第35話 逆襲

 俺は構えた聖剣に、力を込める。

 ムラン達は噴水を背に、敵意を込めた視線で、俺を睨みつけた。


「そういや、こうして力比べをすることはなかったな」


 ムランが、ポツリと呟く。


「そうだな。

 どっちが勝つかは、火を見るよりも明らかだったからな」


 ムランの言葉に、俺も静かに呟いた。

 その声は、ムランに届いたのだろうか?

 それとも噴水の音に殺されたか……?

 そんなこと、どうだっていい。


 ムランの敵意がこぼれる程肥大化した瞬間、噴水の水が空中で静止した。

 世界が静止したのだ。

 俺の脳内のアドレナリンが、世界が止まったかのように俺に錯覚させる。


 そして、俺達の戦いの火ぶたが切られたのだった。


 ムランは俺へと駆け出す。

 だが、そのスピードは決して速くない。

 警戒すべきは、アタッカーであるトラとタラ!


 ムランの背に隠れていた二人は、葉を散らすように左右に散らばる。

 三方向からの攻撃に惑わされぬよう、俺は冷静に周囲を見やった。

 まず攻撃してくるのはタラ。

 人一人程の大きさのハンマーを軽々と持ち上げ、俺に向かって振り下ろした。

 

 俺はその一撃を寸でのところで躱す。

 体を擦過するハンマーから意識を離し、次の一撃に備えた。

 次は、ムランか!


 ムランは走る勢いをそのままに、大剣の切先を俺に向けた。

 そして勢いを殺すことなく突っ込んでくる。

 明確な敵意を持った一撃。

 これをいなしたとしても、トラのメイスが俺を捉えるだろう。

 だったら……!


「ラピッドブースト!」


 俺は速度強化を入れ、ハンマーを振り下ろしたタラを蹴り飛ばす。

 その反動で高く飛び上がり、ムランを飛び越え、噴水の縁に着地した。


「随分と逃げ足が速いな。

 兎にでもなったつもりか?」


 ムランは石畳を砕きながらブレーキを踏み、俺へと向き直る。


 少し高いところから見下ろしたことで、三人の顔がよく見えた。


「さすがに三対一じゃ、お前らも退屈かと思ってね!」


 俺は右手に力を込め、こう唱えた。


「スレイブウォーター!」


 刹那、散っていた噴水が空中で静止する。

 先程の錯覚とは違う、物理法則にあらがい、本当に止まったんだ。


 その水は次々に俺の背後に集まり、天へと延びる一本の棒へと姿を変えた。


 そして、その棒は表面をうねらせながら、巨大な剣を形作る。


 スレイブウォーター。

 水属性の上級魔法。

 水属性の神髄は、水の召喚にある。

 裏を返せば、最初から大量の水があれば、それほど技量がなくとも、上級魔法が使えるということだ。


「これだけあれば、ハンデは十分だろ?」


 俺は左腕を天へとかざし、その動きを水の剣と同期させる。

 そして、ムラン達を薙ぎ払った。

 一拍おいて振るわれた巨大な水の剣が、ムラン達を襲う。


 トラとタラは跳躍してそれを回避、ムランは大剣の腹で受け止めた。


「そうだったな……お前は昔から、小賢しい手を使うやつだった」


 剣の裏から、ムラン呟きが聞こえた。

 小賢しい? こいつらが俺にやったことに比べらば、なんてことはないだろ!


「そうだよ!

 使えるものはなんだって、使ってやる!」


 俺は左腕を強く握りしめ、拳を天高くつき上げる。

 連動した水の剣が、天を突き刺した。


「これから好きなだけ、反省しろ!」


 そして俺は、ムラン達の理不尽な行いへの怒りと共に、その拳を振り下ろした。

 ムランは無防備にも、その剣を――。


「エンチャント・デリート!」


 いや、ムランはその叫びと共に、右手を突き上げ、振り下ろされた水の剣を殴りつけた。

 その瞬間、剣を構成していた水は霧散。

 小さな小さな雨となり、辺り一面に降り注いだ。


 エンチャント・デリート。

 タンクが覚えることのできる上級魔法だ。

 本来は武器に付加されたエンチャントを強制排除するものだが、それを水の刃の破壊に転用したか。


 なんて感心していると、

「いまだ!」

というムランの声に、ハッとする。


 渾身の攻撃とはつまり、それだけ大きな隙を晒すということ。

 Sランクパーティであるこいつらが、それを逃すわけがない。


 俺の視界に躍り出たのは、トラとタラ。

 それぞれの武器を振り上げ、俺へと同時攻撃を仕掛けてきた。


 どうする……アタッカーとして活躍している二人だ、属性体制は持っているだろう。

 魔法を唱えたところで、猫騙しにしか……!


 その時、俺はふと思い出した。

 暗殺ギルドのボスとやり合った時のことを。

 あの時俺は……確か……!

 やってみるか!


「エンチャント・サンダー!」


 俺はトラとタラの武器に、電気属性を付与した。

 そしてそれを操り……。


「なに!?」


 がちぃん!

 

 二人の武器は鈍い金属音を鳴らし、くっついてしまった。

 空中で体の自由を奪われたトラとタラが、そのまま地面に転がる。


「な、何が起こった……!?」


 目を丸くしたムランが、転がるトラ達と俺を交互に見る。


「……俺も、この旅でいろいろと経験してきたってことだ」


 トラとタラは強力な磁力でくっついた二つの武器に、指を挟まれてしまって動けないようだ。


「さて、これで一騎打ちだな、ムラン」

「へ、まさか……こうも俺達を出し抜くとはな……」


 ムランは動けないトラ達を尻目に、大剣を構える。

 一人になったタンクなど、取るに足らない。


「もうどっちが勝つのか、わかってるんじゃないか?」


 俺はムランにそう投げかける。

 だが、ムランはそれもわかっているようだった。

 だが、まだ認めていない。


「ふん?

 俺達が負けるって言いたいのか?

 そんなこと、あり得ないんだよ!」


 ムラン俺へと駆け出す。

 重い大剣と、身軽な俺。

 どちらが勝つかなんて、わかっていることだ。


「オールブースト!」


 俺は全能力強化を掛け、ムランに向かって駆けだした。

 その勝負は一瞬。


 ムランが振り下ろした一撃を潜り、ムランの喉元に向けて、剣を突き出す。

 勝負あった!


「『アイアン・スキン!』」


 ガキンと、俺の剣がムランの喉元で止められる。

 止めたのは他の何でもない、ムランの首だ。


 そうか……まだこれがあった……。


 本来アイアンスキンは、タンクのための魔法。

 つまり、ムランが覚えていないわけがない!


「どうだ?

 俺は絶対に負けん。

 お前にはな」


 ムランはにやりと口角を上げ、もう一度剣を振り上げる。


 だが俺は知っている。

 アイアンスキンを、砕く方法を!


「スレイブ・ウォーター!」


 俺は地面に散った水を無理矢理集め、もう一度剣を形成する。


「エンチャント・アイス!」


 そしてその剣に氷属性をエンチャント、氷の大剣を作り出す。


「それがどうした!」


 ムランはそれを気にしない様子で、剣を一気に振り下ろした。

 ムランは今や鉄壁、この勝負、俺の負けに見える。


「見て、わからないか!」


 俺はムランの一撃を潜り、奴の顔に、氷の大剣の一撃をかました。

 その衝撃で、奴の体がふわりと宙に浮く。


「こういうことだよ!」


 そして俺は、浮いたムランの体を、真上に叩き上げた。


「な!?」


 氷の剣の一撃に、言葉すら潰されるムラン。

 奴は一度大きく大空を舞い……。


 ドォン。

 噴水の真上に、墜落した。


 いくら鋼鉄の皮膚を得ても、内臓のダメージまでは消せないはずだ。


「み、皆さん!」


 奴らの姫が、ムランに駆け寄る。

 ここで奴が首を挟んでくるってことは、ムラン達の負けを認めたってことだろう。


 でも、まだ終わりじゃない。

 ムラン達には、詫びてもらわなきゃいけない。


 あの時の、俺の屈辱の分まで……!

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