第17話 本選 part1

 俺は開けた石畳の広場から目の前に広がる長方形の入り口を見ていた。


 建物は横に長く伸び、入り口の前には現代的アートが飾られていた。

 ここは東京都港区にあるサントリーホールである。

 ここで、コンクールの小学生の部の本選が行われる。

 サントリーホールは一階の大ホールと二階の小ホールに分かれている。

 本選は小ホールで行われる。


 小ホールと言っても、座席数は400名ほどあり、予選のリサイタルホールの倍である。


 しかし、小学生の部はマイナーであるため、あまり一般の観客は来ないので、座席が全て埋まるということはないだろう。


 俺はそんな事を考えながら、入り口をくぐり、サントリーホールに入る。

 中に入るとその広さと豪華な内装に驚かされた。

 まるで、自分が上流階級の仲間入りをしたみたいな変な気分になった。


 受付をすると一瞬驚いた顔をされたが、何も言われず、スムーズに受付をすることが出来た。


 受付で確認したところ、俺の出番は最後だった。


 今日の本選は課題曲が一曲で人数も12人と予選より少ないため、1日で行われる。


 だから、俺は全員の演奏を聴けることになる。


 人によっては、自分の演奏前に他人の曲を聴くと不安になったりするから、聴かない人も居るそうだが、俺はあまり影響を受けないので聴くことにしている。


 演奏は人によって千差万別なので聴いてて面白いと言う理由もある。


 早速、本選の会場に入って、なるべく見やすい位置を確保する。

 俺は身長が小さいため、あまり後ろの方だと演奏が見えない。

 この会場はひな壇の様に傾斜がないので尚更だ。


 会場の照明が落ち、ピアノにスポットライトが当たる。

 いよいよ、演奏が始まる。




 演奏者の順番も終盤に差し掛かる。

 俺は内心とても興奮していた。

 予選の時とはレベルが明らかに上がっているからだ。


 予選では緊張に呑まれている演奏者が多かった。

 しかし、この本選の演奏者は緊張を程良い具合にして、逆に演奏の質の向上に繋げていた。


 しかも、ピアノの音も良かった。

 しっかり、練習を積んで自分の音を見つけ出している人もいて、その人の人柄が演奏を通して伝わってきて本当に楽しかった。


 特に今、演奏を終えた月城玲奈つきしろれいなという女の子の演奏は圧巻だった。

 身長も165cmぐらいある長身でそこから繰り出される音はとてもパワフルだった。

 今までの演奏者とはどこか一線を隠す様な凄みを彼女からは感じた。

 俺も思わず舌を巻くような演奏で、会場は彼女の雰囲気に完全に呑まれてしまった。


 このコンクールについて詳しそうな、おばさんたちの会話では月城玲奈という人は、去年、五年生の時に本選で入賞者に選ばれたらしい。


 通りで上手いわけだ。


 その後に演奏する人はとても災難だった。


 観客や審査員は今さっきの彼女の演奏が耳に残っている。 

 そうするとどうしても彼女の演奏と今の演奏を比べてしまい、会場には落胆の空気が流れた。


 演奏者もそれを感じとり、なんとかしようと奮闘するも、それが余計に自分の本来の演奏から遠ざかるという負の連鎖になってしまった。

 こうなると、もう手遅れで、今の演奏者には少し同情するがここまでだろう。


 こう見ると演奏の順番は結構、重要だ。

 しかし、俺には関係ない。

 俺にはとっておきのスキルがあるからだ。


 ここで俺のステータスを久しぶりに見ていこう。


―――――――――――――――――

 佐藤蒼 6歳 男

 職業 : ピアニスト


 STR (体の強さ) : 12 (1up)

 DEX (器用さ) : 80(5 up)

 VIT (持久力) : 13 (1up)

 AGI (敏捷性) :13 (1up)

 INT (知力) : 55(5 up)

 LUK(運) : 10

 CHA(魅力) : 99


 スキル : 才能 努力 根性 超絶技巧 耳コピ 音感 譜読み 表現力(超) アレンジ(new) ゾーン(new)

 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 相変わらず、基礎能力の方は職業のせいで、ピアノに関するものばかり上がっていく。


 知力が上がっているのは、楽譜を暗譜したり、即興でアレンジしたりしていたからだろう。


 それよりも、注目して欲しいのは、スキルの<ゾーン>である。


 このスキルは任意のタイミングでゾーンに入ることができるスキルだった。


 ゾーンとは極限の集中状態のことで、この状態に入ると自己ベスト以上のパフォーマンスを発揮できるのだ。


 一流のその道を極めた人でも、時々しかゾーンに入ることはできないと言われている。

 それを任意、つまり自分の好きな時に入れるのだ。

 これは強力過ぎるスキルである。


 俺はこのスキルを今日初めて使ってみようと思う。

 どんな演奏が出来るのか、今からワクワクが止まらない。


 そうこうしていると、いつの間にか俺の俺の出番がやってきた。


「さっきの月城さんに負けないように頑張ろう。」


そう俺は言って、意気揚々とステージに向かって歩みを進めた。

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