第7話 そのころ、パーティクラッシャー達は

 ここは人類にとってのフロンティア。

 前人未到のダンジョンの最奥部。

 俺、ムランはそこにいた。

 俺達は冒険者だ、こうしてダンジョンを攻略することで食っていく。

 邪魔者もいなくなったことだし、俺達の躍進は止まらないだろう。

 今日の戦いも、その輝かしい功績の一つとして、語り継がれていくのだ。


「なあトラ、今日は結構進んだよな。

 そろそろ最奥部に到達したいところだが」

「まだ着かないんなら、こんなところで引き返すのもありかもしれませんねぇ」


 姫の肩を抱き寄せ、乳をまさぐりながらトラは言った。

 確かに、姫も息を上げている。

 そろそろ下がるべきか……。


 その時だった、ゴゴゴとダンジョンが揺れ始めたのは。

 天井から埃が降り、不快な振動音が腸を揺らす。


「な、なんだ!?」

「ダンジョンのトラップが作動したのかもな」


 だが、どんなトラップが来ようと、俺達の敵ではない。

 邪魔者がいなくなった俺達は、もはや無敵。

 さらに姫の回復魔法があるんだ、負けるわけがない。


 この振動の主は、思ったよりも早く俺達の前に現れた。


「タ……タチサレ……」


 その姿は、岩で形作られた鎧。

 粗削りではあるが、明確に人類の鎧をモチーフに作られていることがわかる。

 モンスターが鎧を着ているのだろうか?

 それとも、鎧の形をしたゴーレムか……。


「ハッ!

 何かと思えば、鎧の魔物か!

 新生パーティの力試しに丁度いい」


 タラは丸まった人ほどの大きさのハンマーを担ぎ、構えた。


「フッ確かにそうだ。

 だが相手は未知の敵、ぬかるなよ」

「そんなの、承知の内ですよ!」


 タラのハンマーに敵はいない。

 今までの旅から、そのことは承知の上だ。

 おそらく、今回の魔物も、一撃で――。


 ガキィン!

 

 だが、タラのハンマーは、鎧の魔物の剣に受け止められた!?

 そんなことはあり得ない!

 最強のドラゴンと呼ばれた魔物すらも砕いた一撃だぞ!?


「な、なんだと……!」


 タラは驚愕する。

 あのタラが敵わないとは……。

 こいつは、俺達の想像を超えた上級魔物なのか!?


「兄貴は油断しすぎだ」


 次いで、トラがメイスを手に、鎧の魔物へと殴り掛かる。

 今、奴の剣はタラのハンマーを受け止めている。

 側面はがら空きだ。


「はぁ!」


 トラの一撃は、鎧の魔物の頭部に直撃した。

 最強のパーティの一撃、耐えられる魔物などいるわけがない!

 

 ……だが、鎧の魔物は、びくりともしなかった。


「……効いていない!?」


 次の瞬間、鎧の魔物の咆哮が、ダンジョンに響き渡る。

 臓器をぐちゃぐちゃにかき乱されるような声……これは、危険だ!


「タラ、トラ、離れ――」


 俺の声を遮り、鎧の魔物の周囲を、不可視の斬撃が通る。


 タラとトラはその斬撃に切り裂かれ、鮮血をまき散らしながら倒れた。

 その鮮やかな血が、俺の脳裏に焼き付くようで……。


「い、痛え!」

「うわ……うわっ!」


 タラとトラは、深く刻み込まれた傷に、取り乱しているようだ。


「姫!

 回復魔法を!」

「は、はい!」


 姫は少し離れた位置から、回復魔法をかける。

 鎧の魔物に下手に近付いては、危ないからだ。

 だが、距離が離れてしまえば、回復速度は落ちる。

 ……それに、本来の回復速度も、フェルに比べて、かなり遅い……。

 いや、俺は何を考えているんだ。

 あいつは無能だったはずだ!

 でも、あいつなら身の危険など省みずに、タラとトラに近付いただろう。

 あいつが仲間を見捨てることは……。


 そこまで考えて、俺は雑念を払う。

 あいつはバフをサボっていたんだ、追放されて当然だ。


 でももし、フェルが残っていてくれたら……奴のバフがあれば、鎧の魔物に苦戦することはなかった……?


「そんなはずは……そんなはずはないんだ!」


 俺は背負っていた大剣を構え、鎧の魔物へと駆け出した。


「はああああああああ!」


 そして、その剣を大きく振りかぶり――鎧の魔物の脳天に叩きつけた。

 だがその攻撃は、全く効いていない。


「なぜだ……なぜだ!」


 俺は何度も何度も鎧の魔物に剣を叩きつける。

 だが奴は、効いている様子も、動き出す気配もない。


「俺達はトップクラスなんだ!

 人類最強なんだ!」


 もう一度剣を振りかぶった時――不可視の斬撃が、俺の腸を切り裂いた。


「ぐあ……!?」


 俺に攻撃が効いた……?

 そんなことはあるはずがない。

 今まで、どんな鋭い剣の攻撃を受けても、この体に傷がつくことはなかった。

 なのに……、そんなこと、あり得ない。


 いや、あり得ないことはない。

 フェルだ、あいつのバフがあったから、今まで傷を負うことはなかった?


「い、痛ぇ……」


 あまりの痛みに、俺は立っていることが出来ず、その場に倒れこんだ。


 視界がゆがむ……全身に力が入らない。

 俺は……ここで死ぬのか……?

 今、鎧の魔物に攻撃されれば、俺は死ぬ。

 だが――。


――鎧の魔物は、俺達に何もせず、ここから立ち去って行った。

 なぜだ……?

 まさか、俺達が弱すぎるから、迎撃する必要がないということか……?


 だが、助かった……。

 俺は、今生きていることを、神に感謝した。


「ひ……姫……回復魔法を……」

「は、はい」


 姫は俺達の前に跪き、回復魔法をかける。

 だが、傷の治りが遅い。


 フェルだったら、瞬時に傷を治療することができていた。

 こんなに痛みに苦しむこともなかった。


「ひ、姫!

 俺も、俺も頼む……!

 このままじゃ……死んじまう……!」

「ま、待ってよ兄貴!

 俺の方が先だ!

 い、意識が遠のいて……!」


 なんて情けない……。

 我先にと回復を待つ、トラとタラを見て、そう思ってしまった。


 姫が回復してくれるなら、治りこそ遅くても死ぬことはないのに。


 だがそんなときに、俺達がいま一番聞きたくない言葉が、姫の口から出てきた。


「す、すみません。

 魔力が切れそうです……。

 あと少ししか、回復魔法は……」


 その言葉に、トラとタラ、二人の表情が恐怖に染まる。


「ひ、姫……じょ、冗談だよな……!」

「ははは、こんな時にもユーモアを忘れないなんて、姫は可愛いなぁ……」


 だが二人の言葉に、姫は答えない。

 絶望に染まった表情で、姫は視線を落とした。


「じょ、冗談だよな……そうだと言ってくれよ……」


 タラの声は、震えていた。

 姫の言葉が冗談じゃないと、最初から気づいているのだろう。


 俺の傷は、比較的浅い。

 なら優先すべきは、トラかタラか。


「姫、トラかタラの治療を優先してくれ……俺はこのままでも大丈夫だ」


 魔物に襲われなければ……。

 そう心の中で付け足し、姫をトラとタラの下へと向かわせた。


「あ、兄貴、俺が先だよな……。

 さっきから指先が冷たいんだ。

 このままじゃ俺、死ぬ――」

「いや……俺だって死ぬほど痛いんだぞ……!

 喋るたびに、血が出てきて……止まらないんだ!」


 姫はそんな二人を見て、声を荒げる。


「しゃ、喋ってはダメです!

 なけなしですが、まだ少しだけ、回復魔法は使えますし……。

 それに、魔法を使わない応急処置も――」

「俺が先だ!」


 そんなとき、タラが寝そべったまま、同じく寝そべっているトラを殴りつけた。


「お、お前……兄貴に向かって……!」


 トラも、タラを殴り返す。

 二人とも、争っている場合ではないのに……!


「やめろ!

 そんなことをしていては、本当に死ぬぞ!」


 だが二人は、殴り合いをやめない。


「大体、姫!

 姫が悪いんだぞ!

 フェルだったら即座に治療してくれたのに……!」


 今、一番言ってはいけないことを、タラは口にした。

 きっと、ここにいる全員が思ってはいたが、絶対に言わんとしていたことだ。


「タラ!

 姫は悪くないだろ!

 まだダンジョン初心者なんだぞ!」

「そんなこと言って!

 兄貴が姫とイチャイチャして、調子乗ってフェルを追放なんかするから、こうなるんだ!

 死んじまえば元も子もないのに!」

「なんだと……!」


 俺達は、本当にここで死ぬのだろうか。

 そんな恐怖が、俺の足元から心臓まで、這ってくるようで……。

 俺は、力の入らない拳を、地面に叩きつけた。

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