究極のバフをかけていたのに、何もしていないと怒られました~パーティの「姫」のせいで追放された最強のバッファー、本物の「姫」と共に冒険に出る!~
すぴんどる
グランソルム編
第1話 追放されたのは、姫のせい
「フェル、気付いていないのか?
お前がこのパーティの役に立っていないことが」
今日のパーティメンバーの口調には、どこか棘があった。
様子がおかしいとは思っていた。
思っていたが……。
まさか、そんなことを言われるだなんて、思ってもみなかった。
役に立っていない……そう俺に告げた男・ムランは、その巨体から俺を見下してきた。
「役に立っていない……?
どういうことだよ!
しっかりと強化魔法は使っただろうが!」
俺・フェルは、必死に声を荒らげた。
役に立っていない?
そんなはずはない、俺の強化魔法は十分にパーティに貢献できていたはずだ。
だが、そんな俺の叫びは、ムランには届いていないようだった。
「バッファーはいいよな。
そうやって、魔法をかけたふりをしていれば、仕事をしたことになるんだからな」
「ふり……?
俺は、真面目に――」
「効果が実感できないんだよ、お前のバフはよ。
あってもなくても変わらないんだ」
それはそうだ。
なぜなら、ダンジョンに潜っているときは、常にバフを掛けているからだ。
一瞬の隙もないように、バフの効果時間を完全に記憶し、バフがかかってない時間がないように気を配っている。
だから、ダンジョンでは効果が実感できなくて当然なんだ。
だが、ムランはそんなことに気付いていない。
「お前たち……わからないのか?
俺は常にバフをかけてるんだ!
一瞬も隙間が空かないように!」
ムランはこれ見よがしに大きくため息を吐くと、俺の髪の毛を掴み、顔を近づけてくる。
「仕事をしないならまだしも、今度は言い訳か、フェル?
別に俺達は、途中でバフが切れたって怒りはしないさ。
だが、最初からバフが掛けられてないとなれば、話は別だ」
「そんな……バフはしっかりかけていた――」
「ということだ、フェル。お前は今日で、このパーティから消えてもらう」
その声と共に、残りの2人……と、1人の笑い声が響く。
俺・フェルに、その言葉は理解できなかった。
いや、理解したくなかったんだ。
これまで、幾多もの困難を共に潜り抜けてきたパーティを、クビになったなんていうことを。
「ま、別のパーティにでも入るんだな。俺達はこれから、姫と4人パーティだからよ」
ひゃはは、と笑いながら、姫と呼ばれた女性の肩を抱き寄せる男。
この男は俺のパーティメンバーだったトラ。
抱き寄せられた姫は、俺を嗤いながらも、少し迷惑そうな顔をしていた。
そんな姫の空いている方の肩を、もう一人の男が抱き寄せる。
「そうそう、邪魔者は去れってんだ。バッファーなんかいなくても、俺達はやっていけるからよ」
その男はタラ、トラの双子の弟だ。
「姫はこれから、優秀なヒーラーになる。お前さんはお役目御免ってことだな」
このパーティのリーダー、ムランが冷酷に告げた。
その時俺は気が付いた。
俺がバフをかけていないなんて言うのは言いがかりだ。
最初からムラン達は、姫をパーティメンバーにするために、邪魔者の俺を排除するつもりなんだ。
「ま、待てよ。お前らが行こうとしてるのは、最前線のダンジョンだぞ!? いくら何でも、まだ戦力にならない姫を連れてくなんて――」
「まだわからないのか?」
ずん、とその巨体を俺に近付け、ムランは言う。
「な、何がだよ……」
「俺達は、3人で十分なんだよ。なぁ?」
ムランの横で、トラとタラが大笑いをした。
姫を抱き寄せたまま。
「お前のサポート、最初の頃は確かにありがたかった。だが、バフをかけるのをサボっているようじゃ、あってもなくても変わらない」
「だから、サボってなんか――」
俺はパーティが戦闘に入った時、必ずと言っていいほど、強力なバフを掛けていた。
逆に、彼らがバフなしで戦ったことは、ないに等しい。
だから、サポートがいらないと錯覚しているのか?
「正直、お前のバフは邪魔だったんだよ」
トラは姫と肩を組みながら、彼女の胸をタッチする。
姫は引きつった笑いで、その手つきを受け入れていた。
「だって、俺達がどんな強いモンスターを倒しても『お前のバフのおかげ』だって言われちまうだろ?
実際は不必要なほどにしょぼいバフなのにさ」
しょぼいバフ?
バカ言ってんじゃない。
俺は、俺にできる最高のバフを掛けてきた。
ギルドの中でも最高ランクだと言われている。
だから、しょぼいはずなんてないのに……。
「お前ら、本気でそう思ってるのか?」
「本気も本気。お前のバフも回復も最初からいらねーわけ。
大体、毎回筋力強化なんてしてるがよ、俺達がそんなもの必要なように見えるのかよ?」
トラは見たところ、随分な筋肉が付いている。
確かに、筋力強化は不要に「見える」。
だが、実際のところはどうだろうか?
前人未到のダンジョンに、人間の常識は通用しない。
現在のパーティの筋力で高難易度ダンジョンに挑んでも、そこらの魔物に組み伏せられて終わりだ。
そのことがわかっていないのか?
「なぁ?」と姫に視線をやり、彼女の乳をまさぐるトラ。
そんな彼を見て、タラが言葉を続けた。
「それにお前、気に食わなかったんだよ。聖剣……だっけ?
使えもしないそんなものを持って戦うなんてよ」
確かに俺の持っている剣は、師匠から託された「聖剣」と呼ばれるものだ。
だが今の俺には、その力をうまく引き出すことができない。
そもそもこれが何なのか、本当に聖剣なのかすらわからないのだ。
「あ、そうだ。その聖剣、俺達にくれるのなら、もらってやってもいいぜ? 絶対、姫に似合うからさ」
タラは姫の空いている方の胸を触り、ニタニタと嗤う。
聖剣を渡す?
そんなの御免だ。これは師匠の形見、いくらパーティメンバーとはいえ、一度たりとも触らせたくない。
俺は肩を震わせながら、必死に声を吐き出した。
「そんなの……できないに決まってるだろ……!」
「ケチだなぁ。男らしくない」
今のタラも、トラも、ムランにも、虫唾が走る。
いやらしく胸をまさぐる二人の姿など、見たくなかった。
ついこの前まで、初心で、女っけのない三人だった。
それが今は、下卑た笑みを浮かべながら、公衆の面前で女の体を触っている。
変わってしまった原因は、間違いなく姫にあった。
姫は特別美人というわけではない。
だが、一つ言えるのは、胸が大きかった。
姫はその恵まれた体で、俺達に色仕掛けをしてきた。
俺だって、その色仕掛けに鼻の下を伸ばしていたが、他の三人の堕落の仕方は、俺の比じゃなかった。
いつもどこでも、姫姫とのたまい、隙あらば彼女の体を触り……変わってしまった。
ギルド最強のパーティと呼ばれ、様々な難関ダンジョンに挑んできた俺達の関係が、姫によって崩されてしまったのだ。
まさか、俺達パーティが、こんな形で終わることになるなんて……。
「男らしくないのは、どっちだよ!
確かに姫が大事なのはわかった。
だけど、認められるわけないだろ!
姫一人の為に、俺がパーティから抜けるなんて!
気に入らないところがあったら直す!
サポートだってもっと良くする!
だから――」
「姫が入って、俺達は完璧なパーティになる。お前に付け入るスキはない」
ムランはその言葉を最後に、俺に背を向けた。
次いでトラとタラも、姫を連れてムランに続く。
「お、おい、待てよ!」
俺が何度呼び止めても、ムラン達は振り返らない。
この前のダンジョン、奴らのレベルでは結構ギリギリだったということに、気付いていないのか!?
「姫だって、危険だろ? なあ?」
だが、姫だけは、俺の言葉に振り向いてくれた。
わかってくれたのか?
「ザーコ」
それが俺とパーティの、最後だった。
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