第13話 抜管と適任者



──昨日のレイとのお出かけは、私ばかり楽しんでしまっていた気がする。


服も予めダヴィッドさんから貰っていたお小遣い(という名の賃金)を持って街に買いに行けばよかった。


レイは私が何をしても微笑んでくれるが、1人で勝手に浮かれて、なんだか申し訳なくなってきた。


また誘うと言ってくれてはいたが、彼の予定に反するであろう買い物に付き合わせてしまったり(しかも割と長い時間)、なんだか私だけ浮かれていて空回りしていたようにも感じてきたので次も誘ってもらえるか不安だ。


いや誘ってもらえなかったとしても、あんなに美しい青年と1度街へ一緒に出かけられただけでも奇跡だったのかもしれないな。



………まあ、気持ちを切り替えて、今日も1日頑張りましょう。





経管栄養注入開始から2週間経過したが、王女様の容態もだいぶいい。


会話も出来るようになり、

「みこさま……。今日もよろしくおねがいします」だなんて言ってくれる。


王女様って漫画とかだと凄いワガママなイメージがあるけど、アンジェリカ王女様はワガママなんてことはないし、10歳にして受け答えの物腰も柔らかく上品さも感じる。皆から愛されている理由がわかる。彼女はとってもいい子なのだ。



本日の昼食から食事と経管栄養を併用していき、食事がしっかり食べれるのであれば早々に経管チューブを抜管したいところだ。


この世界に幸いにもゼラチンは存在するようなので、具なしのフルーツゼリーとスープをゼリー状に固めたものから食事訓練を行うこととなった。



前の世界の患者さんであれば、嚥下機能の低下がある方も多いため、完全に座位から食事は開始しないのだが、王女様に嚥下機能の低下等は見られていないので座位で摂食訓練を開始していく。



「む……。へんなかんじ」


前の世界でも不評であったスープのゼラチン固めは美味しくないが栄養は豊富の為コチラから食べてもらう。


「ふるーつの、ゼリーはおいしい」


フルーツの具なしゼリーは、言うまでもなく美味しいのでお口直し感覚で食べてもらうのが食事介助のコツだ。



「全て食べきりましたね。王女様、とても凄いことです。お疲れ様でした」


うむ。と頷く王女様はとても可愛い。

久しぶりの経口からの食事だし、少し残すかな?とも懸念していたが、王女様はゼリー食をぺろりと食べてしまった。


むしろ「たべたりないの」とのことなので、夕食の分は量を増やしてみよう。






──王女様の食事の食べっぷりがとてもいいので、翌朝からパスタをふにゃふにゃに茹でたものにミートソースを掛けたものなど、この世界での病人食的なものが王女様に出されることになった。


最初に食事をしてもらい、食べた量で経管栄養と白湯の量を調節していく。



「……ぜんぶたべれたの」


「お、王女様ーー!!!!

とても素晴らしいです!!!!!

ダヴィッドはとても嬉しいでございます!!!」



ダヴィッドさんは歓喜のあまり泣いてしまっている。


そして王女様は出された食事をぺろりと食べてしまった。

最近は容態も安定しているし、かなり元気になっている。


食事だけでなく水分もしっかり摂取できるようになった。



……そろそろ経管チューブを抜管してもいいかもしれない。




「マーシュ先生、そろそろ王女様の鼻管はなくだを抜いてもいいかと思われます」


「確かに食事も水分もしっかり摂取出来ていますし、大丈夫そうですね。

この世界の医師としても問題ないと思いますし、なによりスミレ様がそう仰るのであれば安心でしょう」


……マーシュ先生はそう言ってくれるけど、私は前の世界での経験と知識を提供しているだけでただの看護師なのでなんだか負い目を感じてしまう。


素直に褒めてもらったことを受け取ればいいのに、ネガティブな私のよくない癖だ。




同日の昼に、王女様の経管チューブを抜管した。





「皆様のお陰で王女様の容態は安定し、経管チューブも抜管することができました。ありがとうございます」



もはや経鼻経管栄養法チームの物品庫兼ミーティングルームとなった応接間にチームメンバーを集め現在の状況とこれからすべき事を話し合おうとしていた。


「栄養面については経口より食事が摂取できている限りはもう大丈夫かなというところまで来ていますが、王女様の完全回復を目指すということではベッドから離床していく必要があります。王女様は1ヶ月以上床に伏せておりますのでいきなりベッドから起き上がってしまうと血圧が低下してしまう危険性が高いです」



ずっと臥床しているねたきりの人がいきなり起き上がってしまうと、起立性低血圧という低血圧症状を起こしてしまうことが多々ある。


その為、ベッドから離床するにも少しずつリハビリを行っていく必要があるのだが……。


「少しずつベッド上で体を動かし筋力トレーニング、つまりリハビリも兼ねて少しづつ離床させていく必要がありますが……。その私はただの看護師でして、そちらの方面の知識は全く持ち合わせていないのです。


どなたか、身体のトレーニングなどの知識や技術に秀でている方がいれば、私の持ち合わせる知識と組み合わせていけるのですが……」


私は看護師なので、急に体を起こしまうなどの血圧低下しやすい行動の観察と注意点のアドバイスや、リハビリ中に王女様の体調になにかあった場合の対応しか出来ない。


身体のトレーニングについて知識と経験がしっかりとある人間が必要だ。



「……となると、あのお方がピッタリかと思われます。王女様の信頼もバッチリです」


ダヴィッドさんが複雑そうな顔でいう。


なんとなくダヴィッドさんの言いたい人物の想像がついた。


王女様の信頼があって、身体のトレーニングに詳しい人物……。



「第2騎士団長のルー様でございます」



ダヴィッドさんが言う適任者とは、やはり彼であった。


ダヴィッドさんによると、ルー様は自身の肉体を用いて戦う武闘派の第2騎士団の団長で部下の身体トレーニングメニューも考えていることや、昔から仲が良く王女様の信頼も厚い為、これ以上の適任はいないという。


是非彼に依頼をしたいが……。

私はルー様との軋轢が生じている。



あの一件以来、こちらから話しかけることもなければ、あちらより話しかけてくることもない。


お互いすれ違っても会釈をする程度である。


……ルー様の気持ちは分からないが、またいきなり強い力で掴まれたらと思うと怖いと思うのも本心だ。


「……しかし、あの一件がありますのでスミレ様がルー様を恐れてしまう気持ちは仕方の無いことでしょう。


なので、ルー様に限らず、第2騎士団の中から適任者を探すのはいかがでしょうか?」


その手もあるが、王女様はまだ幼いし信頼関係がしっかりしている人物の方が適任者であると私も思う。


看護者の都合で王女様にとって不利益なことがあってはいけない。


「私は……大丈夫です。

むしろルー様が私と一緒にリハビリをして下さるといいのですが……」


「……そう、ですか。

ただ、無理はなさらないで下さい。


私からルー様へお願いをしてみます。

王女様のことであれば快く承諾してくれるでしょう。」


「ダヴィッドさん、気を使って下さりありがとうございます。

ルー様への御依頼、是非お願いします」



……レイもルー様は女性に手を上げることはないと言っていたし、あれは手を上げたに入らないだろう。激愛する王女様が床に伏せていることを知っていて、心配で仕方がなかったところに得体の知らない女が何かしようとしていたものだから驚きのあまり肩を掴んでしまっただけだ。うん、そうだ。


王女様と関わる以上、リハビリがなくたってルー様とも関わる機会はあっただろうし、軋轢を無くすいい機会なのかもしれない。






翌朝、ダヴィッドさんの依頼を受けたルー様が王女様の寝室へとやって来た。






「……この前はすまなかった!」


出会ってそうそう、深深とお辞儀をしてきた。


「魔物がいつも以上に活性化していたのもあって、討伐遠征後で気が立っていて、だな。アンジェの事が心配過ぎて、その……いきなり肩を掴むなんて愚かなことをした。


……謝らなくてはと思っていたが、寝室で顔を合わせることもあったのに変な意地を張ってここまで来てしまった。その事も謝罪させてくれ。

………申し訳なかった。すまない」



真剣な表情で再度深々と頭を下げるルー様。

予想外の彼の反応に拍子抜けする。


「えっと……。

まず、頭を上げてください。


その…なんていうか、こんな見た事もない髪の色をした不審な女が大切な方に何かしようとしていたら不安になりますよね。

私もルー様が王女様と深い関係と知らず、早急に事を進めてしまい申し訳ありませんでした」


こちらも頭を深く下げる。


今になって言えることだけれども、ルー様の存在を知らなかったとはいえ王女様と親しい関係の人間をちゃんと調べてその人物にしっかり同意を取ってから処置を行うべきであったと思う。



「いや、貴女は悪くない。頭を上げてくれ。


今現在、第1騎士団が魔物の討伐に重きを置いてくれている為、私の率いる第2騎士団は少しゆとりが出ている。

アンジェの為なら出来ることであればなんでもしよう。」


ルー様の紳士な態度に、抱いていた恐怖心が和らいでいく。


「名をスミレといったな。

……よろしく頼む。」


ニコッと微笑むルー様。

どうなることかと思ったが、軋轢は私だけが勝手に感じていたのかもしれない。



「こちらこそ、よろしくお願いします!」



──こうして、新たに私とルー様率いるリハビリチームが誕生したのであった。








……それにしてもルー様は、キチンと喋る時の一人称は“私“なんだな。と思ったのはここだけの話である。

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