第10話 目指すは図書館

「この辺りで、男女の二人組を見ませんでしたか?」

 

 そんな声が、頭上から聞こえてくる。

 俺とシェリーは今、宿屋のカウンターの下に姿を隠していた。

 なぜこんなことをしているかって?

 王都の騎士団が俺達を探しに来たから、隠れているのだ。


 おそらく、頭上から聞こえた声は、騎士団員のもの。

 応対しているのはこの宿屋の店主だ。


「男女の二人組って言っても、何人もいたからねぇ。

 怪しい奴は見かけなかったけど……」

「そうですか……。

 まことに不躾ながら、客室を検めさせていただきます」


 部屋を検めるって……そこまでするか?

 するか。

 公にできないとはいえ、姫様が攫われたんだもんな。


「お、おい!

 勝手に部屋を荒らされたら困るよ!」


 すかさず店主が騎士団員たちを止める。

 だが――。


「王国から捜査状が出ておりますので」


 その一言に、店主は言い返せなかったようだ。

 だが、どれだけ客室を探しても、俺は見つからないだろう。

 だって、俺はここにいるんだから。

 灯台下暗しってやつだ。


 騎士団員たちはひとしきり部屋を見てから、店を出ていった。

 外が静かになったのを確認してから、俺とシェリーはカウンターの下から這い出た。


「悪いなオヤジ。

 匿ってもらっちまって」


 ここは王都から少し離れたシカグランの村。

 王都から歩きでもこれる距離ってこともあって、通商の窓口として栄えている。

 宿屋の店主は、豊かな髭を蓄えた、ムキムキのおっさん。

 昔、このおっさんの依頼を達成したことから、ちょっとした貸しを作っている。

 

「いいってことよ。

 にしても、姫様を攫って逃避行とはな……冒険者よりも過酷な道じゃねーか」


 その言葉に、シェリーは反論する。


「攫われたわけではありません。

 私がお願いしたんです!」

「どっちも変わらねえよ。

 王国にとっちゃな」


 シェリーは何も言い返せず、黙りこくった。

 そうだ、大事なのは過程じゃない、結果だ。

 姫様が城からいなくなったという結果だけで、国が大騒ぎになるには十分だ。

 そんな騒ぎの種である俺達をタダで匿ってくれるなんて、店主のオヤジには頭が上がらない。


「でも本当に良かったのか?

 俺達を匿ったら、オヤジまで犯罪者だぞ?」

「お前には貸しがあるからな。

 それに、誰でもない俺を頼ってきたんだ。

 無碍にはできねぇよ」


 オヤジ、本当にいい奴だ。

 パーティから追放されるみたいに、嫌なこともあったが、こうして嬉しい出来事もある。

 俺の冒険者人生が無駄じゃなかった気がして、少しうれしかった。


「部屋は二階の南西側だ、好きに使え。

 もう追手も来ないんだろ?」

「ああ、ありがとう――」


 そこまで言いかけて、俺はオヤジにもう一つ頼みたいことがあったのを思い出した。


「そうだオヤジ、お古でいいんだが、女物の服ってあるか?

 言い値で買うぞ」


 シェリーは城を出てから、ずっと寝間着のままだ。

 マントをしているから隠せているが、ずっとそれでは冒険にならないだろう。


「うーん、そうだな。

 確か、うちの家内が冒険者時代に着ていたのがあるはずだ。

 ちょっと待ってろ」


 その後、部屋に戻った俺の下に来たのは、買った服に着替えたシェリーだった。

 少し黄ばんでいるが、白いインナーに皮の防具という、正統派な冒険者の衣装は、シェリーにとても似合っていた。

 サイズが小さいのか、胸が少々強調されてしまっているが、寝間着よりは随分ましだろう。


「店主さんがくれたんですが……どうでしょう……?」

「おお、よく似合ってるじゃないか

 ただ、サイズが少し小さいな」


 俺はつい、視線に熱を込めてしまう。

 しょうがないだろ、とびっきりの美人が、ボディラインの出る服を着て目の前にいるんだ。

 いやらしい目で見るな、っていうほうが無理な話だ。


「あ、あまり見ないでください……!」

「わ、わるい……。

 デカいした街に行ったら、サイズが合ったのを買うか」

「は、はい……」


 今日俺達は、一部屋しか借りていない。

 どうやら他の部屋は、みんな埋まってしまっているようだ。

 シェリーは同じ部屋に寝泊まりすることを許してくれたが、ずっとこんな調子だと、俺の身が持たない。

 だって、絶世の美女と同じ部屋で寝ろって言われても、とてもじゃないが寝付けないだろう。

 ただでさえ、パーティクラッシャーの色仕掛けにハマるほど、女に対する耐性がないんだから。


 そんな調子でドギマギしながら、俺達は部屋の中央に置かれた丸机を囲んでいた。

 これからの予定を立てるためだ。


「う~ん。

 シェリーの謎を解き明かすって言っても、どうしたものか……。

 魔物博士とかに訊けば、多少は前に進めそうだが――」

「私の身分を明かすわけにはいきませんしね……」


 シェリーが身分さえ明かせるのなら、そんなに簡単なことはない。

 この人について調べてくれとお願いして、結果を待つだけだからだ。

 でもそれができるなら、王国が最初からそうしていただろう。

 王国でもできなかったことが個人にできるか、と聞かれても、無理としか言えない。

 でもそれでは、わざわざシェリーを連れ出した意味がない。


「専門家に頼ることができないなら、自分の脚で探すしかないよな」

「こういう情報って、自分の脚で探せるものなんですか?」

「う~ん。

 冒険者は基本的に、物を持って帰って、専門家に鑑定してもらうのが普通だからなぁ」

「やはり専門家なんですね……」


 数秒の沈黙の後、シェリーが何かを思いついたかのように、ポンと手を叩く。


「そうだ!

 アングラの違法博士とかを頼れば、私について深入りされずに研究してもらえるのでは!?」

「いや、アングラに姫の情報を託すとか、それこそ危ないだろ!」

「そ、そうですよね」


 シェリーはしゅんと肩を縮こませた。


「やっぱり、自分の脚で探すっていうのは、こう……本を何冊も読んで、情報をかき集めるとか、そういう感じじゃないか?」

「本を……何冊も……。

 そうです!」

「……こ、今度は何を思いついたんだ?」


 俺は恐る恐る聞いてみる。


「図書館ですよ、図書館!

 図書館なら本もたくさんありますし、本をかき集めていても怪しまれることはありません!」

「なるほど、図書館か……ありかもな」


 しかし、本を読み漁るなんて、王国の誰かが思いついていてもおかしくない案だ。

 どうして誰も、それをしようとしてこなかったんだ?


「図書館と言えば、北東の方角にあるザシーンカ王国ですね!

 ザシーンカは遠くて、国交もありませんから、本を取り寄せようにもできなかったんですよ」


 なるほど、それが今まで図書館を頼れなかった理由か。


「……わかった!

 じゃあ、この旅の目的地は、ザシーンカ王国だ!」

「でも、ザシーンカ王国って結構遠いですよね……。

 ここからだとどのくらいかかるんでしょうか……?」

「最低でも、三か月は掛かりそうだな。

 こりゃ、長旅になるぞ」

「覚悟の上です」


 ふん、っと両腕を胸の前に持ってくるシェリー。

 やる気は十分といったところか。

 そのやる気が失われることがないことを祈ろう。

 きっと、過酷な旅になるだろうから。


「となれば、まずは馬車の手配だな。

 三か月もかかる道を、歩いていくなんて自殺行為だ」

「そうですね。

 でも、馬車ってどこで手に入るんでしょうか?」

「行商のライセンスがあるから、この街でも買えるだろう。

 まあ、今日はもう遅いから、明日だな」

「はい!

 また明日から、頑張りましょう!」


 アメリさんから行商のライセンスをもらっておいてよかった。

 これがあるとないとでは、冒険のしやすさがまるで違う。


 俺達は明日にやる気を持ち越し、今日は休むことにした。

 明日は早くに出ることになる、今のうちは休んでおいた方がいいだろう。

 美女と一つの部屋に二人きり、無事眠りにつけるだろうか?

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