第16話 本選までの1ヶ月間 part2
運動会が終わってから俺は、運動会での出来事の恩返しをするため、佐々木さんに何かできることはないか聞いていた。
しかし、初めは当たり前の事をしただけだから、そんなに気にしなくていいと言われてしまっていたが、それでは俺の気が済まないと言って食い下がった。
そうしたら、渋々あるお願いをしてくれた。
それは休み時間に弾いているピアノを聴かせて欲しいという事だった。
俺はそれを聞いて内心でガッツポーズをした。
ピアノは俺の十八番だから、多分佐々木さんを喜ばせることができる。
俺は早速、その日の休み時間に佐々木さんを誘って音楽室に行った。
そして、弾き始める前に佐々木さんにリクエストなどがあるか聞いて見ることにした。
「佐々木さん、何かリクエストある?俺が知っているのだったら、クラシックじゃなくても大丈夫だよ。」
「じゃあ、ドビュッシーの『月の光』がいいかな。私、小さい頃から凄く好きなの。」
小学生一年生がクラシックを聴いていることに驚いた。
佐々木さんはやっぱりすごいなと思った。
「確かに月の光はいいよね。和音が本当に綺麗だから、聴いてて心が浄化される感じがするよね。」
「そうそう!本当にその通りなんだよ!」
佐々木さんの反応から本当に好きなのがよく伝わってきた。
「じゃあ、弾くね。」
そう言って、俺はピアノに手を乗せ、呼吸を整えて集中する。
そして、そっと最初の和音を奏でていく。
この曲を聴くと、夜の浜辺で月が綺麗に海面を照らしている風景が見える。
そして、その月明かりに照らされて、海面が星粒のように煌めく。
最初の部分はそんな景色を思い浮かべながら弾く。
この綺麗な景色が佐々木さんに伝わるようにゆっくり、丁寧に音を空間に置いていく。
そして、音が空間を満たし、飽和状態になったところで、曲が疾走感のあるパートに投入していく。
音もそれに伴い疾走して、空間から飛び出していく。
その様子は月明かりが夜を照らすようである。
その光の速さを表現しているように感じる。
そんな、疾走感があり速いパートだからこそ、一音一音の音の粒を大切にすることで、曲に流動感が生まれ、音が生き生きとしてくる。
この曲弾くのは初めてであったが、弾いてみるとこの曲の良さを改めて実感することができた。
そして、曲はまた最初と同じ旋律を奏でる。
俺は丁寧にそして少し、切ない感情を混ぜながら、最初とは少し違う印象を持たせる。
そして、今日は最後に向かって徐々に消え入るように小さくなって行く。
これは段々、月明かりが弱くなり、夜明けを意味しているのだろう。
夜という何か不思議な時間が終わって行く。
最後に美しい分散和音が静かに部屋に響き曲が終わった。
佐々木さんはしばらく、曲の余韻に浸っていた。
そして、十分な時間が経った後、顔を上気させ、興奮した様子で拍手をしてくれた。
「本当に素晴らしい演奏だったよ!」
「あ、ありがとう。俺も喜んで貰えてよかった。」
俺は好きな人からの褒め言葉に悩殺されていた。
俺はこのまま死んでも良いかもとさえ思った。
そんなことを思っていると佐々木さんが少し恥じらいながら言ってきた。
「蒼くんが良ければ、これからも休み時間ここに来て、演奏聴いても良い?」
なんだその素晴らしい提案は!?
見方によっては校内デートではないか!?
しかし、佐々木さんは単純に俺のピアノが聴きたいだけだ。
勘違いして、このビッグチャンスを無駄にしたく無かった。
「うん!もちろん良いよ!俺も誰かに聴いててもらった方が弾きがいあるし。」
そう言うと佐々木さんは満面の笑みになって言ってくれた。
「ありがとう!」
俺は佐々木さん可愛さにもう一度悩殺された。
こうして、佐々木さんは毎日、休み時間になると音楽室で俺のピアノの演奏を聴くようになった。
俺にとっては至福の時間だったし、佐々木さんも俺の演奏を喜んで聴いていたので、お互いにとって良い時間だった。
そして、時々佐々木さんがリクエストした曲を弾いた時は大変喜んでくれた。
それで、俺も嬉しくなり、もっと楽しんでもらおうと、リクエストしてくれた曲をアレンジしたりした。
即興でのアレンジだったので最初は上手くいくことは少なかったが、段々とコツを掴んできて、あまり失敗しなくなった。
そう思っていたら、スキルで<アレンジ>を取得した。
それを取得してから、俺のアレンジ技術はより磨きがかかり、本家を超えることもしばしばあった。
この曲をアレンジすることには佐々木さんも喜んでくれた。
いつも聴いてる曲の新しい一面を見れるのが面白いらしい。
特に佐々木さんのお気に入りはクラシックのジャズアレンジだった。
堅い感じのクラシックがオシャレなバーで流れるような曲に変わって行くのが楽しいらしかった。
俺も、クラシックばかり弾いてきたので、ジャズは感覚が新しく楽しかった。
そんな学校では楽しい日々を送り、家ではコンクールのため課題曲を練習するという、前とは少し違ったピアノ付けの日々を送った。
そうしているとあっと言う間にコンクール本選の本番がやってきた。
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