第5章 祭りはホントに終わったのか?。美人の余力をナメんじゃねえよ!。

エピソード24:或る廃業。ロクな死に方しねえな。

年末、五反田の歩道橋で偶然A子に出くわした。

カビたなしのような腐ったあおい顔……。

背中が曲がっている。髪もパッサパサ。

手首が細く、爪も黒く汚い。

そして、針ガネのようなギーギーの首のシワ。

誰がどう見たって不気味だ。

しばらく会わないうちに、A子はゲッソリせていた。

久しぶりの再会を喜ぶ私とは反比例してA子は暗くずんずん落ち込んでふさぎ込んでいく。

「ちょっと話せない……?」

A子は深刻に言う。なんか悩み事がありそうだと私は察知する。

「お茶代、私出すからさ、ちょっと話せない……?」

「ハハ、いいよいいよ、割り勘で」

私は引きつった笑みで空気をなごませた。

どうやらマジらしい。

近くの喫茶店へ入ってA子の話を聞いた。

聞いて失禁しそうになった。いや、少しチビッていたかもしれない。

A子はパパ活から足を洗うという。

「なんでッ!!」

店中にバンッと響き渡る声で私は突発的に言葉を出した。出してしまった。

店にいるすべての人間の視線が一気に私の顔面を蜂の巣にする。

ハッとした私は、それでただちに冷静さを取り戻した。

でも、心臓はバクバク言っている。

それくらい私にとってはショッキングなニュースだった。

詳しい事情が知りたい。

知らなければ自分一人が置いて行かれて、もう二度と追いつけなくなるような気がした。

完全に動揺してあせっている自分がいた。

「客に何かされたの?」

「ううん。自分から廃業するの」

「どうしてッ?」

「病気した」

話を聞くと、A子は性感染症にかかって、ここ数ヶ月、かなりハードな闘病生活を送って、精神的に相当なダメージを受けていたらしい。

A子の真っ黒い目の下のクマと蒼ざめこけたほほの色は、体力の消耗からくるものではない。メンタルの問題だ。

明らかに精神を病んでいる。

「ズタズタの破れボロ雑巾だよ……」

A子は自虐的に笑う。

「辞めて、どうして食べていくの?」

「介護に行く。元ヤンで職歴の無い人間を引き受けてくれるとこは、介護か清掃しかない。私は介護に行くよ」

「やっていけるの?」

「90%以上、下の世話だって。クソまみれだけど、それしかない。そこへ行くよ」

「アンタぐらいの顔ならキャバクラだってあるしさ、デリヘルだって……」

私はなんとかA子をこの世界に引きめたかった。カタギにさせたくなかった。

じゃないと、私の人生を全否定されるような気がした。

私は、強烈な焦りと不安で、こっちの心もおかしくなって、この席から立ち上がれなくなって、永久に店から外へ出られなくなるくらいのダメージを受けそうな恐怖を覚えた。

「諦めちゃダメだよ。頑張ろうよ。世間の男たちから金巻き上げてやろうよ」

私は必死のカラ元気の薄ら笑いで言う。

しかし、その見えいたカラ元気と作り笑顔でさえ、無情にもA子はズッシリ否定してダメを押した。その言葉が私の胸を刺す。

「精神が持たない。身体は持つんだけど、心が持たない。私は、そっちと違って大人するからさ、いろいろキツいんだ。身体からだ売ると、ヤバいクスリ売りつけてくる奴がメチャクチャいるんだよね。でも、それやったら終わりじゃん。だから、それを断り続けると、やっぱ最後には大喧嘩になってさ、そんで、その大喧嘩、毎日毎日違う男で相手してたら頭が狂った」

「少し休んで、また一からやり直せないの?」

「これ以上、続けると、子宮頸がんになるって医者から言われた」

終わった。

これ以上説得はできない。私はガックリ頭を垂れた。

A子はそれを察して、しみじみ悲しい言葉を私に渡した。

「性病の治療がきつかった。独りアパートでロクな食事もしないで、カップラーメンばっか食って。風呂も入らないで掃除もしないで、だんだん、ゴミ屋敷になっていってさ。もう、2週間もしないうちに精神が病んだ。覚醒剤の押し売りもこたえた。ラインがうるさくってさ。『クスリ買え、クスリ買え』って。それで、だんだん追いまくられて、最後、逃げ場所がなくなって廃業することに決めた。大人おとなした自業自得だよ」

重い言葉……。

A子は、今度は自虐的には笑わなかった。深刻な告白だった。

「病院行ってるの?」

「精神科に行って、抗うつ剤もらってる」

「そっか……」

クラっと気絶しそうになった。

クルクルと強烈な眩暈めまいに襲われた。

脱力して、身体からだ中の気力と体力が抜けて、ぐにゃりとドロドロの液体のように肉体がれて、そのまま床に落ちそうになった。いや、半分落ちていたような気がする。

まるで自分の暗い未来を突き付けられたような気がした。

しかも、具体的な形で。まさに、今、目の前に突き付けられた。

ロクな死に方はしない。

私は、初めて、将来というものを、人生設計というものを考えさせられた。

将来の設計なんて出来ない。そんな考え浮かばない。そんな頭も無い。

ああ……、気絶しそうな眩暈めまいの、重くぼんやりとした不安……。

不安……。不安……。不安……。

私の人生はどこへ向かうのか?。

今、私はあやまちを犯しているのだろうか?。

もう、どっぷり両足ツッコんで抜け出せない状態なのだろうか?。

どうすればいい?。

カタギになるか?。資格でも取るか?。

また日本語教師か?。日本語能力検定試験めざして浪人するか?。

バカなッ!。あれだけコケにされて!。

別のことであのNを見返してやるんだ。デイトナで見返してやるんだ。

でも、それはまだ遠い道のり。

今、私に、何の職がある?。

今さら簿記や宅建の勉強するか?。それで学校に通うか?。また授業料搾取さくしゅされるぞ。

目に見えている。

この世は信用できない。信用できるのは自分だけだ。

海外に行くか?。そこで私一人だけで生きていくか?。

じゃあ、英語はどうするんだ?。またやっぱり勉強じゃないか。

堂々巡り。

バカじゃないのッ私!。

何をするにも、金、ねえよ……。

何も考えていなかった。浅はかだった。

甘い甘いカフェラテを飲んでも味がしない。

何の実態も感じない。

まるで甘い甘い私の考えのようだ。

A子が話し終わると、しばらく記憶に残らない世間話をして、訳も分からず自分のことばかり話して、疲れ切って、席を立った。

私は硬直こうちょくした顔面でA子といつものように努めて笑顔で別れた。

でも、もう会うこともないだろう。

カタギか、A子……。

あばよ。

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