第23話 潜入、謎の館

 俺達は深夜を待って、宿を出た。

 流石に白昼堂々潜入できるのは、アンなど手慣れた奴だけだからだ。


 すっかり人通りが少なくなった街を歩き、ついに館の前までやってきた。


「フェル、キミは索敵魔法も使えるんだよね」

「ああ、付け焼刃だけどな」

「十分。索敵範囲に人が入ったら教えて。

 敵に視覚妨害を掛けるから」


 アンの的確な指示に、俺は「了解だ」と返し、館を見上げた。


「それと、相手の索敵魔法を無効化できるのは、私本人だけ。

 仮に相手が索敵魔法を使っていて、私達の存在が悟られたら、そこからは――」

「突っ切る!

 ……だろ?」


 そうだ、それしかない。

 そもそも、俺とシェリーは隠密行動のイロハを知らない。

 強攻策に出るしかないのだ。


「じゃあ、行くよ……!」


 俺達は館の門をくぐり、正面玄関へと向かう。

 正面玄関に着いた俺達は、アンの解錠魔法の効果が出るのを待った。


 扉の鍵穴に手をかざし、魔力を押し込むアン。

 それからしばらくして、カチャっという解錠音が鳴った。


「フェル、室内に反応はある?」

「今のところない。

 敵は索敵範囲外だ」

「ってことは、地下室にいるのかもね……」


 そう、俺達の目的地は地下室。

 そこに、スノウが囚われているらしい。

 館の中は、まるで迷路のようだと、アンは言っていた。

 俺も詳しい間取りを聞いたが、いまだに覚えきれていない。

 とはいえ、この作戦の決行を遅らせることはできない。


 敵が地下室にいるとなると厄介だ。

 なぜなら、俺達の目的地に、敵が待ち受けているということだからだ。

 そうなると、館の主に気付かれずにスノウを連れ出すことはできない……。

 アンは「その時は任せて」と言っていた。

 本当は「そんなこと」を任せたくはない……だが、相手は法で裁けない人間。

 仕方ない……のか?


「とにかく、敵の反応がないなら、先を急ぐよ。

 スノウが危ない。

 プリンセス、少し早足になるけど、ついてきてね」

「は、はい」


 それから俺達は正面玄関を潜る。

 玄関の正面には、巨大な階段。

 階段は途中で二股に分かれ、その両方が別の扉へと繋がっている。

 一つ目の階段の突き当りには、謎の人物の自画像が飾ってあった。

 俺達は階段を上がり、左側の部屋に入る。

 その先は、長い廊下が続いていた。

 途中に曲がり角のある廊下を曲がり、手前から三番目の扉に入る。

 そして、本棚にあるとある本を退かすと、地下室への道が開かれた。


 おそらくアンは、館の主の後を付けてこれを見つけたのだろう。

 こんな仕掛けを、よく一度で覚えたものだ。

 流石は暗殺のプロというわけだ。


 だが、相手が地下室にいるのなら、これで館の主にも気付かれた可能性が高い。

 俺達はできるだけ足音を殺し、地下室への階段を下りる。


 その時、俺の索敵魔法に、人が感知された。

 魔物もだ。

 きっとこれが、スノウなんだろう。


「アン、人間一人、魔物一体」

「了解」


 するとアンとシェリーの姿が、突如として消えた。

 アンが全体に視覚妨害を掛けたのだろう。


「ブラインドキュア」


 俺は、俺達の視覚妨害を解除する。

 これで俺達一行の姿は見えず、しかし俺達だけはお互いを認識できるようになったということだ。


 その階段を下りた先に広がっていた光景は……凄惨だった。

 血が飛び散ったまま掃除されていない石レンガ、壁に並ぶ拘束具、ミイラと化した人。

 暗くてよく見えないが、抜身の死が、そこにはあふれていた。


 その死の空間に、館の主もいた。

 奴の視線の先には……スノウ!

 神鳥の姿のまま捉えられているが、今のところ外傷は見当たらない。

 無事だったか……。


 ぐったりとするスノウに対して、館の主は口を開く。


「ふぅ。準備はこんなものですかね。

 よろこびたまえ、あなたの魂は、みんなと一緒になれる。

 寂しくはない」

「わ、私を……どうするの……?」


 スノウは随分と衰弱している。

 何か魔法を掛けられているのか?


 俺はすぐにスノウを助けようと身を乗り出したが、アンに止められた。

 機会を待った方がいいということだろう。


「大丈夫。

 君もきっと、彼らとうまくやれる。

 今、彼らの元へと送ってあげるよ」


 館の主は、俺達から見て左側の壁の方に行き、壁に掛けられたろうそくに、火をともした。

 それによって、壁に描かれた魔方陣が、うっすらと見えるようになる。

 いや……これは魔方陣じゃない……。


 錬金術か!?


「ではまず、あなたの心臓を取り出そう。

 あいにく、神鳥用の麻酔はないからね、そのまま切り刻むけれど、大丈夫、痛みなど所詮は脳の錯覚に過ぎない」


 この男……何を言っていやがる!?

 心臓を取り出す……?

 そうか、こいつはスノウに錬金術的な価値を見出して、攫ったのか。

 こいつが錬金術師だとすれば、竜の素材を買って行ったことにも納得がいく。


「それでは、手術を始めよう。

 あなた達も、見ていくのだろう?」


 そう言って、男は俺達の方へと、振り返った。

 まさか、最初から俺達が見えて……。


 アンがとっさに、俺の口を塞ぐ。

 鎌をかけている可能性があるということか。

 俺達はアンに従い、口を閉ざしていた。


「ふふふ。

 そうやって見えていないつもりで黙っているのは……面白いね!」


 するとその男は、懐から一冊の本を取り出す。

 その本を開くと同時に、光で作られた矢が、俺の心臓目掛けて飛んできた。


「なっ!?」


 俺はとっさにそいつを躱す。

 心臓への正確な狙い……こいつは、見えている。


「まさか、見えているとはね」

「錬金術師を侮ってもらっては困るよ」


 男は本を閉じ、懐へとしまった。


「あなた達、見たところ冒険者だね?

 丁度、あなた達のような人間に、試してもらいたいことがあってね

 そのためにあなた達をおびき寄せたのさ」

「試してもらいたいこと?」


 じゃあ、今まで俺達は、奴の手のひらの上で踊ってたってことか。


「そう、みんなの相手をしてほしいんだよ」


 そう言うと、館の主は、先程の錬成陣の反対側……暗闇に包まれている空間を指した。


「みんな……」


 その暗闇の奥から……咆哮が、俺達の内臓を揺さぶった。

 魔物!? こんなところで飼っていたというのか!

 俺の索敵魔法に、無数の反応が現れる。

 一体の魔物と……数十人の人!?


「ナイトアイ」


 俺とアンは、互いに暗視魔法を使う。

 俺の目に移った魔物は……。

 長い首に、四肢。

 そして、一対の翼……爛れ落ちた鱗……。

 まさか――。


「――ドラゴン、ゾンビ!?」


 いや、違う!

 奴の手を見て、俺は驚愕した。

 指に、人の顔が付いているのだ。

 生きた人が、竜の指となって叫んでいるのだ。

 助けて、助けてと。


 こいつは……!


「キマイラ・ドラゴン。

 僕はそう名付けた」


 館の主は、自慢げに話す。

 索敵魔法に引っかかった人の反応……。

 まさか、行方不明になった人々は……この竜に……!


 俺の腸が煮えくり返る。

 怒りが頭を支配し、気付けば聖剣に手が伸びていた。


「さあ、実験だ!

 あなた達の実力を見せてくれ、この僕に!」


 戦いの火ぶたを切るように、館の主の言葉が響いた。

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