第22話 迷子の神鳥ちゃん

 俺達は馬車を行商協会に戻してから、スノウを探した。

 だが、不思議なことにスノウの目撃情報は一切なかった。

 神鳥の姿ならかなり目立つはずだし、仮に人間の姿となっていたとしても、すっぽんぽんだ。

 どちらにせよすごく目立つ。

 一切目撃情報がないなんてことは、あり得なかった。


 その時、俺の脳裏に行商協会のおばちゃんの言葉がよぎった。

「その館の周りでね、行方不明事件が多発しているのよ」

 という言葉が……。


 太陽が真上に上ったころ、俺達は噴水の前で、頭を悩ませていた。

 まだ数時間しか探していないが、それにしても目撃情報が少なすぎる。


「あの館の男、怪しかったね。

 館に侵入して、確かめてくる?」


 アンはそんなことを提案する。

 確かに、それができるなら、一番確実だ。

 白か黒か、わかるだけでもいい。


「で、でも、怪しいというだけで他人の家に侵入するなんて……」


 シェリーが引っかかるのは、そこらしい。

 もちろん、俺もそこが気がかりだ。

 俺達は自警団でも何でもない、そんな一般人の見解で、勝手に家に侵入するなんて、許されない。

 だが仮に、仮にスノウがあの男に捕まっていたとしたら、彼女の命が危ない可能性がある。

 そう、すべて「可能性がある」レベルの話なのだ。

 そんな状況で、人の家を荒らすだなんて、横暴にもほどがある。


 だが――。

 ループする思考の中、アンは俺達から離れようとした。

 俺はとっさに、アンの肩を掴む。


「お、おい、どこに行くつもりだ」

「キミに言って無駄なら、勝手に侵入するだけだよ。

 安心して、痕跡は残さない」

「そこを心配しているわけじゃなくて……」


 俺達がやろうとしていることは犯罪だ。

 だが、スノウの命には代えられない……か。


「わかった。絶対にバレるなよ。

 あいつが白か黒かわかれば十分だからな」

「うん、わかってる」


 そそくさと立ち去ろうとするアンの肩を、俺はもう一度掴んだ。


「今度は何?」

「絶対に先走るな。

 スノウがどんな目に合っていても、必ず俺達に報告に戻るんだ」


 普段のアンなら、ここでお道化るだろうか?

 でも、今日のアンは、明らかに普段と違った。


「それは、私が決めることじゃない」


 そう言ってアンは、俺の手を振り払った。

 スノウがいなくなって、一番堪えているのがアンなのかもしれない。


 アンが去ってから、俺は大きく伸びをした。


「わ、私達はどうしましょう……」

「突入することになるかもしれない。

 あの館に関する情報を徹底的に洗い出そう。

 ついでに、神鳥の目撃情報がないかも調べる」

「は、はい!」


 俺とシェリーは、片っ端から人に話しかけ、館の情報と神鳥の目撃情報を聞き込みした。


 館の近くの道で、掃除をしていたおばさんは。


「あの館ね~。あまりいい噂は聞かないわねぇ。

 人を攫ってるとか、人体実験をしているとか……噂でしかないんだけど」


 と言っていた。

 人体実験……それが本当なら、スノウも……。

 いや、まだただの迷子である線は消えていない。

 最悪のパターンを考えるのは止そう。


 露店を開いていたおっちゃんは。


「あそこね、信じられないくらいの税金を納めてるらしいんだよ。

 だから、自警団にも手が出せないらしいんだ」


 そう言いながら、舌打ちをした。

 なるほど、この街に後ろ盾を持っているということか。

 となると、法で裁くことは難しいだろう。

 もちろん、あの館の主が法を犯していると決まったわけではないが……。


 一応、武器屋のおっちゃんにも話を聞いた。


「ああ、隣の娘さんが行方不明になって、館の主を疑ってたな。

 未だに見つかっていないんだ。

 あそこはこの街の治外法権、仮にあそこの主が犯人だったとしても、誰も裁けないだろうな」


 なるほど、街のみんなからの評価はガタガタってことか。


 一通り聞き込みを終えたときには、すっかり日が沈んでいた。

 宿に戻った俺達は、シェリーを俺の部屋に招き、アンの到着を待った。

 すると、不意に俺の部屋の扉が叩かれた。


 ドアを開けた先にいたのは、アン。

 その顔には……憎しみを宿していた。


「フェル、プリンセス。

 彼は黒だ!」


 部屋にも入らないで、アンは叫んだ。


「……そうか」


 俺は驚かなかった。

 聞き込みの時点で、限りなく黒に近いと思っていたからだ。


「地下室で、スノウに足かせを付けて監禁していた。

 このままでは、いつ何されるか分かったものじゃない」

「ま、まあ落ち着け!

 作戦を立てる、いったん部屋に入ろう、な?」


 俺は肩を震わせるアンを部屋に招きいれ、ベッドに座らせた。


「っていうことで、黒であることが確定したわけだが……どうしたものか……」


 奴が犯罪者っていうのなら話は簡単なんだが、どうやら街の後ろ盾を持っているようだ。

 となると、俺達が館に突入したとき、自警団に逮捕されるのは俺達の方だ。


「迷ってる時間はないよ、フェル。

 今晩でいい、夜に侵入するんだ。

 地下に閉じ込められたスノウの存在を公にすれば、奴は捕まる」

「いや、聞き込みによると、あそこはこの街の治外法権。

 下手に手を出すと捕まるのは俺の方らしい」


 アンは小さく舌打ちをした。

 こいつも暗殺者ギルドだ、悪のやり口はわかっているだろう。


「でも、だからって私達がスノウちゃんを放っておく理由にはなりません」


 そこで口を開いたのは、シェリーだった。


「じゃあどうするの!?

 突入したら私達が悪者に――」

「行きましょう!

 なに、元々追われる身です。

 今、恐れるべきは、スノウちゃんを失うことです」


 シェリーの瞳は、一点の曇りもない。

 本気で、館に突入するつもりだ。


 そもそもこの旅は、シェリーの我儘で始まった。

 きっと、このメンバーにとっての意思決定権は、シェリーが持っているのだろう。

 誰が決めたわけじゃない、自然とそうなったんだ。

 シェリーの持つ、カリスマ性からか。


「危険だぞ、いいのか?」

「百も承知です」


 シェリーの腹は、決まっているようだった。

 だったら、俺達がやることはもう一つしかない。


 行こう!

 スノウ奪還だ!

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