第8話 成長と停滞

 俺は先生のアドバイス通り、課題曲の作曲者やその時の時代背景などを本やインターネットを使って調べていた。


 そうすると、今まで見ていた曲が突如として別のものに見えてきた。


 今までは楽譜に書かれている音符を音としか捉えていなかったが、その曲について学んだ後だと、その音符があるのはただ単に音を示すだけで無く、他にも意味があるのはないかと思えてきた。


 ここの音符を書いた時の作曲者の想いはどんなだったのだろうと、必死に考えながら課題曲の練習に励んだ。


 そうすることで、一回弾いただけでも、尋常じゃない体力と精神力を要したが、そのおかげでステータスは大幅に伸びた。 


 しかし、肝心のスキルが中々手に入らなかった。


 確かに以前の演奏よりは曲を通して多くのことを聴いてる人に伝えられる様になってきたと思う。


 しかし、スキルがあるとないのでは雲泥の差があるということは既にわかっている。

 先生とのピアノのレッスンでの出来事がいい例である。


 だが、スキルが取得出来なくてもそこまで悲観することは無く、着実に俺は成長している。


 それはレッスンのたびに先生からも言われているし、先日の学校での出来事がより実感したきっかけだろう。


 ****


 俺が小学校に入学して3ヶ月近く経とうとしている。

 雨季は過ぎ、季節は夏に向い始めた。

 辺りを見渡すと緑が目立ち、蝶や虫たちも大分姿を現すようになってきた。


 俺の小学校は丁度、この時期から音楽会の練習が始まる。

 一年生なので、普通は音楽の授業はないのだが、この時期だけは音楽会の練習のために授業が入ってくる。


 そして、今日も給食を食べ終えた5時間目の授業が音楽である。


 いつもこの時間にあるのだが、みんな一年生ということもあり、睡魔と戦っている。


 かく言う俺も、この時間帯は凄く眠い。


 しかも、授業は合唱なので、口を開けるたびにあくびがでで、眠くなってくる。


 そんな感じで、今日はどうやって眠気と戦おうかなどと考えて、音楽室に入って授業が始まるまで待っていた。


 すると、そこにクラスの男の子が俺に向かって話しかけてきた。


「ねえねえ、蒼くんてピアノ習ってるんでしょ!」


 そう、急に言われ少し驚いた。別に隠していた訳ではないが、自分から言ったこともなかった。


「俺ね、蒼くん放課後ピアノ教室に行くの見たんだ!」


 そういう事だったのか。俺は納得していると周囲が段々騒しくなってきた。


「えー!そうなんだ!すごいね!」

「私もピアノ習ってるよ!」

「なんか弾いてみてよ!」

「あ!私も聞きたい!」

「「聞きたい!」」


 こんな感じで、俺たちの会話を聞いていた他のクラスメイトがピアノを弾いてくれと言い始めた。


 こうなると、何を言っても聞いてくれそうにないので、俺は仕方なく教室にあるピアノに座った。


 そして、何を弾こうか考えて、最近流行っている 湘南○風の「純○歌」をピアノ風にアレンジして弾くことにした。


 この曲はイントロがピアノなので曲のイメージもそこまでずれないだろう。


 そう思い弾き始めると、クラスのみんなは知っている曲だったこともあり大盛り上がりだった。


 しかし、曲が進むにつれ段々騒ぐ者は減っていき、逆にみんな聴き入ってしまって、教室には俺のピアノの音以外なにもしなくなった。


 そして、教室には俺がつくり出す音が充満し、それにみんなが酔っていた。

 まだ、小学生一年生という幼い年齢にも関わらず、みんなこの曲を通して、愛しい人のことを考えて自然と涙した。


 俺が弾き終わり辺りを見回すと、そこは涙を流しながらも、幸せそうな顔をしているみんながいた。


 俺は最初、何が起きているのか分からなかったが、もしかしたら俺がピアノを通してみんなにこの曲の想いが伝えられたのかも知れないと考えついた。


 そうだとしたら、すごい進歩だ。


 3ヶ月前は先生に機械みたいな演奏だと言われていたのが、今ではクラスのみんなを泣かせえるほどに成長したのだ。

 まあ、まだみんな小さく感受性が豊かということもあるかも知れないが......

    

 その後は先生がきて、事情説明するのが凄く大変だったが、得られたものも大きかったのでよしとしよう。


 特に佐々木さんの涙を流しながらの幸せそうな表情は永久保存版の脳内フィルムにしっかり収めさせて頂きました。



 ****


 そんなことがあり、俺は少し自分の演奏に自信を持てるようになってきた。

 だが、ここで満足したりはしない。

 何故ならスキルが取得できていないからだ。

 スキルがない状態であれなら、スキルをゲットできたら、どうなってしまうのだろうかと今からワクワクが止まらない。


 そして、俺は今日も練習に没頭するのであった。

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