメリットしかないはず。
契約書を読み終え、食い気味に「詳しく聞かせてください!!」と答えてしまった。
もし騙されていたら……と悪い考えが頭を少しだけ
「ありがとうございます。
そうしましたらまず、こちらに記載はしてありますが雇用条件から説明してもよろしいでしょうか? 」
マーシュ先生の提示した雇用条件はこうだ。
月給3500ゴールド。
業務内容、医師の診察の補助・事務受付・診療所の管理(掃除等)、経管栄養法の訪問指導
週休3日(月・木・日)、8時〜17時(休憩1時間)、急患があった場合はその都度残業として賃金あり。
毎月10日に給与は手渡し。
結婚休暇等の特別休暇、産休育休制度あり。
“急患があった場合“というのは、どのくらいの残業になるのかが少し不安ではあるが、週休3日でここまで給料が貰えるなら中々いい感じだとは思う。
「……悪くはないでしょう?
後はスミレ様が気にされているであろう語学の教師も付けますよ」
「え、そこまでいいんですか?」
「私はスミレ様より沢山のことを学ばせて頂きました。これぐらい当然です。
スミレ様、是非うちに来てください」
微笑むマーシュ先生が神様に見えてきた……。
「是非ともよろしくお願いいたします!!!」
──こうして私のニート生活はたったの半日で終了したのだった。
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