第25話 【番外編 宮廷魔術師の視点】(2)





「──聖女様でさえも癒すことが出来ませんでした。もう手は無いのでしょうか……」


気がつけば私は第3騎士団団長室へと足を運んでいました。


「……マーシュから聞いたけど、王女様を癒すことが出来なかったのは残念だった。でも、聖女様とやらの治癒魔法ヒーラは通常の治癒魔法ヒーラよりも癒す力が通常の3倍はあったんだってね」


そうなのです。

その後聖女様の魔法の練習も兼ねて分かったことがありました。

治癒魔法ヒーラは通常のなんと3倍の効果があることが判明したのです。


聖女様の初級治癒魔法は上級治癒魔法に近い能力を持つ可能性があるということでした。


……つまり、通常の上級治癒魔法ヒーリングストの3倍の効果を持つ治癒魔法ですら王女様は癒せなかったことになります。



因みに、あの後聖女様へ前の世界に帰れないことを伝えても、

「やっぱりここ異世界なんだ。……まああんな世界、飽き飽きしてたの。力になれなくて申し訳なかったけど、聖女として出来ることなら何でもする」

とのことで帰れないことに対して不満を示すわけでもなく、むしろ聖女としての高い能力を生かすために直近で決まった第2騎士団の遠征へついて行くと仰ってくださりました。



「──どうしたらいいのでしょうか。わたくしは王女様の為に出来ることなら何でもしたいと思っています」

「……あの後、聖女について色々調べていたんだけどね。聖女と少し違うんだけど東方の国にも“巫女“という存在があるらしいんだ。この巫女とやらも異世界から召喚されたという記載がある文献を見つけてね。だから……調べてみるよ」


ノア様によって“巫女“という存在を知り、藁にもすがる思いで巫女について調べること約1週間。


──ようやく巫女様の召喚方法についてたどり着くことが出来ました。




「それでは……始めます」




1人で、王宮内の一室で巫女召喚の義を始めます。

その場にノア様はいません。お忙しいとの事で、失敗したらまた呼んで欲しいとのことでした。



『────────────』



聖女様の時と同様に、詠唱すると同時に魔法陣が激しく光を放ちます。



「──巫女様。巫女様!!」



召喚は成功したのか、魔法陣の中央には黒髪の女性が倒れ込んでいました。


しかし声をかけても中々目を覚ましません。

不安で女性を覗き込み声をかけます。


「巫女様!巫女様!!!大丈夫ですか!?」


黒髪の女性……巫女様は声を大きくして何度か声をかけていると、ようやく目を開けました。


「……ああ、巫女様!!!お目覚めですか巫女様!!!!!」


巫女様はゆっくりと起き上がります。



「……すみません、どちら様ですか?」


この前召喚した聖女様とは違い、巫女様はとても落ち着いている様子でした。


「失礼致しました。わたくしは、シャルム王国王宮魔術師のダヴィッドと申します。突然の事で驚かれるとは思いますが、貴女様は巫女召喚の義で本国シャルム王国へと召喚されました」


「……異世界転生ってことですか?」

「いえ、言うなれば転移でございます」


突然転移したと言われても取り乱さない巫女様は大変飲み込みのいい方だと思いました。


「……で、私は何故なにゆえこちらへ召喚されたのでしょうか?」


そして、飲み込みが良いだけではなく、召喚された目的まで問うてくるのです。


「実は我が王国の姫君を病から救って欲しいのです」


巫女様から漂う落ち着いた雰囲気は歴戦の戦士の落ち着きを思い起こすほどでした。


「我が国では魔法はとても発達しておりまして、多少の怪我や病であれば治癒魔法をかければ完治致します。

しかしながら、姫君はどんなに腕のいい治癒魔術師やこの間召喚された聖女様ですらも癒すことはできませんでした。

……しかし諦めきれない我らは東方の国に伝わる、あらゆる存在の穢れを祓い癒しを与えると伝えられる巫女様を召喚することにしたのです」

「それで召喚されたのが私……という訳ですね」


突如異世界へ転移させられ、いきなり病の王女様を救って欲しいだなんて言われたら、私であれば取り乱すでしょう。ですが、この落ち着きようです。巫女様は異世界で治癒魔法のエキスパートだったのかもしれないと思えてきました。


……今思い返せば私は彼女へ過度な期待をしすぎていたと思います。



「──では、巫女様。王女様の元へ参りましょう」






──巫女様を王女様の元へお連れするやいなや、早速王女様へ触れて何かを確認している様子でした。



「ダヴィッドさん、王女様は肺炎なのでは?」


はて。ハイエン……とは何でしょうか。

診察に来るマーシュ殿が肺がなんやらどうやら良く宮廷医師と話しているのは聞こえてきましたが私にはよく分かりません。


「ハイエン……とは何でしょうか巫女様」

「肺炎とは、ウイルスや細菌によって肺が炎症を起こし熱が出たり咳がでたりします。免疫力が下がっていたりするとなることがあります。重症化すると呼吸困難が生じたりして、最悪命を落とす場合があり、私のいた世界ではご年配の方の死因で多い病気であります」

「う、ういるす……?じゅう……しょう???」


巫女様が突然私には理解できない難しい言葉を話し始めます。これは異世界での用語なのでしょうか……。全く理解できません。


「み、巫女様。肺炎とやらは分かりませんが、我が国では尽くせる手は尽くしました。 お願いです。王女様の穢れを祓い癒しをお与え下さい」

「……わかりました」


巫女様の話す難しいことはともかく、王女様を早速癒していただく事にしました。



「この者の穢れを祓い癒しを与えよ──キュア!!!」


………。


巫女様が詠唱しても何も起こりません。

ましてや初めて聞く詠唱に驚きが隠せませんでした。異世界での治癒魔法や伝説の“奇跡“クラスの魔法の詠唱はこの様に唱えるのでしょうか。


「ヒール!!!!」

「キュア!ヒール!キュア!ヒール!!!」


詠唱する事に巫女様の顔が青ざめていくのが分かります。


そして、どんなに待てど暮らせど巫女様が魔法の詠唱に成功することはありませんでした。


「巫女様、もうおやめください。聖女様も不可能であったのです……。巫女様には申し訳ありませんが、他に手を探します……」

「何も出来ず、すみませんでした……」


巫女様は肩を落とし、落胆している様子でした。前の世界では魔法が使えたのに使えないのか、そもそも元から魔法を使うことが出来なかったのか今の私にそれを問う勇気はありせんでした。


むしろ、いきなり異世界へ召喚しておきながら王女様を癒して欲しいと無理なお願いをしたのにも関わらず期待に答えようとしてくださる巫女様に申し訳ない気持ちが溢れてきました。


「いや、そもそも巫女様が謝ることではないのです。いきなり元の世界より召喚してしまい、こちらが謝罪すべきです。元の生活もあるでしょうに……もう帰ることは……」


私の身勝手すぎる行いに、引っぱたかれるのを承知で巫女様に元の世界へ帰れないことを説明します。


「えっと……これ夢ですか?」

「はい?」

「これは現実ですか?異世界転移って本当ですか?」


元の世界へ帰れないという事実よりも、巫女様はこれは現実ではないと混乱されている様子でした。


「……突然のことで混乱なさっていると思いますが、現実でございます。貴女様は我らの世界から見た、異世界より転移させられました」


きょとんとした顔の巫女様。

すると突然自身の頬を指先で摘み、


「──ッたァ!?!!!」

「なっ、何をされてるのですか巫女様!!!!!!!」


力強く思い切りつねったのです。



「……これは夢ではないんですね?」


落ち着きを取り戻す巫女様に、再度説明します。


「──状況はわかりました。力になれなくて申し訳ありませんでした。

……あの。出過ぎた真似になるかもしれませんが前の世界では看護師かんごしとして働いていまして、よろしければ毎日王女様の容態を観察してもよろしいですか?」

「か、カンゴシ……とは?医療者ということですか?」

「あ、ナースって言ったらこの世界では伝わりますか?患者さんの病状を観察して医師へ報告したり、療養上の世話をさせていただく仕事です」


話を聞くと、巫女様は前の世界ではナースとして働いていたらしく病人の看病や状態観察が出来るとのことでした。


確かに、先程の王女様への対応は素人目に見てもプロの仕事でしたし、突如魔法が使えるようになるかもしれないので国王へ申請し許可を頂く事にしました。


……がしかし、あの後も巫女様にはシャルム王国の治癒魔法や他国の治癒魔法の詠唱をしていただきましたが魔法を使うことは出来ませんでした。


わたくしは2人の女性を当然異世界へ召喚し国内の問題に巻き込みました。……なのに王女様を救うことが出来ないのかもしれない。





──巫女様が召喚されて数日後。

罪悪感と絶望感に塗れていた時、王女様の寝室にて巫女様とマーシュ殿が出会ったのです。


「巫女様、こんにちわ。

わたくしは、街で医者ドクターをしています。マーシュと申します」


……初対面の2人は真剣な表情で何か話し合っている様子が伺えます。


「──マーシュ先生。

この世界で、しかも王女様に施すとなると受け入れられるか分かりませんが食事を取る方法が一つだけあります」

「……場所を変えましょうか。是非お聞かせ願いたい」


話し合いを終えて寝室を出ていく2人。

すれ違い様に少しニヤリと口角の上がったマーシュ殿の顔が見えて少し不気味に感じたのをよく覚えています。




……この後、巫女様ことスミレ様が異世界の医療技術によって王女様を救って下さり、私にとって本当の“巫女様“となったのはもう少し先の話になります。


突然召喚してしまい、前の世界での生活を失ったのにも関わらず協力してくださった聖女様と巫女様には頭が上がりません。





──わたくしダヴィッドは、この世で生ある限りはお二人の為に出来ることは何でもすると誓ったのでした。

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