第12話 神鳥の卵

「う、馬がいない!?」


 行商協会の窓口で、俺は声を上げた。

 

 馬車を借りようと、協会を訪れるまではよかった。

 だが現在、残る荷車は一つ、それを引く馬はゼロとのことだった。

 まさか、協会に馬がいないとは……想定外だ。


「もし荷車が欲しいっていうなら、安くしておくけど……馬がいなくちゃ動かせないわよねぇ」

 

 窓口のおばちゃんは、顎に手を当ててそう言った。


 動かせる手段はある。あるんだが……あるんだが……。


「なんか、屈辱的な気分!」


 村から出た俺は、シェリーを乗せた荷車を引き、木々の生い茂る道を歩いていた。

 筋力強化を使えば、荷車など軽く引くことができる。

 だが、まるで畜生に成り下がったようで、気分は最悪だった。


「フェル、大丈夫ですか?

 無理をなさらなくても」

「いや、無理をしているわけじゃ――。

 できればやりたくないことだけど!」


 まあ、シェリーを運ぶのは全然問題ない。

 むしろ、姫様とあろう者を荷車に乗せていることに、罪悪感を覚えるくらいだ。

 だが、俺が気になるのは――。


「で、なんでお前までいるんだよ!」


 荷車でくつろいでいる、暗殺者のことだった。

 こいつ、昨日ドンパチやっといて、何食わぬ顔で俺達についてくる。

 厄介なことに、シェリーは嫌がっていないようだ。


「プリンセスと元トップクラスパーティの逃避行、しかもその男は私よりも強い。

 ただ、興味あるだけだよ」


 確かにこいつにトドメを指さなかったのは俺だが、だからって一緒に旅をする気にはならない。

 どうにかして置き去りにしたいところだが――。


「ただでさえ前途多難な旅なんです。

 戦力は多い方がいいに決まっています。

 ね、フェル?」


 シェリーがそう言ってるんだもんなぁ。

 確かに、暗殺者のターゲットにされるのは俺だけだ。

 俺さえやられることがなければ、戦力として数えてもいいんだが……。


「暗殺者の力なんて、必要としたくはないけどな」


 その時、不意に俺の頭が、鉄の棒か何かで軽くたたかれた。

 暗殺者の収納魔法が頭上で発動し、そこから出てきたナイフの柄が俺の頭を叩いたのだ。

 奴は戦闘中も、どこからともなくナイフを取り出していた。

 収納魔法の扱いに長けているのだろう。


「暗殺者、なんて呼び方はやめて欲しいんだけど。

 私にはアンという立派な名前があるし」

「はいはい、わかったよアン」


 まあ確かに、バッファーは本来サポーターだ。

 アタッカーやタンクがいなくては機能しない。

 今回アタッカーが加入したのは、喜んでおこう。


「にしても、結構歩いたな

 そろそろ次の村が見えてきてもおかしくないが……」

「すみません……。

 私はくつろいでいるだけで……」


 申し訳なさそうに頭を下げるシェリー。

 だが、いくら何でも女の子に馬車を引かせるわけにはいかないだろう。


「いいんだよプリンセス。

 こういう時は、堂々としていた方が可愛がられるってものだよ」


 アンの奴、俺に対する引け目とかは全くないのか……。

 なんて考えているうちに、次の村が目に入った。


 ここら辺は大きな平地だ。

 森を抜ければ、すぐに村は見える。

 だが、その村の様子が、少しおかしかった。

 活気がないというか……肌が、ピリピリするというか。


 いやな予感がする。

 それだけは、確かだった。


 その村の周りは、木枠と丸太で簡単なバリケードが作られている。

 だが、肝心の門番がいなかった。


「門番の方、席を外しているのでしょうか?」


 シェリーは呑気なことを言う。


「いや、この感じ……」


 だがやはり、アンは気付いたようだ。

 

「シェリー、バフをかけておく。

 ここで待っていてくれ」

「ま、待ってください!

 何をするおつもりですか!?」

「この村で、何か起こっているんだ」


 俺はシェリーにバフをかけてから、アンと共に門を開いた。

 門番がいないのに、鍵が掛けられていない。

 やはり、中で何かが起こっていると考えていいだろう。


 村に入り、しばらく進む。

 民家がぽつぽつとあるのが伺えるが、人の気配はない。

 みんなで払っているのか? どこに?


 ある民家の横を通り過ぎたとき、その答えが俺達の目に飛び込んできた。

 村の人々が、体を縛られ、一か所に集められているのだ。

 数は三十人ほど。

 その周りを取り囲んでいるのは、盗賊か?

 こちらは十人ほどだ。


 俺はとっさに民家の陰に隠れた。


「フェル、私は姿を消す。

 上手くやってよ」


 アンの声に、俺は「ああ」と答え、盗賊たちの声に耳を澄ました。


「――で、お宝はどこにあるんだ!?

 この村にあるのは知ってるんだぞ!」


 なるほど、この村に何かしらのお宝があると知って、襲ってきたわけか。

 盗賊たちの尋問に、村長と思われる老人が答える。


「何度聞かれても言えん。

 あの子らを貴様ら盗賊に渡すなど、できるはずがない」


 村長は毅然とした態度で言い放つ。

 周りで縛られている村人も同意見のようだ。


「ほう、口を割らねえってんなら――」


 盗賊たちは、持っていた矢に火をつけ、弓に番える。

 まさかあいつら、村に火を放つつもりか!

 だったら、話を聞いている場合じゃねぇ!


「待ちな!」


 俺は民家の陰から飛び出し、大声で叫んだ。

 その声に、その場にいた全員の視線が俺に注がれる。


「なんだぁ、冒険者様ですか?

 俺達は探し物をしているだけなんですよ。

 ただ、教えてもらえないので困っていましてね」


 盗賊のボスと思しき人物は、へらへらとのたまう。

 

「御託はいい。

 全員かかってこい!

 相手になってやる!」


 俺は聖剣を抜き、構えた。

 たかが盗賊十人程度、相手にならん!


「チッ、わかったよ。

 野郎ども、やっちまえ!」


 村人の周りを取り囲んでいた盗賊たちが、一斉に火矢を俺に向けて放った。

 そんなもので、どうにかなると思っているのか?


「ウェーブ!」


 俺は水魔法を唱え、火矢を受け止める。

 もちろん、この程度の水で矢の勢いは止まらないが、火を消すには十分だ。


「ふん、結構できるみてぇだな」


 火矢に対し、一歩も引かない俺を見て、盗賊はにやりと笑う。


「だが忘れるなよ!

 俺達にはこいつらがいる!」


 盗賊のボスは持っていた斧を村長の首元に当てた。

 人質ってわけか。


「た、旅人様!

 私達はいいのです!

 どうか、この盗賊たちを――」

「うるせえ!

 死にてえのかジジイ!」


 村人たちは、何やら大切な宝物を隠しているようだ。

 だから、自分たちの命よりも、盗賊を払うことの方が重要なのだろう。

 

 盗賊の討伐と、村人の救助、選択肢は二つに一つかもしれない。

 だが、俺ならどちらもできる!


「アン! やっちまえ!」


 俺の叫びと共に、どこからか現れたアンが、盗賊の一人にナイフを突き立てる。

 次の瞬間には、アンの姿は消えていた。


「なんだと!?」


 盗賊たちがの意識が、アンに注がれたその瞬間――。


「オールブースト!」


 全ステータス強化魔法を、村人全員に掛けた。

 この手段は、流石に魔力消費が大きすぎる。

 アンがいなけらば、取れない選択肢だった。


「クッソォ!

 そっちがその気なら――」


 盗賊の一人が、手に持った斧を大きく空に掲げる。

 そして――。


「ひいぃぃぃぃ!」


 その盗賊の一番近くにいたお婆さんに、斧を振り下ろした。

 だが――。


 ガキィン!


 お婆さんと斧、負けたのは斧だった。

 斧の柄が真っ二つに割れ、刃が空を舞ったのだ。


「なに!?」


 山賊の表情が、驚愕に染まる。


「はぁ……はぁ……今、村人全員に強化魔法をかけた。

 お前ら盗賊は、村人に勝てない」


 俺は息を切らせながら、砕けた斧の種明かしをする。

 俺の言葉を聞いた村人の男が、縛っていた縄を引きちぎった。


「ほ、本当だ……」


 その光景を見ていた村人全員が、自らを縛る縄を引きちぎっていく。

 盗賊は、その景色をぽかんと眺めていた。 


 さて、村人全員が最強になれば、やることはあと一つ。


「うおおおおおおお!

 盗賊をとっ捕まえろ!」


 村人は「おー!」と拳を掲げ、盗賊たちをボコボコにしていった。

 そして、あっという間に形勢が逆転、今度は盗賊たちが縄に縛られることとなった。


 村の安全が確保されたので、シェリーを呼び、村長の話を聞くことにした。


「いやはや、旅人様のおかげで、村の危機を脱することが出来ました。

 それに、あれほどの強化魔法を授けてくださるとは、寿命が延びた気分ですよ」


 ガハハと笑いながら、村長はガッツポーズをする。

 その傍らで、盗賊のボスが舌打ちをしていた。


「何かお礼をしなくては……」


 村長はそう言って考え込むが、俺達は別にお礼が欲しくて村を救ったわけじゃない。


「いや、いいですって。

 お礼が欲しくて村を救ったわけじゃ――」

「そうだ!

 アスト『お宝』を持ってきなさい」


 アストと呼ばれた村人は「お宝ですか!?」と声を上げる。

 お宝って、盗賊たちが欲しがっていたものか?

 だとしたら、せっかく守ったのに、俺達に渡しちまっていいのか?


「いま『お宝』は三つあるじゃろう?

 せっかく守り抜けたんじゃ、一つくらい渡してもよかろうて」


 村人は、渋々「お宝」を取りに行った。

 その村人が持ってきたのは――。


「――卵?」

「そうです。これは百年卵と言って、産みつけられてから百年後に孵化するというものです。

 もうすぐ、その百年が来るのですよ」


 村長は、その卵を丁寧に丁寧に、地面に置く。

 俺は試しに卵に近付き、触れてみた。


「百年卵ってことは、神鳥の卵か」

「あ、聞いたことあります」


 シェリーはポンと手を叩いた。

 俺も、こう見えて元冒険者だ。

 魔物に関する知識は人並みにある。


「神鳥……?

 なにそれ?」


 アンは、話についてこれていない様子だが。


「かなりの大きさと、知能を併せ持つ鳥類だ。

 長生きだが、個体数が少ないのと、百年に一回しか生まれないことから、いろんな国で指定保護魔物にされてる」


 村長は「さすが旅人様、お目が高い」と持ち上げてくる。

 なんか商人みたいだな、この村長。


「この村は、神鳥の卵を護るという名目で、王国から援助金をもらっているのですよ。

 村人たちにとって、本当に神様のような存在です」


 なんて村長は言うが、そんなものをもらってもいいのだろうか?

 まあ、いいのか。俺達が来なければ、全部盗賊に奪われていたんだ。


「まあ、くれるならもらうか。

 百年卵なんて、めったに見る機会も――」


 俺がそう言いかけた瞬間だった。

 卵に、ぴしりとヒビが入ったのは。


「……え?」


 次の瞬間には、卵の中から光が溢れて――。

――光が収まった時には、真っ白な毛で覆われた、一匹の拳大の雛が、そこにいた。


 最初に目が合ったのは、俺。


「ぴ?」


 神鳥の雛は、俺達を眺め、首をかしげる。


「う……生まれた……!?」


 そこにいた全員が、目を真ん丸にしていた。

 だが、俺が驚いたのは、そこではない。


「初めまして、お父さん!」


 雛が……鳥が……喋ったぁ!?

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