第26話 仲間という遅効毒

 ある晴れた日、俺達はウィドウの街の通りを歩いていた。

 人であふれる通りは、活気にあふれている。

 そんな場所で過ごすのが、俺は好きだった。


 本来、今日は自警団に自首しに行く予定だったのだが、アンの提案から、よくよく考えてみると、隣国の姫が攫われた事件を自警団が知らないわけがない。

 下手に刺激することはしない方がいいという結論に至った。

 となると、やることがない。

 普通なら働いて、日銭を稼ぐ必要があるが、俺達はそうじゃない。

 俺が最前線で戦っていた際に、使い道もなく溜まった大金があるからだ。


 どうせやることがないならと、俺達は街へ繰り出した。

 よく考えたら、シェリーも最近は豪勢な料理にありつけていないだろうし、飯でも奢ってやろうと思って。


 はぐれないようにするためか、スノウは俺の腕をぎゅっと抱きしめていた。


「シェリー、なんか食いたいもんとかないか?」

「食べたいものですか……?

 特に思いつきませんが……」


 だったら、どこでもいいか。

 確かここら辺に、量と味の濃さで冒険者の間で人気だった食堂があるはずだ。

 そこで腹ごしらえといこう。


「お父さん、私ミミズが食べたい!」


 スノウはバカなことを言い出す。

 いや、鳥だからこれが普通のなのか?

 でも今まで、人間の食べ物を普通に食べてたよな?

 

「我慢しなさい。

 今、うまい飯屋に連れてってやるから」

「はーい」


 そういえば、アンは今日、妙に静かだな。

 いつもならシェリーと話をしていることが多いのに。


「そういえばアン、今日はどうした?

 腹が痛いとか?」


 アンの方に振り向くと、彼女は俯いていた。

 何か考え事か?

 

 俺の声を聞き、アンはハッと顔を上げる。


「い、いや、なんでもない」


 それから一瞬、視線を泳がせ――。


「ねえフェル。この後のことなんだけど」


 と言葉を続けた。


「すごーい、たくさん!

 それにおいしい!」


 五人前はあろうスパゲッティをすすりながら、スノウは満面の笑みを浮かべていた。

 目的の店に着いた俺達は、各々が好きな料理を頼んでいた。

 店内は、主に冒険者であろう人々で大盛況だ。


 スノウがずるずると食べているこのスパゲッティ。

 飽きが来ない味の濃さで、この量。

 ほかの店なら一人前の値段だ。

 冒険者時代はとにかく腹がすいたから、よく世話になったもんだ。


「あ、スノウちゃん。

 これはそう食べるものではなくて――」


 スノウの豪快な食べっぷりを見かねてか、シェリーのテーブルマナー講座が始まった。


「まずスプーンとフォークをもって、スプーンの上で麺を巻いて――」

「楽しそう!」


 どうやらスノウは食べ物でやる遊びだと勘違いしてしまったようだ。

 食べ物で遊ぶなと、後で言っといてやらなければ。

 なんて考えていた傍ら、アンは暗い表情で、店内の盛況っぷりを眺めている。


「アン、どうかしたか?」

「あ、いや、すごい量だなって」


 こいつ、本当はそんなこと考えてなかっただろ……。

 何か俺達に言えない悩みでもあるのか?


「そうだろ?

 俺が冒険者だった頃は、この店でよくワイワイ騒いだもんだ」

「そう。フェルは、冒険者だったんだよね」


 こいつ、なんでそんな決まりきったことを訊いてくるんだ?


「ああ、そうだけど」

「私は――」


 アンはそこまで言って、言葉をのどに詰まらせたようだった。

 何を言おうとしたんだ……?


「――いや、いい」


 するとアンは「いただきます」と言い、目の前に置かれていた超特大ステーキに手を付けた。

 ……なんなんだよ、ほんとに。


 食事を済ませた俺達は、アンの提案でとある店に向かっていた。

 どうやら、スノウが変身しても破れない服を作っている店らしい。


 そこへの道でも、アンは暗い表情を浮かべていた。

 俺はアンの隣で、彼女の様子を伺う。

 べ、別に心配なわけじゃない。

 ただ、怪しい行動をしないか監視するだけだ。


 シェリーとスノウは俺達のすぐ前を手を繋いで歩いている。

 歌を歌いながら陽気に歩く二人の姿は、見る者を癒す効果があった。

 こんな日常、守っていかなければな。


「あ、この路地裏に入って」


 アンによれば、この路地裏を抜ければ店に着くらしい。

 通りは人で賑わっているが、路地裏となると途端に人通りが少なくなる。

 俺が冒険者だった頃は、よく路地裏でチンピラと喧嘩したもんだ。


 その時だった。

 不意に、俺の手がシェリーに掴まれる。


「お、おい、なんだよ……」

「落とし物をしてしまったみたいなんだ。

 感知魔法で探せない?」


 そして俺を、ぐいと通りへ引きずり出そうとする。

 だが、明らかに様子がおかしい。

 落とし物……?

 何かを落としたのなら、まず本当に失くしたのか全身をくまなく探すはずだ。

 だが、そんな素振りは一切見せなかった。

 しかも今、アンは俺とシェリーを引き離そうとしている。

 これを怪しむなという方が無理な話だ。


 俺はアンに逆らい、その場にとどまった。


「アン、何か俺達に隠しているだろ?」

「そ、そんなこと……」


 明らかに様子がおかしいんだ、シェリーが気付いていないはずがない。

 俺はシェリーに「なあ」と話を振る。

 

 だが、そこにいたシェリーは、無数の男たちに、捕らえられていた。


「な……シェリー!」


 すぐさま聖剣を抜刀しようとした俺の首元を、ナイフが掠る。

 ナイフを投擲したのは、アンだった。


「アン、何のつもりだ!」


 俺の驚愕も束の間、アンは俺を押し倒してきた。

 後方からの突然の攻撃に、判断が遅れてしまった。

 そもそも、今完全に油断していたのだ。


「ぐっ!」


 体が地面に衝突し、喉元に強い衝撃を覚える。

 そんな俺の顔のすぐ近くに、ナイフが突き立てられた。


「フェル、私の言うことを聞いて!」

「誰が聞くか!」


 アン一人くらいなら、筋力強化がなくても投げ飛ばせる。

 どうせろくでもないことを言うんだろう、だったら言われる前に――。


「プリンセスのことは忘れて、静かに暮らして!

 彼女達は、私が責任をもって預かるから!」


 だが、彼女の口から飛び出た言葉に、一瞬抵抗をやめてしまった。

 静かに暮らす?

 それが、ここで言うことか?


「それって、どういう意味だ……!」

「心配はいらないって意味」

「なに……!?」


 その時、ドクンと俺の心臓が唸った。

 猛烈な眠気が俺に襲い掛かってくる。

 まさか、さっき首元を掠った一撃に、毒が……?


 揺らぐ視界の中で、アンはシェリー達と共に、どこか去って行った。


 どうしてだ、アン……!


「すりーぷ……きゅあ……」


 俺は状態異常回復の魔法を唱える。

 だが、間に合わない。

 魔法が効くのと、俺が意識を失うのは、ほぼ同時だった。

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