第14話 神鳥の名前は?

「そういえば、こういう事件の調査って、具体的に何をすればよいのですか?」


 宿屋で身支度をしながら、シェリーは問う。

 このメンバーで調査をするのは初めてだからな。


「まずは聞き込みだ。

 最近変わったことがないかを徹底的に洗い出すんだよ。

 そうじゃないと、この村の周辺三百六十度、どこに異変があるのか絞り込めないからな」


 だが、事件の真相は、案外簡単にわかった。

 宿屋のおばちゃんが知っていたのだ。


「確か、氷を操る竜がこの近くに住みついちゃってね……冒険者ギルドの人たちが退治しに来てくれるんだけど、なかなかね……」

「氷を操る竜……か……」


 ちなみに、人と会うときはシェリーにマントを纏うように言ってある。

 彼女は面が割れすぎているからだ。


 そんなシェリーが、俺に耳打ちをするように言った。


「私達で、何とか退治できないものでしょうか?」


 シェリーの気持ちはわかる。

 だが、ギルドも一応は戦闘のプロの集まりだ。

 そのプロ集団が退治できないってことは、それなりの理由があるに違いない。

 例えば、べらぼうに強いとか、厄介な特殊能力を持っているとか……。

 今回のような例だと、後者だろう。


「なんでも、氷のバリアを張られると、破ることができないそうなのよ」


 宿屋のおばさん曰く、やはり特殊能力の扱いに長けているようだ。

 氷のバリア……炎魔法でも突破できないのだろうか?


「なるほど……ありがとうございます。

 少し様子を見てきますね」

「様子を見にって……。

 お兄さんたち、行商なんじゃ……」


 俺達の言葉に、おばちゃんは目を丸くする。 


「どっちつかずの、器用貧乏なんで」


 俺達はおばさんの情報を頼りに、竜の居場所へ向かうことにした。


 目的地は、近くの森。

 その最奥部に、ドラゴンはいるらしい。

 俺達は荷車を村に置き、三人と一匹で森に入った。


 実際、近づけば近づくほど気温が下がっている。

 ドラゴンがこの奥にいるという証拠だろう。


「あ、あの……すみません。

 体が冷えてしまって」


 道中で、シェリーが音を上げる。

 彼女の現在の装備は、寒冷地に適したものとは言えない。

 仕方ないことだろう。

 とはいえ、彼女を村に置いていくわけにもいかない。

 攫われたり、連れ戻される危険性があるからだ。

 バフをかけておこうにも、バフの効果時間は短い。

 俺が帰るまでには解けてしまうだろう。


 では、アンに護衛させるのはどうかというと、それもできなかった。

 いろいろ理由はあるが、一番は俺がまだアンを信用していないというのが大きい。

 彼女の当初の目的は、俺の殺害だったが、同時にシェリーを連れ戻すことでもあったはずだ。

 俺に負けたアンは、作戦を変更、隙を見てシェリーを連れ戻すことにした可能性も否定できない。

 故に、アンとシェリーを二人きりにすることはできなかった。


「同感。

 いくら何でも寒すぎない?」


 アンの装備も、防寒には適していない。

 これは、手を貸してやる必要がありそうだ。


「わかったよ。

 竜と戦うっていうから、魔力は温存しておきたかったが……『ホットブラッド』」


 ホッドブラッドは寒さを解消する支援魔法。

 習得したときは、どこでこんな魔法を使うのかと思っていたが、こいつを使う日が来るとは。

 この魔法は、効果のわりに消費魔力が大きい。

 寒さを解消するだけなのに、筋力強化とほぼ同等の魔力を消費する。

 ドラゴンなどといった強力な魔物と戦うときには、できれば使いたくない魔法だった。


「……凄い、体がポカポカあったまってきました!」

「本当に、支援魔法って便利だね」


 そう、支援魔法は便利なのだ。

 だからこそ、パーティには一人は欲しいところなのだが……。

 ムラン達は、今頃何しているだろうか?

 俺がいなくなって、姫と一緒に冒険を楽しんでいるのだろうか?

 タンクのムラン、アタッカーのタラとトラ、ヒーラーの姫。

 アタッカーが二人いる故に、現在の彼らは、少々バランスが悪い。

 上手くやれているだろうかと、つい心配してしまう。

 俺を追い出したのは、奴らだというのに。


「……フェル?」


 気付くと、俺の歩みは止まっていた。

 シェリーがそんな俺の顔を覗き込んできた。


「大丈夫ですか?

 やっぱり寒いんじゃ……」


「いや、俺は大丈夫だ。

 それに、寒くなったら自分で支援魔法をかけられるし」

「そうですが……」


 シェリーにあまり心配を掛けてはいけないな。

 ただでさえ彼女は、初めての旅で不安がいっぱいなんだ。


「ほら、行くぞ!」


 俺の声に合わせ、神鳥が「行くぞ!」と声を上げえた。


「そういえば、神鳥ちゃんの名前ってまだ決めてませんよね。

 なんて呼びます?」


 歩みを再開した俺達に、シェリーが提案する。


「ぴよぴよなんかどう?」


 アンは即座に答えた。

 絶対適当に考えたな、こいつ。


「別に神鳥は神鳥だし、そのままでいいんじゃないか?

 個体数も少ないから、呼び分ける必要もないだろう?」


 そもそも俺は、この神鳥と長く旅をするつもりはない。

 どこか、大切に保護してくれる人たちに渡すのが一番だと思っているからだ。

 そもそも、本来は保護されるべき種族なんだしな。


「それじゃあ神鳥ちゃんが可哀そうです!

 何か素敵な名前を考えないと……」

「それ、いまする話か……?

 宿でゆっくり決めても――」

「だって退屈だから。

 いまする話だよ」


 アンは俺の言葉を遮って、そう言った。


 確かに、景色が変わる気配は一向にない。

 退屈だというなら、乗ってやるか。


「じゃあ、卵から生まれたたま太郎ってのはどうだ」

「女の子かもしれないじゃないですか!」


 シェリーの一言に、俺はハッとした。

 た、確かに……俺達はこの神鳥の性別すら知らない。


「ひよこ鑑定士の資格があれば、見分けられるのかな?」

「いや、そもそも神と名の付くぐらいだ。

 性別という概念すらないのかも……」


 議題に挙げられている神鳥は、呑気に首をかしげている。


「なあ神鳥、自分が男の子か女の子か、わかるか?」

「女の子だよ!」


 どうやら女の子らしい。

 

 そもそもの話、こいつはどうやって言語を学んだんだ?

 神鳥っていうぐらいだから、何かすごいメカニズムを持っているのか?

 もし言語をマスターしているというのなら、自分で考えてもらった方がいいのでは? っと俺は考えた。


「なあ神鳥、俺達がいくら話しても、お前の名前は決まらなさそうだ。

 自分で考えてみたらどうだ?」


 神鳥は首を傾げたまま、神妙な面持ちで話し出す。


「名前というのは、名付けられたものへの最初の祝福であり、最期まで付きまとう枷だよ。

 私、大切なものを決める責任は取りたくないよ」

「責任って……お前の人生……じゃなくて、鳥生だろ」


 シェリーは、そんな神鳥の言葉に思うことがあったようで、顎に手を当てて何かを考えている。


「でも、名前が最初の祝福というのは、私も同感です。

 やっぱり、親である私達が考えてあげるべきだと思います!」

「まあ、確かにそうなのかもしれないが……」


 不意に、空から雪が降ってきた。

 おそらく、ここら一体に雨が降ったが、竜の力の影響で雪に変わったんだろう。

 ただでさえ寒いのに、余計に寒く感じる。


「雪、だね」


 ポツリと、アンが呟いた。

 その瞬間。


「スノウ! スノウはどうですか?」


 スノウ……。


「いいな、それ。

 女の子っぽいし、白い見た目通りの名前だ

 どうだ神鳥、今日からお前の名前はスノウだ!」

「スノウ! 可愛い名前!」


 神鳥も気に入っているようだし――。

 その瞬間、俺は異変に気が付いた。

 木が氷漬けにされているのだ。


「静かに……目標はすぐ近くみたいだ」


 俺達は、氷漬けになった木々の間を、慎重に進む。

 その先には、木々の生えていない、開けた場所があった。


 俺達の目標は、そこにいた。

 音一つしない、銀色の世界に、白銀の鱗を持つ竜の、子供が。

 四本の脚に、二つの翼。

 ワイバーンではない、上級の竜だ。


 全長は大人の男性ほど。

 どう見ても成長途中だというのに、ギルドの連中は、こんなのに苦戦したのか?


「フェル、どうする?」

「アンは姿を消していてくれ。

 シェリーはバフをかけておくから、隠れていてくれ」


 スノウにはシェリーに飛び移ってもらった。

 このまま頭に乗っていては戦闘の邪魔になるからだ。


 ギルドの連中は敵わなかったみたいだが、俺は違う。

 元最強のバッファーが相手だ!

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