第16話 聖剣の力

「グオオオオオオオ!」


 竜が咆えた瞬間、俺達を取り囲んでいた吹雪が、一斉に止んだ。

 戦闘準備完了ということだろう。


 竜は周囲に八つの氷柱を形成すると、それを俺に向かって射出してきた。

 アンやシェリーを狙うつもりはないようだ。

 いや、俺を狙っているのかどうかも怪しい。

 俺には、竜が俺よりも聖剣を恐れているように見えたからだ。


 師匠に聖剣を授かってから、ずっと使ってきたが、こんなことは始めてだ。

 まさか、この聖剣と、シェリーの紋様に、何か関係があるのでは……?


 そこまで考えて、俺は雑念を捨てた。

 謎を追うのは、目の前の敵を排除してからだ。


 俺は、飛来してきた氷柱を切り裂く。

 一つ、二つと、次々に切り捨てていく。

 先程はああも苦戦した攻撃が、今ではジャブにすらならない。

 これが、聖剣の真の力……?


「どうした! そんなもんか!」


 竜は再び咆哮、今度は十二、いや、十三……数えるのが面倒なほどの氷柱を生み出した。

 いくら竜の攻撃が効かないからと言って、このまま防戦に徹していては埒が明かない。

 俺は、自分の体にステータス強化魔法をかけた。


「オールブースト!」


 次の瞬間、竜の氷柱が射出される。

 だが、聖剣の力を解放した俺には、止まって見える!


 俺は地面を蹴り、氷柱を足場にする。

 今度は氷柱を蹴り、次の氷柱へと飛ぶ。

 それを繰り返し、竜へと迫った。


「はああぁぁぁぁぁぁぁ!」


 竜は即座に翼を凍らせ、氷に刃を作り出す。

 だが、そんなものが俺に効くものか!


「切れないものは、ねえんだよ!」


 俺は、氷の刃ごと、竜の翼を切り裂いた。

 足場を失った俺は、上空から地面へと着地する。

 次いで、翼を失った竜が、俺の後方に墜落した。


 竜はすぐさま体勢を立て直し、俺に向き直る。

 俺も、振り返り、聖剣を構えた。


 今なら、奴の生み出す「氷の壁」も破れる!

 俺は、一気に竜の懐に飛び込もうとした。


 だが、竜は無数の細い氷柱を、生み出した。

 先程までの氷塊のようなものとは違う、細い槍のような氷柱だ。

 しかもその数は、二百本を軽く超える――。


 あんなのもが打ち出されれば、聖剣で捌くことなどできない。

 しかし、竜が俺を待ってくれるはずもなく、その氷柱は、俺へと射出された。


 まるで雨のような、飽和攻撃……俺には、処理しきれない。


「クソ!

 ファイアウォール!」


 炎の壁を召喚し、防御を試みるが、奴の氷柱は炎の壁など余裕で貫通してきた。


「嘘だろ!?」


 頭や胸などと言った急所を狙う攻撃には対処するが、それ以外への攻撃は防げない。

 氷柱は俺の太ももや腕を掠める。

 このままじゃ、消耗戦だ。


 だったら――!


「ラピッドブースト!」


 俺は自らに素早さ強化を掛け、竜へ向かって駆け出した。

 足をつぶされる前に奴を潰さなくては、俺が負けてしまう。


 現在、素早さには二重でバフがかかっている。

 このスピードなら――。


 俺は急所に当たりそうな氷柱を切り捨てながら、竜へと駆ける。

 対処しきれなかった氷柱が足や腕に突き刺さる。

 足がずんと重くなり、氷柱の冷たさと、痛みを伴う熱さが俺の体の中でぐちゃぐちゃになる。 

 だが、止まるわけにはいかない。


「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」

 

 そして、竜の弾幕を突き抜け、ついに聖剣が届くところまで接近した。

 俺は聖剣を振りかぶり――!


 ガキィン!

 やはり氷の壁が、俺の聖剣を受け止めた。

 だが、一切歯が立たなかった先程までとは違う、少しずつだが、刃が氷の壁を斬り進むのだ。


「グオオオオオオ!」


 竜は俺を吹き飛ばさんと、吹雪を発生させる。

 だが、脈打つ聖剣が作り出すバリアのようなものが、それを打ち消した。


「エンチャント・ファイア!」


 エンチャント魔法、武器に属性を付加する魔法だ。

 奴の氷の壁も、所詮は氷。

 真の力を解放した聖剣と、炎のエンチャントがあれば、突破できる――。


 だが、エンチャント魔法は、あまり効果を発揮していなかった。

 属性付加をする前と、斬り進むスピードはあまり変わらないのだ。

 

 なぜだ……氷なら、熱に弱いはず。


 その時俺は、気が付いた。

 竜の氷の壁が、鏡のように輝く氷ではない、表面のざらざらした「雪」のような質感であることを。


 そうか……これは氷の壁などではない。

 押し固められた「雪の壁」!

 雪の高い断熱性で、炎の熱を防いでいたのか!


 なら……!


「エンチャント・ウォーター!」


 水と炎のダブルエンチャント!

 これによって、数千度の水蒸気を押し当て、炎の熱量が確実に伝わるようにする。

 そうすれば……。


 聖剣は確実に氷の壁を斬り進み、そして――。


「はあああああああ!」

 

 真っ二つに、斬り裂いた。


 俺は竜へと接近し、トドメを刺さんと聖剣に力を込める。

 だが、攻撃の意思があるのは竜も同じ。

 奴は自らの額に鋭い氷柱を作り出し、俺へと突き出してきた。


 この攻撃、避けることはできる。

 だが、避けるために離れてしまえば、再び氷の壁で接近を阻んでくるかもしれない。

 だったら、インファイトでトドメを刺す!


「来やがれ!」


 俺はわずかに身をひねり、心臓を狙っていた氷柱の狙いを逸らす。

 氷柱は、俺の右胸に深く突き刺さり、肺を貫き、背中を貫通した。


「ガハッ!」


 だが、このチャンス、無駄にはしない!


 俺は聖剣を手に、奴の顎を下から突き刺した。

 聖剣は、竜の顎を突き抜け、脳を貫いた。


「フェル!」


 シェリーの声が聞こえる。

 だが、もう勝負は決した。

 何も心配することはない。


「終わりだ!」


 俺は聖剣を両手で握りしめ、突き刺さった奴の頭部を地面に叩きつける。

 脳を貫かれたことで、氷の制御が出来なくなったのか、俺の胸に突き刺さった氷柱が、砕け散った。


 地面に叩きつけられた竜の首を、俺は思い切り撥ねた。


 竜の頭が地面に転がり、奴の体が力なく崩れる。

 同時に、俺の全身に突き刺さった氷柱が、すべて崩れ去った。


「ぐっ……!」


 血を塞ぐものがいなくなったことで、出血が止まらなくなる。


「フェル!

 大丈夫ですか!?」


 竜が動かなくなったことを見て、シェリーが駆け寄ってきた。


「ああ、大丈夫だ。

 治癒魔法を使えるだけの魔力は残ってる」


 俺は右胸の穴に手をかざし、治癒魔法を使い始めた。

 ただの穴だ、見る見るうちに傷口が塞がっていく。


「それにしても驚いた。

 幼体だったとはいえ、まさか一人で竜を始末するなんて」


 アンは突如として、俺の目の前に姿を現した。


「元トップクラスパーティだからな。

 竜との戦いも慣れてる」


 シェリーは俺を治療しようとあたふたしているが、あいにく治療に使えそうなものはない。

 マントを引き裂けば止血くらいはできるだろうが、そうしている間にも、俺の治癒魔法が傷口を塞いでいく。


「せっかく竜を倒したんだし、グランソルムにでもこの首を持っていけば、大金が手にい入るんじゃない?」


 アンはそんなことを言うが……。


「そのグランソルムから逃げてるんだ。

 わざわざ出向いてどうすんだよ」

「冗談だよ」

 

 アンはそう言ってお道化た。

 でも確かに、せっかく竜を倒したんだ、金に換えなきゃ勿体ない。


「竜の亡骸なら、ギルドに売れば武具の素材として売れるのでは?

 私達、行商なわけですし」

 

 シェリーの提案は的を射ている。

 だが――。


「こいつは幼体だ。

 そんなに高値じゃ売れないだろうな」

「それなら、食材として売るとか!

 確か、竜の肉を食べると、不死身になれるって聞いたことがあります!」


 それも却下だ。


「それ、ガセネタだぞ。

 竜の肉は魔力価が高すぎるんだ。

 人間が食った瞬間、天国行きだな」

「そ、そうだったんですか!?

 でも――」


 シェリーは、顔を真っ青にして、竜の亡骸へと目をやる。

 何か不味いことでもあったのか?

 そう思い、その視線を追うと、そこには……。


 竜の肉をついばむ、スノウの姿があった。


「スノウ……まさか……食ったのか……!?」

「おいしいよ!」


 そんなことを言いながら、スノウは竜の亡骸をついばみ続ける。


「ま、まて、そんなもの食ってたら死ぬ――」


 あれ? なんか今のスノウ、少し大きくないか?

 冬毛モードとかじゃない、根本的な大きさが違う。


「……あれ?」


 いや、気のせいじゃない!

 こいつ、でかくなってる!?

 それもグーンと、俺達を追い越して!?


 スノウはブクブクと大きくなり、気が付けば、人の身長を超える程にまで大きくなっていた。


「え……えええええええええええ!?」


 その場にいた全員が、スノウの姿に絶叫した。

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