第11話 コンクール 東京大会 予選
ここは東京都新宿区にある東京オペラシティーである。
そこのリサイタルホールで予選は行われる。
流石に小学生の部の予選ではコンサートホールは使わせてくれないようだ。
リサイタルホールはコンサートホールに比べると質素な感じは否めないがそれでも、パイプ椅子は200席以上は並べてある。
その正面にスポットライトが当たったピアノが鎮座していた。
俺は今、ロビーの受付に並んでいる。
俺は昨日、母さんに選んでもらったスーツを着ている。
小学生にスーツとはちょっと変じゃないかと思っていたが、今周りを見渡してみるとみんなそれぞれ結構なおしゃれをしているのでそこまで浮いていなかった。
しかし、目立ってはいた。
それは俺の容姿のせいもあり、スーツに身を包むとファッション雑誌の表紙を飾れるほどの出来栄えになってしまっていた。
そのせいで、俺は受付に並んでいる間、沢山の視線を浴び内心ヘトヘトだった。
そんな事もあり俺はこの時周囲との違和感に気がつかなかった。
「はい、次の方どうぞ。」
やっと俺の受付の番がやってきた。
「では、お名前、年齢と申込込み用紙をお願いします。」
俺は受付の人に言われた通り、申込用紙を渡して、名前と年齢を受付の紙に記入した。
「はい、では確認させて頂きます。」
そう言って、受付の人は俺の記入した所と申し込み用紙を確認し始めた。
すると、すぐに目を見開いて、こちらに確認をしてきた。
「あの、失礼ですが6歳という事は小学生一年生ですか?」
なぜそんなことを聞くのかと疑問に思いながら、肯定の意を示すように返事をした。
「はい、そうです」
その返答を聞くや否や、受付の人は明らかに表情に不安の色が浮かんできた。
「えーと、本当に予選を受けられるのですか。ここは国内でも結構なレベルのコンクールなので参加者は真剣です。記念に受けて行くなどという考えだったらお控え願いたいのですが......」
俺は驚いた。
なぜいきなりそんな事を言われなければならないのか全く分からなかった。
すると周囲が騒しくなってきた。
「あの子記念に受けるんだって。」
「本当そう言うのやめてほしい。」
「こっちは毎日死ぬ気でやってるのに。」
「そもそもあんな小さい子が来る場所じゃない。」
そんな事を陰で言っている人たちを見ながら、俺はある事に気づいた。
「俺ぐらいの年齢の人がいない......」
周りのこれから予選に臨むような人たちはみんな大体、小学四年生以上の人たちであった。
それで俺は受付の人や周囲の人の反応に納得した。
このコンクールはレベルが高いため、参加者は小学校高学年であることが当たり前なんだ。
申込書には参加者は小学生と書いてあったから、違反ではないだろうが、コンクールで本選に残ろうとすれば、自ずと高学年になってしまう。
だから、俺は側からみればおかしいのではある。
しかし、俺もこの5ヶ月間必死に練習してきたからこんなところで、へこたれて帰るわけにはいかない。
俺は受付の人に言った。
「俺は記念に受けにきたわけじゃないです。それに規定には小学生の部は小学生であれば誰でも受ける資格はありますよね?」
「あぁ、はい、そうですが...... 」
「じゃあ、俺も受けても何も問題ないですね。」
「はぁ、分かりました。」
そう言って受付の人は渋々認めてくれた。
そして、俺はリサイタルホールに入って自分の順番を待つことにした。
先程の受付の紙で確認したら、俺の演奏は参加者の中で中盤ほどだった。
だから俺は、それまで他の参加者の演奏を聴くことにした。
俺は自分の演奏ばかりで、あまり人の演奏を聴く機会がなかったので、結構楽しみだった。
他にも、コンクールで使われるピアノがどんな音を出すのかもすごく興味があった。
俺が普段、家で練習しているのはアップライトピアノだし、グランドピアノは先生の家にあるのしか弾いたことがない。
だから、俺はコンクールのピアノがどんな音を出してくれるのか密かな楽しみだった。
そうあれこれと考えていると、ホールの観客席の明かりが落ち、ピアノにスポットライトがあった。
「お!そろそろ始まる。」
俺がそう思うのと同時にアナウンスが入り、1人目の演奏者が入ってきた。
入ってきたのは小学五年生くらいの女の子でセルリアンブルーのドレスに身を包んでいた。
顔にはやや緊張が浮かんでいた。
それもそうだろう。
コンクールでトップバッターとはとても不利である。
何故なら、彼女の演奏が今後の演奏の基準になってくるからだ。
彼女はピアノの前まで来て一礼をして、椅子に座り演奏を始めた。
俺は彼女の演奏を聴きいた瞬間ピアノの音に感動した。
それは彼女の演奏に対してではなく、ピアノのポテンシャルの高さに感動したのだ。
家のピアノとは比べ物にならないくらい良い音を出す。
俺は転生してきて、ここまでほとんどピアノしか、してきていないので音に対する感性がとても鋭くなっている。
そんな俺はピアノの音はピアノによって異なる音色を出すことが最近わかってきた。
そしてそんな最近培った俺の感性がこのピアノは良いと叫んでいた。
だから、俺は同時に少しがっかりしていた。
何故なら、今演奏している女の子はこのピアノを十分に弾きこなせていなかったのだ。
確かに、とても練習されていて今のところミスらしいミスはない。
しかし、彼女の音はとても窮屈で、ピアノにもそれを押しつけている感じで、そのピアノの本来の良さを引き出せていなかった。
そのあとの演奏者も最初の人と似たり寄ったりで、俺の心を揺さぶる演奏には出会うことが出来なかった。
俺は少しがっかりした気分でホール出て、舞台袖に行き自分の出番の準備をした。
そして、アナウンスが入り、いよいよ俺の出番だ。
「本当のピアノの音をみんなに聴かせてあげよう。」
そう決意して、俺は舞台中央まで歩み出して行った。
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