第31話 路上演奏(路上の伝説?)
月日は流れ、俺はとうとうこの時を迎えた。
季節は冬が明け始め、まだ少し肌寒いが草木や辺りを漂う風から春の訪れを感じる頃となった。
この時期に行われるビックイベントと言えばそう、卒業式である。
そして、俺たちは遂に見送られる番となったのだ。
ここまでは思い返すとあっという間だったが、実に充実した日々を過ごすことができた。
俺は趣味というか習い事のピアノの方では全日本学生音楽コンクールをはじめ、国内の様々なピアノコンクールの小学生部門に出場し、賞を総ナメにした。
しかし、それも小学生4年生までで、そこからは一斎コンクールにでるのをやめた。
これだけコンクールで優勝し続けると俺としてはコンクール荒らし感が否めずどうにも気が進まなくなってきていた。
参加者の子達も俺がコンクールに参加することを知ると明らかに気落ちして、悪態をついたり、なかには泣き出してしまう子もいて中身が大人な俺にとっては正直耐えきれない部分があった。
最初のコンクールは自分の実力を知ったり、他の人の実力や演奏を知るいい機会となり、そんな理由で主要なコンクールはあらかた出場した。
目標が達成されてからは特にコンクールの賞に魅力も感じなくなったため参加するのをやめた。
この一件というか、行動には世間、特に新聞やテレビは大きく報道した。
『佐藤蒼、音楽からの逃避』『神童の苦悩』『栄光の裏での知られざる闇』
などなど小学生に対する反応としては大袈裟なぐらい大きく、面白おかしく取り上げられた。
これに関しては俺はテレビに出てしっかり思いを話したが終息には少し時間がかかった。
そこからの俺はピアノは毎日欠かさずやりながらも、歌やギターといった違う分野のものにも手を出していった。
きっかけは路上で歌う人をテレビの収録後にたまたま見たのがきっかけだった。
ああいう風に空間を自分色に染めて自分の声や歌で何もなかった路上に自分だけのコンサートホールを一時的にも創ることに魅力を感じた。
コンクールでは用意された会場で、聴く準備ができている人たちに対して演奏するが、路上ではそうはいかない。
そんなところも心惹かれる一因だった。
そんな訳で練習を始めたが、最初は酷いものだった。
ギターはピアノをやっているから簡単だろうと思っていたが、そうでもなかった。
ギターにも種類があり大きく分けると、クラシックギター、アコースティックギター、エレキギターがある。
俺は主に弾き語りで使いたかったので2つ目のアコースティックを使っている。
アコギは基本的に弦がスチールであることもあり、初めたばかりの頃は左手で弦を抑える時痛くてしかなかった。
初めて一週間ほどは痛みに涙目になりながらも必死にやったものだ。
やっていくうちに段々と左手の指の皮は厚くなり痛みは感じなくなっていった。
そうなると技術はみるみる向上していった。
ギターのザラザラしたワイルドな音はピアノには出せない魅力であり、より一層のめり込んでいこんいった。
前世であれば、最初の痛みと綺麗に音が出せないことに耐えられず、投げ出していただろうが今は【根性】のスキルがいい仕事をしてくれる。
歌に関しても同様で、最初は歌声と喋り声の出し方の違いも分からず、すぐに声が枯れてしまった。
これは変に喉に力が入っているため起こることだ。
幸いなことにピアノをやっていたおかげで、いい音を知っているので、自分が出している声をその音に近づけていけば上達する。
これで音痴にありがちな、自分では歌えている気になっている無自覚音痴になることを回避できた。
また、自分の声を録音することで、自分が思っているイメージと実際に出している声とのギャップも無くしていった。
最初自分の声を録音したときには、あまりの汚さにショックを受けその日は何も手につかなくなってしまった。
しかし、何度も繰り返すうちに、上達も感じられ、自分の声にも愛着が湧いてきた。
数ヶ月が過ぎた頃やっと自分でも納得できる程の実力になり、満を持して路上へと向かった。
******
今は夏の盛りも過ぎ、秋の入口に足がかかり始めた時期だが、まだ夏が顔をチラチラ覗かせるためジメジメとした天気も多い。
今日は季節外れの猛暑日となり、より一層ジメジメとした蒸し暑い一日となった。
そんな日の夕方、俺は1人ギターを背負い駅周辺をうろうろしていた。
最初の路上ライブ(演奏)デビューは、やっぱり駅周辺がいいと決めていたが、場所までは決めていなかった。
数十分歩きやっと比較的良さそうな場所を探したし、演奏の準備を始めた。
時間的には帰宅するサラリーマンや学生が多く通る時間帯であり、通常時より少し混み合ってるぐらいだ。
俺はその場所に立って準備を始めて気が付いたが、結構、緊張する。
帰宅する人たちがほとんどの中、1人だけ別の行動をすることは周りからの視線などに知らず知らずのうちに敏感になってしまい、変に体が強張ってしまっていた。
「初めてだから結構緊張するな…」
俺は体内の様々な感情を大きな深呼吸で外へ吐き出すと、その場に胡座をかいて座った。
少しギターを動かして、足の上に乗せていつものポジションに固定させる。
被っていたキャップ帽を深く被り直す。
視界には自分のギターと地面しか見えない。
何度かギターを握り感触を確かめると、少し心に余裕が生まれた。
視線を下から少し上げると足速に過ぎ去る靴が何足も見える。
俺はどのくらいの数の靴の歩みを止められるだろうか。
俺はおもむろにギターを弾き始めた。
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