第11話 Sランクキラー現る

 シェリーは俺よりも早く、眠りに落ちた。

 静かに寝息を立てて眠っている。

 城から出て初日の夜は、ロクに休めなかったからな。

 よほど疲れたのだろう。


 そんな俺も、気付けば眠りについていた。

 夢も見ない、完全に無になっていたのだ。

 

 だが、そんな無の中に一握の「殺意」を感じて……。

 俺は、首元に突き立てられそうな「殺意」を、無意識につかみ取った。


 それと同時に、俺は目を覚ました。

 俺のベッドの横に立っていたのは、一人の女の子……?


「チッ! 一筋縄ではいかないか……!」


 俺はその声を聞き、瞬時に異変を感じ取った。

 俺が掴んだ「殺意」は、一本の毒針。

 この女の子が、それを俺の首元に突き刺そうとしてきたのだ。

 まさか、暗殺者!?


 毒針を突き刺すことに失敗した暗殺者は、どこからともなくナイフを取り出し、寝ている俺へと振りかぶった。

 収納魔法か!?


「クッ!」


 俺は体をひねり、奴のナイフを躱す。

 首元からわずか一センチの場所に、鋭いナイフが突き立てられた。


「暗殺するなら……気配くらい消せ!」


 俺は風魔法で暗殺者をドアの方へと吹き飛ばす。

 暗殺者は吹っ飛び、ドアに衝突、それを破壊し、床に倒れ伏した。


 正直、危なかった。

 あと一秒、反応が遅れたら、俺は今頃天国にいただろう。


 それと同時に、そろそろ暗殺者が来る頃合いだとも思っていた。

 指名手配もできない、捜査も堂々と行えない事件だ。

 次に王国が頼るのは、暗殺者ギルドだと踏んでいたからだ。


「この宿に俺がいると知っていたなら、騎士団に報告してやればよかったんじゃないか?」


 俺の問いかけを、暗殺者は鼻で笑う。


「フッ。騎士団なんかに手柄を取られたくないからね。

 キミ、今自分の首にいくらの懸賞金が掛けられているか、知ってる?」

「知らないね、自己分析はしない主義なんでな」


 にらみ合う俺と暗殺者の間に、シェリーの素っ頓狂な声が差し込まれる。


「フェル!?

 大丈夫ですか!?」


 状況が呑み込めていない様子のシェリーに、一応筋力バフをかけておく。

 俺の戦闘中に拘束されるなんてことが、ないようにだ。


「シェリーはここにいろ。

 こいつの狙いは俺だ」


 俺は聖剣を引き抜き、構える。

 暗殺者も、ナイフを構えた。


 だがここは暗すぎる。

 暗殺者のことだから、暗視魔法は取得しているだろう。

 これでは俺が一方的に不利だ。


「なあ、これ以上宿に迷惑を掛けたくない。

 表へ出ろ」


 俺は暗殺者にそう告げた。

 意外にも、奴はおとなしく俺の指示に従った。


 宿は、向かいの家との距離もそこそこある、一対一ならここで問題はないだろう。

 宿の前で、俺と暗殺者は三メートル程の距離を取り、お互いに構える。

 月明かりに照らされて、暗殺者の容姿がよくわかる。


 暗い血の色のシャツに、黒いセミロングの髪。

 小さい身長に、スレンダーな体つきからは、暗殺に不要なものをすべてそぎ落としたという印象を受ける。

 顔つきは、敵対しているのがもったいないくらいの美少女だった。

 年齢は十四、五歳だろうか? 


「いいのか?

 俺は元トップクラスパーティだ。

 そう簡単に負けてやれないぞ」

「Sランクパーティなら四人相手でも負けたことはないよ」

「Sランクでもさらに上だから、トップクラスパーティなんだけどな」


 今の会話で分かったことは、この暗殺者がかなりのやり手だということ。

 Sランクパーティ四人を一人で倒したとなれば、警戒しなければならないだろう。


「キミ、バッファーなんだってね。

 タンクもアタッカーもいないバッファーなんか――」


 その声を置き去りにし、暗殺者はどこかへと「消えた」。

 視覚妨害魔法? それとも、高速化魔法か?


 ガキィン!


 俺と奴の得物がぶつかり合う。

 奴が攻撃してきたのは、正面から。

 つまりあいつは、視覚妨害を掛けたうえで、真っ直ぐ突っ込んできたのだ。

 俺は風魔法を使い、周囲の風の流れを読んだことで、かろうじて対応することができた。

 手を伸ばせば届く距離にいるというのに、俺の目は暗殺者を捉えられない。

 かなり高度な視覚妨害だ。

 だが――。


「オールキュア」


 状態異常の完全解除魔法。

 こいつを使えば、しばらくの間は視覚妨害も通用しない。

 状態異常への対応は慣れてる!


 俺の目には、はっきりと暗殺者が見えるようになった。

 これで戦える!


「オラ!」


 俺は暗殺者を思い切り蹴り飛ばすが、その一撃は寸でのところで躱される。

 バックステップで俺から距離を取る暗殺者。


「結構重い視覚妨害を掛けたんだけど、あっさり破られるとはね」

「だから言っただろ? トップクラスだって」

「なら、これはどう?」


 暗殺者は、俺へと駆け寄ってくる。

 俺はすぐに異変に気が付いた。

 暗殺者が、三人に分身したのだ。

 三方向から、俺に襲いかかる暗殺者たち。


 これは、何の魔法だ?

 幻覚? いや、幻覚に対する耐性はまだ切れていない。

 となると、三つとも本物ということか?

 どう対処すればいい!?


 俺はまず、一人目の暗殺者のナイフを、聖剣で受け止めようとした。

 だが、その暗殺者は俺の前でふわりと姿を消した。


「なに!?」


 幻覚耐性はあるのに、どうして!?

 俺が戸惑っている間にも、二人目の暗殺者が攻撃を仕掛けてくる。

 これも幻覚か!?


 だが、二人目の暗殺者のナイフは、俺の腹に深く突き立てられた。

 じん、としたわずかな痛みと、耐えがたい熱が俺の頭を支配する。

 そう、深い傷を負った個所は、痛みではなく、熱さを感じるのだ。


「ぐっ!?」


 急所を攻撃されなかったのが不幸中の幸いか。

 あるいは、わざと急所を狙わないことで、俺を油断させたのか。

 ナイフは、柄までしっかり俺の腹に食い込んでいる。

 俺の動きを止めるつもりなら、十分なダメージだ。


「ガハッ!」


 俺は喉元から上がってきた血を、地面に吐き出した。

 全身から力が抜け、俺はその場に膝をつく。


「幻覚耐性はあくまで、脳の錯覚を予防するだけ。

 光を操って「幻像」を作り出せば、幻覚耐性を持った相手にも、幻覚を見せることができる。

 勝負あったんじゃない?

 もう、私の攻撃は捌けないでしょ!」


 暗殺者は、どこからともなくもう一本のナイフを取り出す。

 そして、俺へ向かって駆けだした。


 満身創痍の俺に、もう一度三人に分身した暗殺者が迫ってくる。

 ダメだ。奴の言う通り、この攻撃を捌くことはできない。

 

 一人目の狙いは俺の右腕、だがそれは幻影だった。

 二人目の狙いは、俺の首――。


 俺はその時、小さく呟いた。


「アイアン・スキン」


 ガキィン!

 

 ナイフが、俺の首を切り裂くことはなかった。

 俺の首の皮膚が鋼鉄化し、ナイフを受け止めたのだ。


「え!?」


 あまりの出来事に、一瞬暗殺者の動きが止まる。

 俺はその瞬間に、自らの腹に刺さっていたナイフを抜き放つ。


「あああああああああ!」


 痛みに耐え、抜き放ったナイフで、暗殺者を斬りつけた。

 だが、奴はそれをギリギリのところで躱す。


 俺から距離を取った暗殺者の頬には、一筋の浅い傷が刻まれていた。

 

 俺はナイフを捨て、荒れた息をを整えつつ、治癒魔法で傷口を塞ぐ。


「わかりやすいんだよ……お前の攻撃は……。

 最初の攻撃は、あえて急所ではなく腹を狙った。

 急所を狙えば、俺に対応されるとわかっていたからだ。

 だが次の一撃は、俺が動けないとわかっているから、最初から急所を狙いに来た。

 裏をかこうとして、結局読まれやすい行動をしていたんだ」


 こうしている間にも、俺の腹の傷は完全に癒えた。

 ただの刺し傷くらいなら、すぐに治せる。


 落ち着きを取り戻した俺とは対照的に、暗殺者は驚きを隠せていなかった。


「アイアン・スキン……。

 どうしてそんなものをバッファーが習得できたの!?

 それを使うのは、タンクくらいじゃ……!?」


 なるほど、そこに驚いているわけか。

 だが、以前のパーティでタンクを兼任することもあった俺にとっては、普通のことだ。


「人間には急所ってもんがある。

 どんなに防御力を上げても、急所を突かれたら終わりだ。

 だからこそ、急所をなくすための魔法を習得する。

 ……どっちつかずの、器用貧乏なんでな」


 暗殺者は、踵を返し、俺から逃げようと跳躍した。


「くっ! 覚えといて!」


 だが、逃がさない!


「ラピッドブースト!」


 素早さを強化した俺は、後ろから暗殺者に追いつく。

 奴の上を取るように追いついた俺からは、奴の表情がよく見えた。

 奴の表情が、恐怖に染まる。

 だが、容赦をするつもりはない!


 俺は暗殺者の背中を、地面に向かって思い切り蹴りつける。

 奴が地面へと墜落すると同時に、大量の土埃が舞った。


 俺は風魔法で自らの慣性を打ち消し、自由落下に身を任せる。

 そして、土埃の中に、思い切り聖剣を突き立てた。


 土埃が晴れると、俺の聖剣は、暗殺者の頭のわずか数センチほど離れた位置に突き刺さっていた。


「……なぜトドメを刺さないの?

 それとも、はずしただけ?」


 俺は地面から聖剣を抜き、鞘に納める。


「人殺しは趣味じゃない。

 それだけだ」

「後悔するよ。

 私は何度だって――」

「お前じゃ俺には勝てない。

 今ので分かっただろ?」


 確かに、ここで暗殺者を殺しておけば、脅威は一つ少なくなる。

 だが、第二第三の刺客が、俺を襲ってくる。

 一人を消したくらいじゃ、何も変わらない。


「国王に報告しておけ。

 姫様の奪還は諦めろってな」


 暗殺者が殺意を向けてこないことを確認してから、俺は宿に戻った。

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