第21話 昏い館

 幸い、昨晩の間にシェリーに危害が加えられることはなかった。

 俺の取り越し苦労だったというわけだ。

 とはいっても、俺達はお尋ね者。

 油断は禁物だ。


 次の日、俺達は全員で行商協会へと向かった。

 っというのも、なんと竜の素材の買い手が付いたという情報が入ったのだ。


 行商ライセンスは、簡単な通信魔法が使えるように細工されている。

 向こうからの一方通行だが、文通のように連絡が受け取れるのだ。


 俺達の下に届いた通信の内容は「リュウノソザイウリ」。

 つまり、竜の素材が売れたという意味だ。


 素材が売れたのなら、金銭を受け取るためにも、一度協会に顔を出さなけらばならないだろう。


「――そうそう、竜を一目見るや否や、値段も聞かずに買って行ってね。

 宅配希望らしいから、その地図に描かれてる場所まで運んであげて欲しいのよ」


 協会のおばちゃん曰く、買い手が宅配を希望した場合、出品者が届けるのが決まりらしい。

 もちろん、金で誰かに依頼することもできるが、せっかく自分の馬車を持っているんだ、自分で届けるのが一番だろう。


 俺達は馬車に竜の素材を積み込んだ。


 そんな俺達をみて、おばちゃんは「そうだった」と口を開いた。


「そこの館に住んでる人、結構危ないらしいから、みんな気を付けるのよ……!」


館に住んでいる人が、危ない……?


「それってどういう意味ですか?」

「その館の周りでね、行方不明事件が多発しているのよ」

「へぇ……」


 正直俺は、話半分に効いていた。

 俺達がそう簡単に行方不明になるとは、思えなかったからだ。


「ご忠告ありがとうございます」


 シェリーはおばちゃんに対し、丁寧に礼をした。


「それじゃあ、行くか。

 アン、スノウの服を収納する奴、やってくれ」


 アンは「はいはい」と頷き、スノウの前に手をかざす。

 二人は「せーの」とタイミングを合わせると、アンは服の収納、スノウは変身を同時に行った。

 スノウの体が輝きだし――。

――光が収まると、スノウのいた場所には、巨大な神鳥が立っていた。


「ふぅ、成功。

 スノウ、人に戻るときはちゃんと私に言ってよ」

「はーい!」


 その光景を見て、おばちゃんは目を真ん丸にしていた。


「よし、出発!」

「しゅっぱーつ!」


 そして俺達は、地図に描かれた館へと向かうのだった。


 館に到着した俺達は、その外装に顔をしかめた。


「なんというか……暗いな」


 黒い屋根に、灰色の壁、壁を伝う蔦、飛び交うカラス。

 その館のすべてが、俺達に暗い印象を与えていたからだ。


 まあ、あんまり人の家を悪く言うのはよくないよな。


 俺達は格子の門をくぐり、馬車を館に入れる。

 

「にしても広いな……ギルド総本部よりも広いんじゃないか?」

「ドラゴンの素材を値段も聞かずに買って行くんだ。

 随分な富豪に間違いはない」


 俺達は馬車をドアのすぐ近くに付け、ドアノッカーを叩いた。


 するとしばらくしてから、館のドアがゆっくりと開かれた。

 中から出てきたのは、黒いローブを纏った男。

 家の中でもローブを纏っていることに、俺は小さな違和感を抱いていた。


 スノウなんか、完全に怖がっている。


「す、すすみません。は、は運んできていただいて……」

「いえいえ、お買い上げありがとうございます。

 どこまでお運びすればよろしいですか?」


 俺は精一杯の笑顔で応対するが、どうしても顔が引きつってしまう。

 それくらい、この館と男は暗いのだ。とにかく暗い。


「げ、げ玄関までで大丈夫です」

「承知しました。

 少々お待ちください」


 俺達は荷車の中に入り、ドラゴンの素材に手を掛ける。

 アンに尻尾を、俺が肩をを、ゆっくりと荷車から降ろす。

 シェリーは落とされた首を持っていた。

 

 そして、そのまま館の中にドラゴンを運び込んだ。


 館の内装は、豪華絢爛だった。

 金色の装飾に、シャンデリア、所々に飾られた魔物の剥製。

 金持ちって、こんな部屋に住んでいるのか……。

 だが一つ言えることは、明かりが少ない。

 やはり暗いのだ。


 床のタイルは綺麗に磨かれているとは言いづらい。

 とはいっても、ここに竜をどんと置くのは憚られる

 だが、男は「そこに置いてください」と言った。


 俺達は眉を顰めながらも、竜の素材をやさしく床に置いた。


「注文の品は以上でよろしいでしょうか?」


 俺の言葉に返答することなく、男は俺達の背中を押して、館から追い出そうとしてきた。


「よ、よよよろしいです!

 あ、ああありがとうございました!」


 そして、俺達を館から出したと同時に、バタンと扉を閉めてしまった。

 ……人と話すことが苦手なんだろうか?


「……ちょっと態度悪くない?」

「ま、まあ、世の中にはいろんな人がいますから……」


 あまり気分はよくないが、そういう人もいる。

 品は売れたわけだし、協会に戻って金を受け取ろう。

 そうして、馬車を出そうとした、その時、俺は気が付いた。


「あれ……?

 スノウは……?」

「……いませんね、館が怖くて逃げちゃったんでしょうか?」


 確かに、スノウはあの男を怖がっていた。

 まだ生後数日だ、そのまま逃げてしまうこともあるだろう。


「そりゃ大変だ。

 シェリー、アン、スノウを探すぞ!」


 俺は馬車を引き、いったん協会に戻ることにした。

 スノウが面倒ごとに巻き込まれていないことを、祈りながら。

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