第7話 ピアノコンクールに向けて

 先生からの猛烈な勧めもあって、俺はコンクールに出場することにした。


 先生が勧めてきたコンクールというのが、結構レベルが高く正直に言ってピアノを始めたばかりの人が出るものではないそうだ。


 その名も全日本学生音楽コンクール、通称「毎コン」と言い国内のジュニアピアノコンクールでは屈指のレベルである。

 このコンクールは9月から10月の間に行われる地方大会の予選と本選、11月に行われる全国大会となっている。


 俺が出るのは東京大会で、予選を突破し、さらに本選で上位4名に選ばれなければ全国大会に出場することはできない、狭き門である。


 しかし、先生は自信満々にあなたなら大丈夫と言ってきたので、少し心配ながらも出場を決めたのだ。


 また、このコンクールは予選では4曲、本選は1曲と課題曲があり、全国大会は自由曲だが全て勝ち進むと計5曲も演奏することになる。


 今は4月の上旬だから後5ヶ月で最低でも予選の3曲は仕上げなくてはならない。

 結構なハードスケジュールである。


 ということで、さっさと課題曲を決めて練習に入ることになった。

 課題曲は候補の中から選ぶのだが、俺は正直名前とか言われても全然ピンとこなっから、適当に上の方から決めた。

 普通はしっかりと課題曲を吟味して、自分の良さや得意な部分を発揮出来る曲にするのだと思う。

 しかし、俺にはスキルで<超絶技巧>があるので多分全部の曲を難なく弾きこなせる。

 だから吟味しても仕方ないのだ。


 まあ、これが実力者の特権だろう。

 よくテレビなどに映る東大生などはなぜ東大に入ったのか聞かれた際、

 「近かったから」

 とか答えているからそれと同じだ。


 しかし、こんなに余裕をぶっこいてて、予選敗退とかはマジで笑えないのでしっかり練習を始めることにした。


 課題曲を決めると早速先生はその楽譜を持ってきた。

 「それじゃあ、課題曲の練習に入るわ。本番まで5ヶ月ほどしかないから、気合い入れていきましょう。」


 「はい!」


 「では最初に譜読みから始めましょう。と言いたいところだけど、これまでの経験からして少し嫌な予感がするんだけど......」


 そう言って先生は俺に疑う視線を送ってきた。


「はい、多分僕それ初見で弾けます。」


 「はあ、やっぱり私の勘は正しかったわ。じゃあ試しに弾いてみて。それをみて私がアドバイスしていく形にするから。」


 段々先生の反応が悪くなってきたのを感じながら俺は課題曲を弾き始めた。


 まず、右手が軽快に音を刻みメロディーを作り、左手はそっとそれを陰から支え、音に奥行きをもたせる。

 そして、右手が高速で階段を駆け上がるように高音域に向かい駆け上がり、そして戻ってくる。

 そうすると、今度は左手が最初のメロディーを奏で始める。

 先程より、少し暗い印象を受けるが、それを補うように右手が駆け回る。

 そして、中盤に差し掛かり右手と左手が高速で音を奏でながら、交差する。

 ここが一番の難所で曲の佳境だったのだろう。


そのあとは少しずつ、音の動きが少なくなり、最後は静かに終わっていった。


 終わると少しの静寂のあと先生が思い出したように拍手を送ってくれた。


 「凄かったわ。最初からテンポもリズムも完璧だし、指もしっかり動いていて速い所もはっきり一音一音聞こえた。本当にすごかった。」


 俺は先生に褒めて貰えてすごく嬉しかった。

 自分でも上手くいった感覚はあったが、他者から称賛の言葉をもらうと心が潤う感じがした。

 もしかしたら、俺はどこかで心配していたのかも知れない。

 結局上手くいったと思っても主観でしかなく、客観的に見た時とは違うかもしれないのだ。


 そんなことを考えていると、先生が真剣な顔になって俺に言ってきた。


 「これは言うべきかどうか、悩んだんだけど、これからの蒼くんのためでもあるから言うね。」


 俺は先生のあまりにも真剣な顔に釣られて、緊張してきていた。


 「蒼くんの演奏は本当に完璧だった。多分この年齢でここまで弾ける人はまず居ないと思う。だけど、蒼くんの想いが曲を通して伝わってこなかったの。まだ、小学生一年生の蒼くんにこんな要求をするのは酷かもしれないけど......」


 「今の蒼くんの演奏は機械みたいだったの。本当に凄いピアニストは曲を通して、聴いてる人に自分の想いを伝えている。もっと凄い人になると自分が曲を通して見ている風景を聴いてる人にも見せてしまう。」


 「蒼くんには絶対にその才能がある。だから、今の演奏で満足しないでもっと上を目指して欲しい。」


 そう先生に熱弁されてしまった。

 機械みたいな演奏とは結構な言われようだが、的を射ているので何とも言えなかった。


 今の俺はスキルに弾かせているようなものだから、そこに感情が入ってこなかったのだろう。


 しかし、どうやったら感情や想いを聴いてる人に伝えてられるのだろうか。

 取り敢えず、先生に聞いてみることにした。


 「先生、どうしたら先生が言っているような演奏が出来るようになるんですか。」


 「そうね、人それぞれだと思うけど、一般的には曲の作曲者について調べて、その曲のできた時代背景なんかを知って、イメージを膨らませるんだよ。」


 「なるほど、そうなんですか。」

 確かにそうすれば、曲に対してより明確な感情や想いを持てる。

 それが、結果的に聴く人に伝わり、人の心を打つ演奏になるのだろう。

 そうとわかったら、行動しかない。


 こうして、俺の演奏の目標も定まり、コンクールへ向けてのスタートを切った。


 

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