最終回 始まりの終わり、本当の始まり

 俺は地面に転がるムランの頭を、足で小突く。

 必死に回復魔法をかける姫を尻目に。


「さて、勝負は付いたぞ。

 どうする?」


 ムランは吐血をした。

 吐き出された血が空中で行き場をなくし、ムランの顔に落下する。


「どうする……だと……?」


 ムランは口元を真っ赤に染め、震える視線を俺に向けた。


「俺は勝負に勝った。

 お前らを生かすも殺すも、俺しだいってことだ」

「殺す!? 元パーティメンバーをですか!?」


 姫は血相を変えて、わずかに後ずさる。


「プリンセスを攫うのだって、まともなやり方じゃないんだ。

 今の俺は、目的のためなら手段を選ばない」


 俺が睨め付けると、姫は悲鳴を上げながら走り去った。


「ひ、姫!?」


 ムランもトラもタラも、目を丸くして姫を目で追う。

 彼女はパーティメンバーの回復をやめ、逃げ去ったのだ。

 所詮、奴の覚悟なんて、その程度だったってことだ。


「だけど、お前らがあの日――俺をパーティから追い出した日のことを悔やむなら、聞いてやらなくもない。

 どうする?」


 俺は聖剣をムランの首元に突き付ける。

 トラとタラも、俺達の会話に耳を傾けていた。


「……悔やんでるさ……だから、連れ戻しに来た……!」


 ムランはまともに動くこともできないであろう身体を、必死に起こそうとする。

 そのムランがあまりに痛々しくて、俺は簡単な即時快復魔法をかけてやった。

 傷を治すのではなく、一時的に痛みを感じなくさせるものだ。


「なら話は早い。

 俺に殺されたくなけりゃ、土下座だ」


 ムランは俯き「そうか」と漏らす。

 自分のやってきたことに対する覚悟は、できているということか。

 

 だが、トラは納得できていない様子で、声を荒げた。


「ちょ、ちょっと待って下せえ!

 俺達がこの役立たずに、土下座しろっていうんですか!?」


 タラも口をはさみたくて仕方ないようなので、二人の武器に掛けてあったエンチャントを解除してやる。

 すると二人は、ムランへと詰め寄った。


「そもそも、フェルが追放されたのは、こいつが無能だからでしょ!

 なんでそれを謝らなきゃいけないんです!?」


 この状況でも考えを変えない二人に、俺は深いため息を吐いた。

 

「だったら、ここで殺されるか?

 それとも、再起不能になるまで痛みつけられるか?」


 トラとタラはぐっと口をつぐむ。

 未だ反抗的な目をしたまま。


「頭を下げろ、トラ、タラ」


 ムランは、両手を地面に突き、ゆっくりと頭を下げていく。

 トラとタラは、それを困惑しながら眺めていた。


「早くしろ!」


 だが、ムランの言葉に押され、ついに二人も綺麗な土下座を見せた。

 ムランはゆっくりと頭を下げ、額を地面へと押し付けた。


 見事な土下座だ。

 あの巨体を持つムランが、小さくなりすぎて、片手で持ちあがるのではないかと思うほどだ。


 ムランは頭を下げたまま、ポツリと涙を流した。

 無能だと罵っていた俺に負けた屈辱の表れか。

 だとしたら、俺にとってはこれ以上ない「復讐」が果たせたということだ。


「フェル!」


 不意に、シェリーの声が聞こえた。

 声のした方を向くと、シェリーとスノウが駆け寄ってくる。

 よかった……自警団は何とかできたのか……。


 次の瞬間、俺の傍らに、空からやってきたアンが着地した。


「こっちは済んだよ。

 何も問題なし。

 そっちも――」


 アンは土下座する三人を見て、経緯を察したようだ。


「終わったみたいだね」

「ああ。

 だが、この街にはもういられないな。

 とっととずらかろう」


 そう言って、シェリーの方へと歩き出した瞬間、俺とシェリーの間に、一人の男が降り立った。

 ゆったりとした拍手を刻みながら。


「まさか、Sランクパーティを一人で攻略するとはね。

 フェル……?」


 こいつは――!?


「バルラ……!」


 俺と同じ、トップクラスパーティの一人……。

 雷神と呼ばれた、ギルドトップクラスの戦闘力を持つ男だ。


「誰……この人……?」


 アンもバルラの持つプレッシャーを感じ取ったようだ。

 実際、こいつの実力は、計り知れない……!


「バルラ、お前もムラン達の仲間か……?」

「違うさ、僕はフェルと言う才能をむざむざ手放したムラン達を軽蔑している。

 だが、目的は同じだ」


 バルラは拍手をやめ、俺の瞳に視線を合わせた。

 走る稲妻のような、鋭い眼光。

 その目に、俺は今にも射抜かれそうになる。


「目的……?」

「そうだ。

 ギルドから離れてしまった戦力を連れ戻しにね」


 バルラは背負っている剣……「雷剣」と呼ばれるものを抜き、構えた。

 こいつ、やる気か!?


「フェル、延長戦だ。

 僕と戦ってもらう」

「拒否権は?」


 俺はゆっくりと聖剣に手を掛け、その身を抜く。


「ない!」


 刹那、一筋の雷が俺の頭上から降り注ぐ。

 

 俺はアンを抱えて、後方へと飛び退いた。


「アン、身を隠していろ。

 シェリー、スノウ! 離れてろ!」


 バルラの後方にいる二人に声を投げかけ、俺は剣を構えた。


「それでいい……それでこそフェルだ!」


 バルラの踏み込みは、まるで雷霆。

 その速さと勢いを乗せた一撃は、まさに雷撃。

 目にも止まらぬスピードに惑わされつつも、俺は奴の一撃を受け止めた。

 ジンっと、聖剣を握る手に衝撃が走る。

 少しでも気を抜いたら、腕ごと持っていかれる……!


「バルラ! 俺にはやるべきことがあるんだ!

 邪魔するな!」


 奴の剣を押し飛ばし、こちらも聖剣を振りかぶる。

 瞬間、微弱な雷撃が迸り……!


 ズガァン!


 次の瞬間には、地面が大きく抉れていた。

 まさに、雷光……。


 俺は奴の攻撃の寸前で身をひねり、その一撃を躱していた。

 後一瞬でも判断が遅れたら、俺はどうなっていたことか……。


 ダメだ……俺ではバルラに敵わない……。

 アンやスノウと束でかかってもだ……奴が本気で俺と敵対する気なら、勝てるわけがない……。

 だが、退くこともできない!


 俺は聖剣を構え、じりじりとバルラから距離を取る。

 何とか目くらましをして、シェリー達を連れ出すか……!

 俺は脳内で何十パターンもの逃走ルートをシミュレートする。


 そんな後ろ向きになっていた俺の心を叩き起こしたのは、シェリーの声だった。


「フェル!

 聖剣を私に!」

「シェリー……?」


 バルラ大声を上げたシェリーに、視線を流す。


「投げて! 早く!」


 聖剣をシェリーに託せってことか……?

 あの力を引き出す気か?


 この状況を打破する方法は……それしかないか!


「ああ……!

 受け取れ!」


 俺は大きく右手を振るい、シェリーに聖剣を投げつけた。

 聖剣はバルラのすぐ横を過ぎ、シェリーを突き刺さんと突き進む。


 だが、その切先がシェリーの肌に触れた瞬間、聖剣は軌道を変え、シェリーの手に滑り込んだ。


「はぁあああああああああ!」


 シェリーは聖剣に力を込める、次第に聖剣に宿る力は、輝きを増していき――!


「させるか!」


 バルラは、その光景を見て、黙っていなかった。


 天から雷撃を呼び、それでシェリーの体を突き刺さんとしたのだ。

 だが、その一撃は、光の膜によって防がれる。


「なに!?」


 その膜は大きく膨らむと、爆発し、バルラだけを吹き飛ばした。


「バカな!?」


「フェル! これを!」


 その隙にシェリーは俺に向かって、聖剣を投げた。

 俺はその聖剣をつかみ取り、構える。

 聖剣は光を纏う。

 炎にも、風にも、雷にも、水にも見える、金色の光を。


 今なら、今ならバルラにも勝てる!


「クウィンブースト!」


 全ステータス五重強化……本来は、使用すれば魔力も体も失うことになるものだ。

 それを掛けても、何の異常もない。

 これが、聖剣の力……!


「フェルぅ!」


 体制を整えたバルラは、すぐさま五つの雷霆と共に、俺へと突っ込んできた。

 おそらく、これ以上俺に隙を見せてはいけないと察したのだろう。


 だが、その一撃すら――。


「止まって見える」


 俺は空中で静止しているバルラの横を過ぎながら、奴の横っ腹に一撃を繰り出した――。


――――――


「あんなに大人数を相手にしたのは初めてだったよ。

 まあ、何とかなるもんだね」


 アンは呑気に語る。

 俺を膝枕しながら。


 スノウの引く馬車に乗り込み、俺達は次の街を目指していた。

 さっきからアンがくっついてきて、暑苦しくて仕方ない。

 そこで、シェリーのアイデアで俺は膝枕されることとなったのだ。


「これからも頼りにしてるぞ、アン」


 俺がそう言ってアンの頬に触れると、彼女は愛おしそうに俺の手を握り「うん」と頷いた。


「まだまだ、長い旅路になりそうですしね」


 そんな俺達を眺めながら、シェリーは優しく微笑む。

 そうだ、俺達の旅は、まだまだ終わらない。

 シェリーの紋様の謎を解く、その時まで。


 俺の元居たパーティとの因縁にケリをつけた今、ここがスタートラインだ!

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究極のバフをかけていたのに、何もしていないと怒られました~パーティの「姫」のせいで追放された最強のバッファー、本物の「姫」と共に冒険に出る!~ すぴんどる @spindle

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