第22話 全国大会 part1
ここは神奈川県横浜市戸塚にある戸塚区民文化センターという場所だ。
ここの4階のホールが全国大会の会場だ。
今回の会場は全国大会ということもあって、今までの会場とはホールの広さが違う。
客席数は450ほどだが、なんと言っても2階席がある。
そのため、ホールの天井が高く、より大きな空間を演出している。
また、この施設も新しく綺麗な状態である。
俺はそんないい場所で良いピアノを演奏出来ることに胸が高なっていた。
そんな気分のまま、母さんの手を引き会場へと入って行った。
この全国大会は各地方大会の本選を勝ち抜いた13名で競い合う。
各地方大会を勝ち抜いた猛者が一同に集うので、全く気が抜けない。
しかし、俺は緊張より楽しみな気持ちの方が勝っていた。
そんなルンルンな気分で受付をしに行くと、他の参加者たちの鋭い視線が俺に突き刺さって来た。
皆、とてもピリピリした空気を漂わせて、演奏者同士で牽制し合っていた。
そんな緊張しきった場にいるのが耐えきれず俺はさっさと受付を済ませ、プログラムを貰いその場から逃げるようにホールへと向かった。
プログラムを確認すると、俺はまたしても最後だった。
俺にとっては都合の良い順番である。
俺は予選、本選に引き続き他の演奏も聴くつもりだった。
「それにしても、他の参加者の雰囲気はすごい殺気だっていたなー。」
まあそれだけ、この大会にかける思いが強いと言うことだろう。
しかし、俺はそう思うのと同時に少し心配になった。
「あんな、状態でピアノを弾いて楽しいのかなぁー」
ピアノは本来楽しいものだという事を忘れていないといいのだが......
その原点を忘れてしまっては、どこかでピアノを嫌いになってしまう。
そんな一抹の不安を覚えてながら、俺はホールの座席に着いた。
「隣、いいかしら?」
俺がプログラムを見ていると横から、女の人の声がした。
俺が誰だろうと思って横を向くと、そこには月城玲奈さんがいた。
服装は白のシャツに黒のスキニーデニムでスタイルの良さを遺憾なく発揮していた。
俺が驚いて、返事を出来ずに居ると返事を聞かずに隣に座ってしまった。
「どうしたんですか?」
俺が意を決して声をかけると、彼女は自然に応えた。
「ホールに入ったら、あなたの姿が見えたから来ただけよ。」
やっぱり、よく分からない人だと俺は思った。
プログラムで月城さんの出番を確認すると、最後の方だったので時間に余裕があるのだろう。
「あなたいつもこうやって、演奏前に他の参加者の演奏を聴いているの?」
「はい!そうです。いろんな演奏が聴けるのは楽しいので!」
俺がそう言うと月城さんは嫌そうな顔で言った。
「あなた、その敬語やめてくれる?私よりピアノが上手いのに敬語を使われるのはなんかいや。」
変な考え方だなと思いながら、俺は月城さんに言われた通りにする。
流石に名前のは「さん」は付けるが......
「月城さんは聴かないの?」
「私はほとんど聴かないわ。今回もあなたが居なければ聴かないつもりだった。」
「何で俺が関係あるの?」
「だって、あなた程ピアノが上手い人がやってる事を真似しない手はないでしょう。」
俺は褒められて素直に嬉しかった。
それにしても凄い向上心だと思った。
そんな感じの会話をしているうちに客席の明かりが落とされた。
いよいよ演奏が始まるようだ。
俺は会話に夢中である事に気づかなかった。
母さんが隣で凄い殺気に満ちた顔で俺たちを見ていることに。
演奏者も中盤の人に差し掛かった。
そろそろ、月城さんも演奏の準備をしに控え室に行く頃合いだ。
俺と月城さんは各演奏が終わるごとに演奏の感想を述べ合った。
どんな事を感じたとか、どんな情景が見えたとか、色んなことについてお互いの意見を言った。
今まではそうやって人と感想を言い合うことがなかったので凄く楽しかった。
月城さんは自分の感想を言いつつ、俺の感想を興味深く聴いていた。
終始頷いたり、驚いたりしていた。
「じゃあ、そろそろ私は衣装に着替えたりしに行ってくるけど、私の演奏もしっかり聴いてよ。」
そう言って月城さんは席を立ってホールを出て行った。
俺は充実した気分を味わっていた。
「自分以外の人の感想を聞くのは楽しいな。」
そう俺が言うと隣から、感情が読めない声が聞こえてきた。
「蒼、とっても楽しそうね。私と一緒にいる時よりも。」
俺はそう言われた瞬間、背筋が凍るような思いだった。
母さんが全く笑っていなかった。
俺は慌てて弁解した。
「違うって、母さん!母さんと一緒にいる時も楽しいよ!」
「でもあの子とてもスタイル良かったし、顔だってお母さんと違ってカッコいい感じだったし、蒼はああいう子が好きなんでしょ。」
これは完全に母さん拗ねる......
母さんは普段は良いのだが、たまにこう言うことがあるから大変だ。
しかし、俺はこう言う時の対処法を心得ている。
俺は母さんに抱きついて言う。
「俺は母さんのことが大好きだよ。」
そう言うと母さんはすっかり機嫌を直してくれた。
こうして、また演奏に集中できるようになった。
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