第31話 それは虐殺

「俺が嫌いなものは二つ……。

 ピーマンと、情だ……!」


 ボスは人一人の長さはあろう大剣を、軽々と構える。

 この剛腕、どうやら見かけ倒しじゃなさそうだ。


「ぺらぺらと喋るその癖、直した方がいいぞ」

「別にいいだろ?

 俺お話を聞いた奴は、全員死ぬんだからな!」


 するとボスは、俺に向かって一気に駆け出した。

 速い!


 俺はすぐさま剣で攻撃を受けようとするが、奴の強力な一撃は、俺の手を弾き飛ばした。


「な!?」


 無防備な俺の体。

 こうなってしまえば、俺は切り裂かれるだけ……。


 だが、ここで終わる俺じゃない!


「アイアン・スキン」


 俺は皮膚を鋼鉄化させ、奴の攻撃を凌ごうとした。

 だが――。


「ぐあ!」


 奴の攻撃は俺の想像を超える威力だった。

 鋼鉄の皮膚で俺の体を守れても、その衝撃は殺せない。

 俺の体は大きく吹き飛ばされ、ホテルの壁に衝突、廊下まで転がされた。


「い、痛ぇ……」


 皮膚は傷ついていない。

 だが、衝撃が俺の内臓を揺さぶったのだ。

 この威力……虐殺と言うだけのことはある。


「ハハハ!」


 俺が動揺している間にも、ボスは俺に飛び掛かってくる。


「クソ!」


 俺はとっさに剣を前に出し、奴の攻撃を受け止める。

 上から覆いかぶさるようにして、体重のすべてを乗せるボスと、下から押し上げようとする俺。

 どちらが有利かは、火を見るより明らかだ。


「ぐううう!」

「ふ、いつまで耐えられるかな……!」


 ボスの顔が、俺の鼻先にまで近づく。

 その口臭から、直前まで酒を飲んでいたことが伺えた。


「クソ!

 マッスルブースト!」


 俺は筋力強化を掛けるが、不利な状況は変わらない。

 このまま多重強化しても、恐らく逆転は不可能だろう……。

 だったら……!


「エンチャント……サンダー!」


 俺はボスと聖剣の両方に電気をエンチャントする。

 二つの剣が纏った磁力がお互い反発し合い、ボスの体はふわりと浮いた。


「そこだ!」


 俺はすぐさま聖剣を振るが、ボスは聖剣を蹴り、俺から距離を取る。


「ほう……。

 俺とお前、両方の剣に電気をエンチャントして、磁力の反発を利用し、あの状況を脱したか。

 やるじゃねえか」

「こちとら、死線を潜ってきてるんでね」


 ボスは「ほう」と口元を緩めた。


「お前、俺達の下に来ないか?

 お前をクビにしたSランクパーティは、見る目がなかった。

 だが俺達は違う」


 ボスは地面に剣を突き立てる。

 ホテルの床が容易にひび割れる……あの剣の重みがよくわかる。

 

「お前は、こっち側の人間だ。

 目標のためなら、手段を選ばない。

 そんな人間だから、プリンセスだって攫う。

 違うか?」

「違わないな。

 だが無理だ。

 なぜなら……俺はテメェが許せねぇ!」


 俺はボスの剣が床に刺さっている隙に、一足飛びで奴へと接近した。

 ボスはその場でバックステップ、強引に剣を抜きつつ、俺の聖剣のリーチから脱する。

 避けられた……!?


「なにが許せない?

 アンに異物を埋め込んだことか?

 アンを暗殺者としてこき使ったことか?

 それはアン自身が望んだことだ」


 後方へ飛びつつ、剣を構えるボス。


「あいつ、孤児のくせに体は売りたくねぇってほざくからよ……。

 だからあいつには、自分の食い扶持を稼ぐ方法を教えてやった。

 むしろ、アンを見捨てなかったことを褒めて欲しいくらいだな」


 ボスはそんなことをのたまう


「お前のせいで仲間が苦しんだ……。

 俺が怒るには、それだけで十分だろ!」

「仲間ねぇ。

 だが、アンはそう思っちゃないみたいだぞ?

 もう忘れたのか?

 お前がさっき、アンに殺されそうになったってことを」

「そうさせたのは、テメェだろうが!」


 俺はボスへと駆け寄り、上から聖剣を振り下ろす。

 だが、その一撃はボスの剣に防がれた。

 雷を纏った二つの刃がぶつかり、火花を散らす。

 

 だが、俺の剣はそれ以上先に進めない。

 押されているのだ、俺の方が。


「いい剣筋だ。

 だが、力がなきゃなぁ!」


 ボスは俺を蹴り飛ばすと、そのまま俺へと剣を振るう。

 だが、そこに隙が生まれていることは、すぐに感じ取れた。

 

「どうかな!」


 俺を切り裂こうとする刃。

 それが握られているボスの腕を、俺は切り裂いた。


「なに!?」


 だが、骨までは切れていないか……。

 俺の一撃によって、ボスの手から力が抜け、慣性に負けた剣が奴の手からすっぽぬける。

 それは、俺のすぐ横を通り過ぎ、壁へと突き立った。


「やるじゃねえか」


 ぽたぽたと血がしたる腕を押さえながら、ボスはにやりと口角を上げる。

 まだ笑っていられるとは、底抜けのバカなのか、まだ奥の手があるのか……。


 その答え合わせと言わんばかりに、ボスは俺へと指を突き出した。


「だったら、お前に教えてやんなくちゃいけないなぁ。

 俺を殺すことは、できないということを……!」

「なんだと……?」


 刹那、俺の右腕の皮膚が裂け、鋭い痛みと共に血が流れ出た。

 いつの間にこんな一撃をもらっていたのか……!?


 奇妙にも、その傷の位置は、先程ボスを切り裂いた場所と同じ……。


「驚いたか?

 呪術『痛み分け』。

 選んだ奴に俺と同じ傷を負わせる力だ……」


 なるほど、文字通り痛み分けと言うことか。


「俺がここのボスになったのは、強いからじゃない。

 誰にも俺が殺せなかったからだ。

 そしてお前も、その一人になる……」


 そうか。暗殺者の基本は急所を狙った必殺の一撃。

 そんなものを痛み分けされたら、自分も即効天国行きだ。

 だからこそ、ボスは暗殺者のトップになれた。


 だが、ボスは呪術を過大評価しすぎだ。

 なぜなら――。


「それがどうした!」


 俺は完全に油断しきっているボスの心臓に、聖剣を突き立てた。


「が……!?

 何……!?」


 ――奴は考えてもいないんだ。

 世の中には、傷を治せる奴がいることを。


 すぐさま俺の心臓にも、鋭い傷口が開く。

 猛烈な違和感と、我慢ならない痛みが、俺の心臓に走る。


 俺はすぐに左腕を心臓に当て、治癒魔法をかけた。


「ヒール!」


 心臓は治らない。

 おそらくは痛み分けの呪術が、回復を阻害しているのだろう。

 だが、魔力により無理やり血流が整い、心臓は損壊しながらも、その機能を失うことはない。

 対してボスはどうだろうか?

 おそらくボスの心臓も、問題なく動いている。

 だが、心臓に突き立てられた巨大な壁……つまり聖剣が、奴の血流を阻む。

 俺とボス、痛み分けされた二つの体。

 だが、実際に剣が突き立てられているのは、ボスの体だけ。


「バカな……!?」


 ボスの体の血色が、次第に悪くなっていく。


「『痛み分け』をされれば、確かに殺せなくなるな。

 だが、お互いを死ぬ直前まで追い込んで、片方を無理やり生かせばどうなる?」

「ガキが……テメェ……!」

「もちろん、お前の体も無理やり生きようとするだろう。

 だが、体に刺さった剣が、それを拒む」


 ボスの瞳が震え、手がだらんと下に垂れる。


「『痛み分け』を解除しろ。

 そうすればこの剣を抜いてやる」

「野郎ども……何してやがる……早くこいつを……!」


 こいつ、さっきまであんなことを言っていたくせに、最後は仲間を頼るのか。

 だが、そんなことはできない。

 なぜならここの暗殺者たちは、こいつの仲間ではないからだ。


「テメェさっき言ってたよな。

 ここのボスになれた理由は、誰もテメェを殺せなかったからだと。

 だったらここにいる奴は、テメェの仲間なんかじゃない。

 テメェを死ぬほど憎んでいながら、殺せなかった連中だ」

「ち……くしょう……!」


 ボスの目から涙がこぼれた瞬間、奴の体は、力なく地面へと倒れた。

 俺の心臓の傷口は治癒魔法で塞がり、痕も残らない。

 呪術が効果を失ったか。


 俺は剣の血糊を払い、暗殺ギルドのメンバーに目をやる。

 どうやら、こいつらは俺を殺す気などないようだ。


 俺はアンを抱き上げ、シェリーとスノウと共に、堂々とアジトを出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る