エピソード5:茶飯① 朝食 いつまでこの世にしがみついてんだよ、ジジイ!

待ち合わせの池袋の公園に30分前に到着する。

この業界、相手より先に到着しておくのは暗黙のルール。

後から来ると激ギレする変質的な人間もいるから注意だ。

この世界、基本的にクレイジーしかいない。

そして平日にプラプラしている周囲の男もたいがいクレイジー。

だからこの待っている間にも無茶苦茶ナンパされるから困る。邪魔くさいハエとしか言いようがない。

金無い奴は人間ではない。速やかに散れ!。

私がゴミ人間たちを追い払っていると相手のジジイが現れた。

まずはお決まりの確認自己紹介。ジジイから。

「〇〇さんですか?」

「はい。〇〇です?。△△さんですか?」

「どうも」

「今日はよろしくお願いします」

これだけ。お決まりの文句。あとはやることは決まっている。

まずメシ。どこのメシ屋に連れていくのかな。

私は相手の風貌を見定める。

商店街のスーパーで買った化学繊維95%の安物の衣類。

どこのメーカーだか分からない悪趣味ながらのスニーカー。

そして猫背。

金持ってねえなあ……。

いつかウン千万円の退職金、タンス預金しているジジイにぶち当たらないかと探しているが、なかなか見当たらない。

インスタのDM出来るぐらいだからそこそこ持ってるかなと思ったけど、やっぱ、ジジイやめようかなあ。30代・40代が一番儲かる。

しょうがねえ、今日はハズレだ。このじいさんで朝メシ食うか。


連れてこられたのは老舗の蕎麦そば屋という。

そうかあ?。ただ単に長く続いているというだけで、「中の下」という感じだが。

まあ、これがこの爺さんの精一杯の見栄なのだろう。

爺さんは余裕で日本酒をひっかけ、「好きなものを頼みなさい」と言う。

ここはいきに「天ざる」と言わざるを得ないパターンなのだろうが、私は堂々と、貧乏部活ぶかつ生のように、ざるそば大盛とかつ丼を注文した。

人のおごりとは言え、あまりにも露骨すぎる!、というツッコミが入りそうなものだが、断っておくが、私は乞食である。

物乞いなのである。

それはこの爺さんも知っている。

私は耄碌もうろくジジイとデートすることと引き換えにメシ代を浮かせる行為を実行しているのである。

だから、かした腹を満たすために遠慮なく大盛を食う。

それの何が悪い。

朝から何も食ってねえ。食わなきゃやってられねえよ。

そういうこと。

いつもパパ活のときは、向こう百年分は食ってやろうという気合で臨んでいる。

それが茶飯だ。

大人じゃない。小遣いは少ない。だから、しこたまメシを食う。


爺さんは老後の病気の不安と、東大生の孫の自慢を、こっちの丼がつばまみれになる勢いでまくしたてた。

普段聞いてくれる人がいないんだろうな。狂ったハムスターのようにしゃべり続ける。

それを私はひたすら右から左へ聞き流す。

私のパパ活は徹底した「聞き役」だ。

なぜなら、私は愛想がない。喋りが苦手。要するに可愛くない。

最初、この仕事を始めるため、「レンタル彼女」を運営する組織に入った。

その出始ではじめのとき「接客態度が悪い」「しゃべらないので面白くない」などと苦情が来た。

でも、当時の社長は私の美貌にれ込んでいたから、何とか私をかそうとして「喋れないのなら積極的に話を聞き出す黒子くろこに徹する」という対策を練った。これが当たった。

私は自分から喋るネタがないので、インチキセラピストのごとく攻撃的に相手から話題を引き出した。これがハマッた。

このコツをつかんで私は会社のドル箱になった。それで「独立できるかも」と勘が働いたのでフリーになった。

この「聞き役」という武器を得て私のシノギもどうにかこうにか安定した。

そう、聞き役。これでデートは充分成り立つ。だから、爺さんは喋り続ける。私はい続ける。

朝食で蕎麦はなかなか胃に小気味こきみいいな。

しかし麺は平凡。この程度の味とコシならチェーン店でも出している。

でも、かつ丼は美味うまい。蕎麦屋のかつ丼は出汁だしいから大抵美味いのだが、ここは卵のとじ方が絶妙で、白身のドロリとした半熟加減がよろしい。

厳しい飲食業界で長く生き残ってきただけのことはある。

この商売始めて私の舌もなかなかえてきた。

あまりがっついて下品にならないようにじわりじわりと食っていく。

相手に不快感を与える態度はダメだ。小遣いに響くからな。


約2時間、爺さんのロジックのぼやけた話を聞いて、メシかっ食らって、デート代1万円とタクシー代5千円もらった。標準価格。

爺さん、年金暮らしで金持ってねえって言ってたからこんなもんだろう。

東大生の孫がピアノを始めたいというので、電器店に付き合わないか?と誘われたが、笑顔できっぱり断る。

もう5千円出すと言うが、粘られて大人されたくないから、とっとと引き上げる。

最後にデイトナについて尋ねた。爺さんは「昔持ってた」と自慢した。

ロレックスやオメガやブルガリを昔持ってたと自慢する服装のみすぼらしい老人は大抵、現在貧乏爆進中だ。

本当に金持っている奴は自慢しないし、身なりがいい。この爺さんとはここまで。あばよ。


朝食をしのいだ私は、区役所に入った。次の予約まで涼むためだ。

私は、暑さを避けたいからと言って、カフェなど絶対入らないし、自販機のジュースでさえ買わない。

折り畳みコップを携帯していて、水分補給は公共施設の便所の洗面台から水道水をガブ飲みする。

なんというはしたない!。

だから、しつこいようだが、私は乞食なのである。

食費に自腹は切れないのである。

これが茶飯のゆるぎない理屈だ。

だから、クーラー当たりに公共施設に入る。

図書館、区役所、コミュニティセンター、ときには警察署や裁判所に入ることもある。

涼と暖を確保できればそれでいい。

戸籍課の前のソファーで一時間涼んでいると、次の予約の時間が近づいてきたので、建物を出て待ち合わせの場所へ向かった。

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