第30話 アン

 暗殺ギルドのメンバー数十人が、ずらりと壁際に並ぶ部屋。

 異様な光景だ。


 その部屋の中心に、シェリーとスノウとアンが縛られている。


「フェル、助けに来てくださったのですね!」

「お父さん!」


 二人の様子は変わらない。

 よかった、間に合ったようだ。


「ああ、もう安心していいぞ」


 ボスは二メートはある身長に、隆起した岩肌のような筋肉を兼ね揃えている。

 見るからにパワータイプだ。

 俺と直接ぶつかり合ったら、恐らくパワー負けするのは俺の方……。


 俺は聖剣を強く握りしめ、ボスを睨みつけた。


「お~怖い怖い。

 誰かさんがしっかり殺さなかったせいで、俺が怖い思いしちまったよ……。

 なあ、アン?」


 アンは手錠に吊り上げられながら、力なくぶら下がっている。


「残念だな、お前はこれからもっと怖い目に合わなくちゃならない」


 俺はボスに向かって、言い放った。

 だがボスは飄々と首を振る。


「言うねぇ。

 だけど、お前は俺と戦うことすらできないぞ」


 ボスがそう言うのと同時に、部屋を囲んでいたメンバーの一人が、アンの手錠を外した。

 どういうことだ?


「アン、殺れ」


 そして、ボスはアンに、短くそう告げた。

 アンと俺を戦わせようというのか?


 だが、そんなことはできない。

 なぜなら、アンは俺を助けてくれたからだ。

 通りでシェリー達を攫った時、アンなら俺を殺すことができた。

 でも、そうしなかった。

 そんなアンが、ボスに見られているからと言って、俺と戦うなんてこと、きっとない。


 だがその時、ボスの指が、パチンと鳴らされた。


「ああああああああああああ!?」


 突如、アンは叫び声と共に痙攣を起こし、地面でのたうち回る。

 これは……どういうことだ……?


 もう一度ボスが指を鳴らすと、アンの痙攣は収まった。


「逆らったら、わかってるよな……?」

「……はい」


 アンはふらつきながら立ち上がると、どこからともなくナイフを取り出し、構えた。

 クソ! 戦うしかないのか!


「アン……こいつらに何をされた!

 さっきのはなんだ!?」


 アンは絶望をはらんだ瞳で俺を睨みつけてくる。

 その目に、光は宿っていない。


「キミが知っても意味はない。

 どうせ未来は変わらない」


 表情すら殺されたアンは、あまりに痛々しかった。

 きっとアンが暗殺ギルドに逆らえないのは、先程の痙攣に関係があるはずだ。


「アンが説明しないなら、俺が教えてやるよ。

 冥途の土産だ」


 頼んでもいないのに、ボスは語りだした。

 丁度いい、それを知らなければ、安心してアンを連れ戻せない。


「こいつの心臓には、呪術のエンチャントされた鉄くずが埋め込まれている。

 俺が指をパチンとすれば、反応する代物だ。

 おっと、指を鳴らしてアンを倒そうったってそうはいかないぞ。

 なんせ、俺にしか反応しないんだからな」


 なるほど、ならボスを殺せばいいわけか。

 それを聞いて安心した。


 そして、ボスに振り返ろうとした瞬間――。


「ところで、いいのか?

 アンはお前を殺す気だぞ?」


 その忠告が、ボスから差し込まれた。


「なに……?」


 刹那――。


 ダァン!

 アンの鋭い蹴りが、俺の胴に突き立てられる。

 危うく食らうところだったが、ギリギリのところでいなすことができた。


 アンの奴、本気で俺を殺す気なのか?


「アン! お前の心臓の異物は、ボスを殺せばもう発動しないんだろ!?

 だったら、俺達で協力してボスを殺そう!」

「そんなこと……無理だよ」


 アンはそう漏らすと、姿を消した。


「クソ!

 ブラインドキュア!」


 俺の魔法によって、俺に掛けられた視覚障害の状態異常が回復する。

 消えたアンの行き先は――俺の真上!?

 俺はとっさに聖剣を前に出したが、アンは再び姿を消した。

 これは幻像か!?


 本物のアンは、俺の目の前にいた。

 そいつは、俺の腹にナイフを突き立ててから、再び距離を取る。


「ぐっ!」


 初めてアンと戦った時にも感じた、熱を持つ痛み。

 でもあの時と違うのは、アンの心が死んでいることだ。


「ア……ン……!」


 俺はナイフを抜き取り、自らに治癒魔法をかける。

 この様子では、毒を使われたわけではない。


 だが、アンは俺の回復を待たず、再び俺へと駆け出した。

 前回はアイアンスキンを使用しての反撃で勝利できたが、今回はそうはいかない。

 アンと共に、仲間として旅をした間に、俺の手の内は明かされてしまっている。


「アン! お前がいなければ、誰がアタッカーをしてくれるんだ!」


 三人に分身したアン。

 本物は、そのうち一つ。

 どれだ、どれが本物だ。


「お前がいなければ、シェリーが寒がった時、誰が毛布を掛けてくれるんだ!」


 一人目のアンのナイフは、俺の目を狙ってきた。

 思わず構えてしまうが、そのアンはふわりと姿を消す。

 こいつは幻像か!


「お前がいなければ、誰がスノウの服を着せてやるんだ!」


 二人目のアンは、隙だらけの俺の喉元を狙ってきた。

 何とか対応できないことはないが……防ぐべきか……?

 いや、本物だったときに取り返しが付かない、防がなければならない!


 だが、そのアンも幻像だった。

 となると、本物は……。

 ……後ろか!?

 俺は振り返ろうとする。


 その時、俺の視界の隅に現れたナイフが、きらりと光って――。


 ズドンと、俺の背中に差し込まれた。


「うるさい……!

 あたしはアンじゃない。

 本当の名前はソフィア……ソフィア・ロジャース……!

 名前すら知らないキミらなんか……仲間じゃない!」


 アン……じゃないのか……?


 でも、そんなこと――


「そんなこと、関係ありません」


 声を上げたのは、シェリーだった。


「私はアン……いや、ソフィア……あなたに言えない秘密を抱えています。

 でも、あなたは私を傷つけまいと戦ってくれた。

 あなたの仲間なんです。

 何かを知らないから、知っているから、そんなこと関係ありません!」


 アン……いや、ソフィアは、呆然とシェリーを見ていた。

 そして、その場に泣き崩れた。


「私は、私はキミたちを裏切った。

 なのになんで、仲間だなんて……」

「一緒に旅をして、同じ釜の飯を食った。

 仲間かどうかなんて、それで十分だ」


 その時だった。

 ボスの指が鳴らされたのは。


「あ、アアアアアアアアア!?」


 ソフィアはその場に倒れ、のたうち回る。

 その姿はまるで、全身を炎で焼き尽くされている人だ。


 ソフィアがぐったりと倒れてから、ボスはもう一度指を鳴らした。


「あーあ。

 つまらん友情ごっこのせいで、俺の気分が台無しだ」


 こいつ……許せねぇ……。


「もういい、俺がやる。

 だが、フェル・フェリル。

 俺の殺しは、暗殺なんて生ぬるいもんじゃねぇぞ!


 ボスは、椅子の後ろに飾ってあったエクスキューショナーズソードを手に取り、肩に担いだ。


「虐殺! それが俺のスタイルだ!」


 虐殺か暗殺かなんて、どっちだっていい。

 このクソ野郎を始末するだけだ!

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