第25話 聖剣の使い手〈インフェクター〉

 俺は聖剣を構えて、ドラゴンへと駆け出した。

 今の聖剣の出力なら、あのバリアも破れる!


「くらえぇぇぇ!」


 俺はドラゴンの喉の下に潜り込み、顎の下を突き刺さんと聖剣を突き出した。

 その一撃は、バリアによって阻まれる。

 だが、ここで止まる出力じゃない!


「いっけぇええええええええええ!」


 聖剣はバリアをわずかに切り裂く。

 だが、相手もバリアの出力を上げ、応戦する。

 まだだ、まだ出力は出る!

 聖剣の脈動は早まり、その輝きは強くなる。


「終わりだ!」


 俺は自身の力のすべてを、バリアに注ぎ込んだ。

 次の瞬間――!


 ズドンと、聖剣はドラゴンの喉元を突き刺した。

 俺はぐりぐりとドラゴンの喉をえぐり、聖剣を抜き放った。

 死が溢れていた地下室に、新たな血痕が増えた。


 だが、ドラゴンから助けを求めるうめき声はまだ聞こえる。

 ドラゴン本体は死んだが「みんな」はまだ生きているということか。


「ば、バカな……!

 僕のドラゴンが……!」


 館の主はがくがくと足を震わせ、腰を抜かした。

 これで奴とスノウのバリアは剥がれた筈だ。


「アン、スノウを頼む」

「わ、わかった」


 俺は館の主に歩み寄り、聖剣を突き付けた。


「おいお前、よくもうちの大切な仲間に手を出してくれたな!

 洗いざらい話してもらうからな!」

 

 男は震えながらも「自警団が黙ってないぞ」なんて抜かす。

 俺は呆れながらも、奴の喉元に聖剣を近づけた。


「まず一つ、あの神鳥に何をした?」

「だ、誰がしゃべるか――!」


 男は反抗の様子を見せるが、俺が剣を振り上げると「ひい」と身を震わせた。


「ま、まだ何もしてない!

 呪術がエンチャントされた枷を付けただけだ!」

「ほう……」


 まずは、よかった……。

 スノウの身に何かあってはと、ずっと心配だったのだ。

 俺はひとまず、胸をなでおろした。


「それじゃあ二つ!

 聖剣について何か知っているのか?」


 こいつは先ほど「インフェクター」とか言っていた。

 確実に聖剣について何かを知っていると見ていい。

 そして聖剣は、シェリーに何か関係がある。

 つまり、この男が知っていることが、シェリーの謎につながるのだ。


「ぼ、僕が知っているのは……。

 聖剣には守り手である『キャリアー』と、使い手『インフェクター』がいるということだけだ。

 それ以外は何も知らない!」


 この男が聖剣の謎を隠して、何か得があるとは思えない。

 守り手の「キャリアー」と使い手の「インフェクター」……。

 きっと聖剣の力を引き出したシェリーが「インフェクター」なのだろう。


「わかった。

 それじゃあ三つ目だ。

 お前はここで何をしていた?

 なぜドラゴンなんかがここにいる?」


 これは完全に、好奇心からの質問だった。

 おそらくキマイラ・ドラゴンは、こいつがドラゴンをもとに作ったものだ。

 そんなものを作って、何になる?

 こいつは、何を目的に動いているんのか気になったのだ。


 男は俯いていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「……認めてもらうのさ」

「誰に?」


 だが、男の口から飛び出た名前は、想像を絶するものだった。


「魔王様にだよ」

「な!? 魔王!?」


 魔王、最前線のその向こう、魔王城に住むとされる魔族の王。

 冒険者ギルドとは、本来魔王を倒す者たちを集めた組織なのだ。

 その魔王が、どうしてここで出てくる?


「僕は天才錬金術師だ!

 魔王様に認めていただき、魔王軍に入る!」


 なるほど、多額の税金を納め、街の後ろ盾を得て、やっていたことは、魔王に利する行為だったというわけだ。

 変な話だ。


 だがこれで、この男の目的は聞けた。

 人さらいの現行犯を掴んだ。

 もうこの街に、この男の居場所はない。


 男は「だから、君達に戦って確かめて欲しかったんだ――」と続け、何かを取り出そうとした。

 

 させるか!

 俺はすぐさま聖剣を振り、男の腕を切り落とそうとする。

 だが――。


 パアン!

 その時、男の左腕が……はじけとんだ。

 

「なに!?」


 その衝撃に、思わず聖剣の手を止めてしまった。

 その一瞬が命取りだった。


「僕の作品の強さをね!」


 その瞬間、男の全身がはじけ、心臓だけが露わになった。

 なにが……何が起こっている……。

  

 シェリーはその光景に、口元を押さえていた。


 奴の心臓は高速移動した……ドラゴンに向かって。

 そしてドラゴンの体に触れ、溶けて吸収されていく。

 まさか、ドラゴンと一つになる気か!?


 奴の心臓がドラゴンの体に触れ、ドラゴンは少しずつ体を起こす。


「させるか!」


 すかさず聖剣を手に、ドラゴンへと駆け出すが、奴の咆哮を聞いてしまい、体が再び動かなくなった。

 なぜだ、まだ聖剣の鼓動は聞こえるのに、なぜ動けない!


「ははは!

 これで僕も『みんな』と一つだ!」


 男の声がドラゴンから聞こえた。

 これがこいつの切り札ってことか。


「シェリー……手を……!」


 体が動かないなら、シェリーを頼るしかない。

 思った通り、シェリーは呪術を内包する声など、物ともしていなかった。

 高い呪術耐性、これも「インフェクター」としての力……?


「は、はい!」


 シェリーは、パタパタと歩み寄ってくる。


「させるか!」


 ドラゴンはすかさず俺達を攻撃しようとした。

 ――が、途端に動きを止めてしまった。

 なんだ?


「う……ぐ……くる……しい……!」


 ドラゴンの様子がおかしい、苦しがっている?


「た、助け……助けてくれ!」


 その声と共に、ドラゴンの咆哮が響き渡る。

 奴は我を忘れて、呻いていた。

 地面や壁に体を叩きつけながら。


 奴の声全てに呪術が付与されている。

 声を聞いてしまった者は、奴にトドメを刺してやれない。

 だが、俺にならできる。


「フェル、どうすれば……!」


 シェリーに触れてもらったことで、聖剣の鼓動が強まった。

 俺も動けるようになったが、シェリーに触れてもらっている間だけのようだ。


「お前はインフェクターっていう特別な人間らしい、聖剣の出力を上げられないか?」

「聖剣の……出力ですか?

 やってみます!」


 シェリーは目をつぶり、集中しているようだった。


 その間にも、ドラゴンは地下室を破壊し続けている。


「フェル!

 ここが崩れようとしてる!

 早く奴をどうにかしないと、私たち全員ぺちゃんこだよ!」


 ドラゴンの声を聞き、動けなくなったアンが叫ぶ。


「わかってる!

 でも、あいつを倒してからだ!」


 その時だった、シェリーが何かに気が付いたように、目を開いたのは。


「聖剣が……呼んでいる……!」

「何かできそうか!?」

「できます!」


 そしてシェリーは聖剣を上に向け、力を注いだ。

 刹那――。


 巨大な光刃が、聖剣から出現。

 地下室の天井をも突き抜けて、はるか上えと伸び始めた。


「これは……!」

「フェル、今です!」


 俺はシェリーの声に頷き、光刃を放つ聖剣を――。

 一気に振り下ろした。


 ズバァン!

 その一撃はドラゴンを容易く切り裂き、両断した。

 体の中央から綺麗に分割されたドラゴンが、力なく倒れた。


「ああ……ありがとう……」


 そんな声を、残して。


――――――――――


「う~ん。なんて報告すべきか……」


 帰り道、スノウを背負いながら、俺は頭を悩ませていた。

 相手が極悪人で、しかも最後は自分でドラゴンの一部となったとはいえ、俺達がやったことは人殺し。

 いらない疑惑が掛けられる前に、自分から話せることは話した方がいいということになった。

 高額納税者がいなくなったとなれば、必ず自警団は動くし、黙っていては俺達の方が悪者にされてしまう。


「正直に話すしかないでしょ」


 アンはこういうが、そもそも俺達が館に潜入したのが犯罪なんだ。

 俺達が捕まってしまっても、文句は言えない。


 その時だった、力なくおぶられていたスノウが、ピクリと動いたのだ。


「お、お父さん……」

「お、スノウ、目を覚ましたか?」

「うん……」


 未だ衰弱が見えるが、呪術の影響だろう。

 すぐに良くなる。


「お父さん……絶対来てくれるって……信じてたよ……」


 スノウはなかなか嬉しいことを言ってくれた。

 最初はうるさい鳥だなんて思っていたが、いつの間にか自分の娘のような存在になっている。


「ああ、俺は仲間は見捨てないからな」

「私、仲間じゃヤダ……お父さんの娘がいい……」

「俺まだ結婚すらしてないんだけど……」


 すると、シェリーの笑い声が、静かな通りを彩った。

 不意に、日差しが俺達にさした。

 どうやら、朝が来たようだ。

 一仕事終えての夜明けは、すがすがしい気分だった。


 そんな様子をアンは大切そうに見ていた。

 俺と同じ気持ちなんだろう。

 その一方で、アンはどこか寂しそうだった。

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