第19話 本選の後

 俺は目を覚ますとベットの上にいた。


 見慣れない白を基調とした清潔感がある天井、鼻を掠める消毒液の臭い。


 頭を起こし、辺りを見渡すとここは病院の部屋の一室であることがわかった。


 俺はふと、お腹辺りに重さをおぼえ、見てみると母さんが静かな寝息をたてていた。

 こう見ると本当に美人だ。

 いや、決して俺はマザコンでは無い。

 佐々木さん一筋だからな。


 そんなバカな事を言いながら、俺は現在の状況について考えることにした。


 時計を見ると時刻は深夜をまわっていた。

 俺の演奏が始まったのが、お昼前で演奏は5分程だった。

 だから、俺は半日以上意識を失っていたことになる。


 意識すると体は倦怠感が残っている。

 また、全身が筋肉痛で動くたびに体のあちこちが痛む。


 「これがゾーンに5分間入った代償か......」


 俺はゾーンに耐える体を持っていなかったみたいだ。

 筋肉痛ぐらいだったら、これからも大事な場面では使って行こうという思いにもなれたが、意識まで失うとなると少し考え直さなければならない。


 俺のステータスはピアノを弾くことに特化していた。

 しかし、ゾーンに入ると全身の筋肉など今まではあまり使ってこなかった部分まで使用する。

 それに今の俺は耐えられなかったのだろう。

 だから、俺はそういった他のステータスを底上げして、ゾーン状態に耐えられる体にする必要がある。


 それまではゾーンは封印した方が身のためだろう。


 しかもこれは俺だけの問題ではない。


 俺はまだ子どもだ。

 だから、意識を失って倒れたらこうして、母さんや周りの人に心配をかける。


 実際、今ここで母さんが寝ている状況が何よりの証拠である。


 そんなことを思うとこれからホイホイと使うことが出来ない。


 しかし、そこまで悲観することはないと思う。

 ゾーンに頼らなくても、そこそこの演奏はできる自負はあるし、それで予選を突破してきた。


 「まあ、もう少し大きくなって、ステータスも上がれば使える様になるだろう。」


 そう楽観的に捉え、もう一度眠りについた。




 それから、本選の結果発表の日までは慌ただしくも、あっという間に過ぎて行った。


 母さんや先生は俺が意識を失ったことをとても心配してくれた。

 母さんにいたっては心配し過ぎて、もうピアノは十分上手くなったからやめようとまで言ってきた。


 俺は確かに上手くなったが、ここでやめてしまったら、本選を通過していようが全国大会に出られなくなってしまう。

 そうしたら、今までの努力が無駄になってしまう。


 母さんにはこの大会だけはどうしてもやり切りたいと思いを伝え、何とか了承を得た。


 本選の結果はあまり心配していない。

 演奏が終わった後の手応えは確かなものだった。

 これで、全国大会に出られなかったら、もうどんな演奏をすれば良いのか皆目検討もつかない。


 

 本選の結果は会場でも確認できるが、新聞にも掲載される。

 このコンクールのスポンサーを大手新聞会社が務めているからだ。


 しかし、俺たちは母さんの強い意向により本選の会場である、サントリーホールのロビーに来ていた。


 母さんは俺のこのコンクールにかける思いを聞いてから今まで以上に俺の応援に力が入った気がする.....


 ここは何度来ても、その豪華な装飾の数々に圧倒される。

 聞いたところによると、このサントリーホールは今年、4月〜8月まで改修工事をして、リニューアルしたばかりだそうだ。


 そんな綺麗な空間で結果の掲示を待った。


 周りを見渡すとどこか皆、心配や不安を帯びた表情で結果を待っていた。


 そこに、結果の紙を持った係員の人がやって来た。

 辺りの空気が一気に張り詰め、緊張が伝わってきた。


 唾を飲む音が聞こえてきそうな程、空気が重かった。

 しかし、そんな時間は長くは続かなかった。


 係員がその沈黙を破った。

 「本日はお集まり頂きありがとうございます。それでは結果の開示をいたします。」


 そう言って、紙を置いてあったボードに貼り付けた。


 辺りからは落胆の声や歓声が満たした。

 俺も結果をのぞく。

 結果は演奏順に並べてられていた。

 俺の名前の横には一位と書かれていた。

 結果はわかっていたが、やはり実際に目にすると嬉しさが込み上げてくる。


 そんな思いに浸っていると、突然後ろから声を掛けられた。


 俺が振り向くとそこには知らない少女が立っていた。

 少女と言っても俺よりは明らかに年上で、小学六年生ぐらいだった。


 その彼女は意思の強そうな大きな目で俺を見つめて言った。

 「君が佐藤蒼よね?」

 「そうですけど...... あなたは?」

 「私は月城玲奈、君と同じこの本選に出てた者よ。」


 俺はそう言われて思い出した。

 彼女は俺が舌を巻くほどの演奏した人で、相当な実力者だと周囲から言われていた人だ。


 そんなことを思い出していると彼女はまた話し始めた。


「私は君の演奏を聴いて、自分の演奏を一から考え直すことができた。ありがとう。私は君に勝とうなんてバカな事だとあの演奏聴いてわかったわ。だけど、君を振り向かせるぐらいの演奏を次の全国大会の舞台で披露するわ。そうピアノの神様を振り向かせる演奏を。」


 そう言い終わって彼女、月城さんはすたすたと帰って行ってしまった。


 「自分のことだけ言って帰っちゃった......」


 よく分からない人だったが、次の全国大会では楽しみにしていよう。


 そのあと母さんと先生からひとしきり褒めてもらって、俺たちも帰路についた。

 

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