エピソード22:キス・口づけ・接吻、勝っても負けてもぶちこわし
食事が終わって、すぐに別れることにした。
帰宅させて、息子にさっきのことを約束させるために、このスケベジジイを追いやった。
主導権は完全にこっちにある。強気だ。
細い路地で、父親は
「息子には『君と別れる』とラインさせる」
「どうも」
「しかし、困ったなあ……」
「はあ……」
「実は、今日、部屋を取ってあるんだよね」
「だから私は……」
「分かってる」
「だったら」
「なあ、キスだけでもできないか?」
「困ります」
「キスだけはしろ。契約のサインだ。最初で最後だ」
デイトナが欲しい。
でも、その単語は死んでも言えない。
主導権を渡したくない。
「本当にそれだけ?」
「約束する」
重ねて〝本当?〟とは聞けない。
弱みを見せることになる。
考えながら下手な
「デイトナ、ちゃんと金庫に戻しておいたよ」
畜生!。やっぱりそこが急所だったか!
瞬間、私は自分の唇を父親のそれに投げつけていた。
ぶにゅりとした感触。
乾燥した皮膚のカサカサ。
そして
自分でもどうしてそんなことをしたのか解からない。
さっきのワインのせいではない。
私は
これが本能なのか……。
不覚にもほんの一瞬、魔が差してしまった。
バカだ。
「ホホウ、思いッきりがいいね、ハハ」。
父親がニヤリとした。
「いいでしょ?」
「よしッ。息子にはちゃんと言っておくから。安心してくれ」
〝デイトナは……?〟とは聞けなかった。
これ以上
私は苦い汁をゴクリと飲み込んだ。
「じゃあ、これからも末永いお付き合いを」
と、父親は、デレデレと私に5万円の小遣いと2万円のタクシー代を渡し、上機嫌で素早くホイホイとタクシーに乗り込んだ。
「ではでは、ガハハ」。
勝ち馬は去っていく。
一人取り残される私……。
屈辱……。
薄暗がりの路地。
緑と赤の薄らマヌケな灯りが点在する。
街はクリスマス。みんな大はしゃぎ。
悔しい……。死にたい……。
男に
自分を破滅させたい。
なぜ私は反射的にキスしてしまったのか?。
あのとき私は絶対に肉体的な接触はしないと決意していたし、今まで、その自分の決意を疑ったことはなかった。
それが、「デイトナ」という単語を聞いただけで、頭が真っ白になって本能的に身体が動いてしまい、落とし穴に落ちた。
自分を信じていながら
完全な私の負けだ。
説明できない何者かに負けた。
信じて疑わなかった私の
無限の欲望、果てしがない。
情けない。
私は、タクシーで帰ろうと思った。満員電車に乗る気にはなれなかった。
しかし、やはり電車に乗って、駅からボロアパートまで歩いて帰った。
タクシーに乗ったら、負けの負けのボロ負けで、まるで死人にムチ打つような、そんな理屈が私の中で
いつも通り、電車で帰ってタクシー代を浮かせることが、せめてものあの父親の
でも、そうせざるを得なかった。
からまわりだよ、まったく……。
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