第27話 目指せ、暗殺ギルド

「に……ちゃん……。

 ……いちゃ……ん」


 誰かが呼ぶ声が聞こえる。

 真っ暗闇な世界の中で、確かに俺を呼ぶ声が聞こえる。


 だけど、真っ暗な闇が、俺を脱力させるんだ。

 ずっとこのままでいいかって気持ちにさせる。

 なにか、大切なことを忘れてる気がするんだけど。


 そう、何か……大切なことを。

 少しだけ、声に耳を傾けてみよう。

 そうすれば、大切なことを思い出せるかもしれない。


 回復する視界。

 俺がゆっくり目を開くと、俺の視界はぼやけながらも、一人の顔を映し出した。


「――武器屋の、おっちゃん……?」

「俺が見えるか?

 まったくどうしたんだよ、こんなところで倒れて」


 こんなところ?

 俺は確かにベッドで寝た筈――。

 

 その時、俺は違和感を覚えた。

 眠った覚えがないのだ。

 なのに、俺は眠っていた。


 なんでだ?

 俺は今まで、何をしていたっけ?


 不意に、男たちに組み伏せられたシェリーの姿が浮かんだ。

 ――そうだ。俺は、アンにやられて――!


「おっちゃん!

 ここから連れ去られる女の子を見なかったか!?」

「お、落ち着け、急に起きるんじゃない!」


 おっちゃんは俺を抱き起してくれた。

 まだ足元がおぼつかないが、何とか立っていられないことはない。


「何かあったんだな。

 ここじゃなんだ、俺の店に来い」

「そんなちんたらしてられないんだ!

 すぐに追いかけないと!」

「誰を、どこまで追いかける?」


 おっちゃんは、混乱する俺とは対照的に、とても冷静だ。

 確かにおっちゃんの言うとおりだった。

 あれから何時間経ったかもわからないのに、追いかけることなんて不可能だ。


「そ、それは――」


 おっちゃんの問いに、俺は答えられなかった。

 その事実が、俺の頭を冷やす。


「わかった。

 店まで行くよ」


 仕方なく俺は、おっちゃんの店まで付いていくことにした。

 シェリー達がひどい目に合っていないことを、願いながら。


「それで、なんであんなところで寝てたんだ」


 おっちゃんの武器屋にはいってから、おっちゃんは淹れてきたコーヒーと共に問うてきた。

 どこまで話したもんか……。

 シェリーが攫われた理由――彼女がプリンセスであることは言えないし……。


「仲間に裏切られたんだ。

 それで、他の仲間を攫われて、俺は眠らされちまった」

「攫われた?

 何のために?

 確かにお前さんのパーティは別嬪さん揃いだったが……」


 俺にはわかる、アンの後ろに何がいるのか。

 あの時、シェリー達を拘束したのは、何者だったのか。


「暗殺ギルドだ……。

 俺達は、あいつらに目を付けられている」

「暗殺ギルドに?

 何やらかしたんだ、お前たち?」

「それは……言えない……」


 おっちゃんはしばらく黙り込むと、大きくため息を吐いた。


「あの暗い館の主を倒したのは、お前だな?」

「なんだよ、突然」


 その話はまだ誰にもしていない。

 だけど、なんでおっちゃんが知っている?


「お前さんが持ってるのが、聖剣だからだ。

 暗殺ギルドが相手なら、隣の店主が何か知ってるはずだ」


 話が繋がらないぞ……?

 でも確か、隣の店主と言えば、娘が館の行方不明事件の被害者だったな。

 それに何か関係があるのか?


「とにかく、隣の店に行くぞ」


 隣の店は、ポーションショップ。

 ヒールポーションや筋力アップポーションなど、様々なポーションを扱っている。

 俺は武器屋のおっちゃんと共に、その店を訪れた。


「は~い」


 店に入ると、誰もいない店内に、女性の声が響き渡る。

 奥から出てきたのは、中年の女性だった。


「おばちゃん、この前娘さんが夢に出たって言ってたよな。

 多分その時に言っていた聖剣を持った男ってのが、こいつだ」


 おっちゃんはそう言って、俺の頭に手を置く。

 夢に娘が出た……?

 まさか、俺がキマイラドラゴンを殺したことで、娘さんが解放されたってことか?

 それで、母親の夢に……?


 にわかには、信じられない話だ。

 だが、アンデットと言う種族もいることだし、亡霊が夢に干渉してきてもおかしくはない。


「え……この子が……?」


 ポーションショップのおばちゃんは、今にも泣きそうな表情で、俺へと歩み寄ってくる。

 そして、俺の手を強く握った。


「私の娘は……どうなっていました……?」

「ちょ、ちょっと話が読めないんだけど!」


 なんで俺があの館に忍び込んだことを、みんなが知っているんだ?


「お前さんが館の話を振ってきた数日後に、このババアが夢に娘が出てきたって言ってな。

 夢に出てきた娘曰く、聖剣を持つ男が自分を解放してくれたらしい。

 俺の知る限り、聖剣を持ってる男はお前以外いない。

 だから、お前が館の主を裁いたってことが、この辺で噂になっているんだ」


 う、噂って怖いな……。


「あの、娘は……!」


 おばちゃんは、真に迫った表情で、俺に問いかけてくる。

 俺に言えることは……。


「娘さん達は……人じゃなくなってました。

 魔物になっていたんです。

 だから……俺が……」

「そう、ですか……」


 それからおばさんは、数十分泣いた。

 おばさんの嗚咽が、店に響き渡る。


 その後、まだ涙が枯れていない様子で、俺に話しかけてきた。


「ありがとうございます。

 あなたのおかげで、娘は救われました……。

 この恩は、必ず……!」


 そうか……。

 おばちゃんは、娘さんの死との折り合いをつけたんだな。


 その時、不意におっちゃんが口を開いた。


「なら、一つ力を貸してほしい。

 相手は、暗殺ギルドだ」


 おばちゃんの顔つきが変わる。

 涙で濡れていた今までのとは違う、芯の通った人間の顔だ。


「話を聞かせてくださる……?」


 俺は、さっき起こったことを話した。

 シェリーが攫われた理由だけをぼかして。

 すると、おばちゃんは――。


「暗殺ギルドには、私達も手を出せません。

 でも、場所を教えることくらいはできます」

「ほ、本当か!」


 しめた!

 暗殺ギルドの場所さえわかれば、俺一人でも突入して、シェリー達を救ってやる!


「この街にあるのは暗殺ギルドの総本部……!

 うかつに近づけば、死ぬことになります。

 それでも行かなければならないのですね」

「ああ!」


 そうして俺は、暗殺ギルドへのアクセス法を知ることができた。

 アン……俺も、やられっぱなしじゃないぞ!

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