エピソード30:本番。六本木のど真ん中で悪魔に魂を売っちまえ!。

ちょうど30分前到着。

日米首脳会談でも始まりそうな豪華でバカでかいラウンジだが、人はまばら。

音が張りつめている。キーンと耳鳴りがする。

やっぱり緊急事態宣言が解除されてもない。大変だな観光業は。

自分も他人の心配してる場合じゃない。

約束の時刻までまだ時間がある。

落ち着かなきゃ。

コーヒーでも飲もうかな。

そこへ携帯が鳴った。

A子からのライン。

何なんだよ、こんなときに、縁起悪いッ。

「初出勤。何とか終えた。メッチャきつかった」

そんなことでいちいち連絡するな!。

分かってるよ、お前の商売が腐れウンコなことぐらい!。

もう金輪際こんりんざいかけてくるな!。

私はA子のラインをブロックした。

私がムカムカセカセカ携帯をいじってると、突然、背の高い30代ぐらいの紳士が私の前に立った。

質感のいいスーツを着て、きちんと身だしなみを整えている。

男は落ち着いたバリトンボイスと優しい笑顔で私に話しかける。

「〇〇さんでいらっしゃいますね?」

「ええ……」

不意を突かれた私の声は少しかすれておびえていた。

「××の秘書です。お迎えに参りました。時計は事務所で渡すそうです。やはり社外に持ち出すのは危険だということで」

なんだ……。

ちょっとビビったけど、具体的な理由を聞いて安心した。

タコ助が。

なんだよ、あの親父、まさか書庫でセックスするつもりじゃねえだろうな、ハハ。

私は心の中でつばを飛ばして吹いた。

やれやれ、オーラヨッと。

痔にも優しいフンワリ豪華なソファから立ち上がり、私は秘書のあとに付いて、エントランスに向かった。

大理石の床に私たち二人の靴音がカツカツと張りつめて響く。

バカだな、東京。

ホント、人、居ねえ。

パンデミックなんてくだらねえ喜劇だよ。

笑えてくる。

外に出ると、広く美しく敷かれた月明かりを吸い込む上品な石畳の上に、親父の黒いアウディが重くたたずんでいた。

後部座席に親父が座っている。

なんだ、迎えに来たんなら、テメエから呼びに来いよ。

わざわざ秘書なんか使ってもったいぶりやがって。

バカじゃねえの。

そのバカの下で働く秘書が、仰々ぎょうぎょうしくドアを開けるもんだから、〝しょうがねえなあ、じゃあ乗ってやるよ〟と言わんばかりに後部座席に入り込む。

私はヘラヘラ笑って

「なんですか?、会社で契約ですか?」

と身体を突っ込む。

バタンッと閉まるドア。

ズンと腰を下ろすと、真横から突き付けられるサバイバルナイフ。

低いささやき声で

「騒ぐな。マジで刺すから」。

横を向くと、父親ではなく息子だった。

あ、終わった。んだな……。

秘書が運転席に乗り込み、ぶおおおっと分厚いエンジンを吹かして重い車体は一気にホテルを後にした。

死んだな。

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