第23話 全国大会 part2

 私は今、いささかの緊張とそれを凌ぐ高揚感を感じていた。

 舞台袖で前の演奏者の演奏が終わるのを待っていた。

 しかし、私の意識はそこには向けられておらず、さっきまで話をしていた佐藤蒼という美少年の事を考えていた。


 彼は私の前に衝撃的な演奏と共に現れた。


 彼の演奏は私の中にあったピアノの概念を根底から覆すほどのものだった。


 彼の演奏を聴いてから私は1から自分の演奏を見直した。

 そして、この全国大会までの1ヶ月と少しの間に何かを掴みかけるところまでは来ていた。


 しかし、その何かが今まで全く分からなかった。


 彼の演奏と私の演奏では技量は当然のことながら、決定的に違うものがあった。


 彼にあって私に無いもの。


 それが、全国大会の本番の今日まで見つけることが出来なかった。

 それで今日、彼を探して直接聞いてみようと思い、私は彼を探した。


 そして、ホールの観客席に座っている彼の姿を見つけた。

 私は声を掛けて、隣に座った。


 しかし、そこで少し予想外のことが起きた。

 彼は私が想像していた以上に幼く、そしてイケメンだったのだ。


 私は彼を既に知っていたし、本選の結果発表の場では話しかけた。


 しかし、その時は自分のことしか頭に無く、あまり彼の事を見ていなかったのだ。


 そして、間近で彼も見ると、私は自分が聞こうと思っていた事をすっかり忘れてしまった。

 平常心を保つのがやっとだった。


 彼にここに来た理由を聞かれた時は本当の事を言うのが恥ずかしく、適当な事を言って誤魔化してしまった。


 そうしているうちに演奏が始まった。

 全国大会にもなると流石に演奏者のレベルも高く私は内心焦っていた。


 私は自分の演奏前に他人の演奏を聞いた事をこの時点では少し後悔していた。


 一方で隣の彼は目を輝かせながら、演奏を聴いていた。

 その姿は年相応のもので、とても可愛らしかった。

 そこで私は気になって今の演奏に対する感想を彼に聞いた。


 私が今の演奏を聴いた限りでは確かに上手かったが彼の演奏には遠く及ばないものだと思った。


 そんな演奏に彼はどんな感想を言うか少し興味があった。


 彼の感想を聞いて私は驚いた。

 彼は単に技術や表現のことを言うだけでなく、どんな思いで演奏していたかや、どんな情景を思い浮かべていたかなどを言ってきた。


 私は彼の感性の豊かさに驚かされた。

 私はたった5分程度の演奏でそこまで感じとることはできなかった。


 それから、彼と私はお互いに参加者の演奏の感想を言い合った。

 私も彼のように、沢山のことを感じ取れるように意識して演奏を聴いた。

 それで、演奏の感想を彼に言った。

 彼に比べれば、私の感想など低レベルなものだったが、彼はその一つ一つをしっかりと聞いてくれた。

 それが私はとても嬉しく、私も彼の感想をしっかり聞いた。


 そこで私はある事に気づいた。

 彼はたびたび残念そうに、今の演奏は楽しそうではなかったと言っていた。


 そこで私はハッとした。

 彼にあって私に無いもの。


 それはピアノを純粋に楽しんで演奏する心だ。


 ピアノを始めた頃は誰もが持っていたもの。

 しかし、大きくなってコンクールに出て賞を取ることを目指すと段々と無くなっていってしまうもの。


 しかし、一流と言われる人達は誰もが共通して持っているものだろう。


 簡単で単純であるのと同時に一番見失いやすいものだ。


 私はそんな心を自分の中に探した。

 そうするとそれは、心の奥深くで小さく弱い光を放っていた。


 もう忘れてしまってから随分経った。

 しかし、私の心の中には確かに存在した楽しむ心。

 私はこの小さく弱い光をこれから大切にして演奏しようと思った。


 そして、この光が大きく強く発光した時、私は大きく成長できる。


 そう思った瞬間、私の目の前に道ができた。

 道の先には小さく淡い光が見えた。

 これでもう見失うことはないだろう。




 拍手の音で私の意識は戻って来た。

 ステージを見ると、前の演奏者が一礼をして、舞台袖に戻ってくるところだった。


 私は胸にそっと手を当てて、自分のすべき演奏を確認する。


 私は軽く息を吸って吐いて、リラックスした状態でステージに向かう。


 ここから、新たな月城玲奈としての人生が始まる。


 不安はない。


 あるのはどこまで行けるのかと言う期待だけだ。

 そして、目指す先には必ずピアノの神様がいる。


 この演奏で絶対にピアノの神様を振り向かせる。


 そう決意して、私は演奏を始めるのだった。


 

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